第四話

4-1 菩和品吽を備えよ


 銭形が子供を助けたあの日から一ヵ月。

 中学生による救出劇という抜群の話題が話題を呼び、とうとう奴は市長からの表彰を受け、そのニュースはそこそこの規模を持つ地域新聞にも取り上げられるまでとなった。

 連日の部活の助っ人活動の評判も相まって、それまで銭形を不良だと思って敬遠していた生徒達も積極的に話しかけてくるようになっていた。そう、あいつはもう一匹狼ではなくなったのだ。

 今もあいつの周りには大勢の人が集まり和気あいあいと話に花を咲かせている。

 友好的な学友達に囲まれ、捩くれひん曲がっていた性格もいまやすっかり影を潜め、ギルティになるだなんて馬鹿げたことも言わなくなった。


「……もう、オレが側にいる必要はないんだな」


 遠い存在になってしまったあいつにもうオレは必要ない。

 じゃあな、銭形。

 ポツリ呟く言葉は誰にも届かず風に溶けて消える。

 一抹の寂しさを覚えつつも、オレは穏やかな気持ちでその光景に背を向け、その場をあとにするのだった――。



 ――完。







 人だかりからぬっと現れた腕に奥襟をがしっと掴まえられる。


「待て、おぬしを待っておったというのに他人事の顔をしてどこへ行くつもりだ貴様」


 …………ちっ。いい感じに終わらせてフェードアウトしようとしたのに失敗したか。

 そりゃ本人不在の間に自分の机に人だかりが出来てたら見なかったことにしてその場を去りたくもなるだろうよ。そもそもなんでこいつはオレの机の前で人だかりつくってるんだ。ご近所迷惑なんでやめてくれません?


「少し顔を貸してもらうぞ。まさか嫌とは言わぬだろうな……?」


「ははは……少しね、少し……」


 アングリーオーラに包まれた銭形に襟首掴まれたまますごまれて嫌と答えられるわけがない。そうして引きずられるがままに、オレは昼休みの2年3組の教室から強制連行されていったのだった。



◇◇◇



 連れていかれたのは近頃すっかりお馴染みの屋上だ。日中の今は陽が出ていて過ごしやすいが、もう10月も半ばを過ぎてるおかげで近頃夕方は風が冷たくなってきた。いつまでここを会合場所に使う気だろうか。冬場は勘弁してもらいたい。

 今日も今日とて不機嫌そうな顔をした銭形がどかりと地面に座り込む。

 こいつの怒りの理由はまぁ、こいつをよく知る今となっては判らないでもないんだよな。


「どいつもこいつも飽きもせず話を聞かせろのなんのと群がりおって。ただ目の前で溺れていたから助けただけだというのに、あのおっさんが表彰などと余計なことをしたせいでまた騒ぎがぶり返してしまったではないか!」


 あのおっさんて……市長の事おっさん呼ばわりするなよ。おっさんにしたって人の良さそうなおっさんだっただろ。

 表彰されて良かったじゃないか――と、言いかけてやめた。またこいつが怒り出すのは目に見えている。代わりに気になっていたことを聞いてみた。


「でもそれをいうなら意外だったのは、お前が大人しく表彰されたことだよな。そういうの嫌がっててっきり壇上で暴れるかすっぽかすかでもするかと思ってたぜ」


 学校の舞台上で表彰状を受け取った時、銭形はやや渋い顔ではあったものの、余計な騒ぎを起こすこともなく大人しくおっさ――市長の言葉を聞いていた。

 そう指摘すると、銭形は少し微妙な表情になった。


「うむ……そういう事をすると……爺上にしばかれるのでな……」


「しば……――おじいさんに!?」


 こいつのおじいさん怖ぇな!

 親父さんにすら平気でチョップかます銭形が怖がるじいさんて一体どんなんだよ?!


「うむ、しばかれるのだ。我が家には“菩薩の如き心持ち、和を以て貴しとなす、品格を重んじ高く備え、万事吽わりまで完遂せよ”という家訓があるのでな。善意の表彰を気に食わんから蹴ったと知れればそれはもう徹底的にしばかれるのだ」


「傍若無人の限りを尽くす奴の一体どこに調和精神があるってんだよ。ひとつも備わってねーじゃねぇか」


悪者ギルティたるものそんなものは必要ないのだ! …………だが爺上にバレたらまずい」


ボソリと付け足す銭形。呼び方までいやに神妙だし、なんか思わぬところで銭形の弱点ウィークポイントを見つけたみたいで新鮮な気分だ。


「ともかくだ! あれ以来周りの奴等にはやたら馴れ馴れしく話しかけられるわ、おっさんにいらん表彰までされるわ、おまけにこれだ」


 バサッと無造作に渡されたのは例の地域新聞だ。ふぅん、載ったってのは知ってたが読んでみるのは初めてだな。壇上で表彰状を受け取る銭形の写真が飾られたそれを読んでみる。どれどれ……



===

【お手柄中学生!とっさの機転で子供を救出!】

9月24日17時頃、××市を流れる××川に遊びに来ていた近隣の小学3年生の男の子が転落し足の届かない中程に流された。あわやの危機を救ったのは同市・泰平中学校の生徒、銭形誠司君(2年生)。いち早く異変に気がついた誠司君は川に飛び込み、男の子を岸まで泳いで運んだ。その後近隣の住民も駆けつけ二人を川から救出、男の子に怪我はなかった。

その際誠司君は「これは自分一人の力じゃなく、皆が協力してくれたお陰です」と周囲に語り、名乗らずにその場を後にしていたという。男の子の母親が彼にお礼をする為に制服を目印に泰平中学校へ連絡し、誠司君を探し当てたという経緯だ。

===



「――ブッフォ!」


 盛大に噴き出した。

 銭形の眼光が鋭くなり急いで体勢を立て直すがだって……だってこれ……『これは自分一人の力じゃなく皆が協力してくれたお陰です』ぅう?


「お……お前そんなこと言ったの……? マジで調和精神の塊だな……」


 なにこの面白記事駄目だ口元がにやけるし腹筋ぷるぷるしてるし声が震える。くっそ笑った。笑いすぎたせいで頭ぶん殴られた。痛え。


「言っておらぬわ馬鹿者! 貴様もその場にいたであろうが!」


 その場に……ああ、なるほど。殴られて幾分冷静になった思考で思い出す。うん。こんな記事書かれる事になった心当たりを一個思い出した。

が、その心当たりはひとまず頭の片隅に追いやって記事の続きに目を通す。



===

取材に協力してくれた同中学校の学友で生徒会長の坂本君(2年生)から話を聞くことが出来た。

Q:今回の件、周囲では話題になったりしていますか?また誠司君は普段はどういった生徒なんでしょうか?

坂本君:学校でも話題になっていますよ。普段の彼はよく大勢の友人に囲まれています。放課後には色々な部活で頼りにもされているようです。

Q:頼りというのは?

坂本君:運動神経がいいので練習や試合をする時によく声を掛けられているようです。自分からも積極的に色々な部活に顔を出していますね。

Q:というと、泳ぎも得意?

坂本君:以前見かけた時はどの水泳部よりも早かったですよ(笑)

Q:なるほど、今回の活躍はその運動神経と積極性が大いに発揮された結果ということですね。

坂本君:そうかもしれません。銭形君は目標があればそれに向かって迷わず打ち込んで行くような凄く行動力がある人です。ただ周りの評価をまったく気にしない性格なので、今回のお話も『自分は取材を受けるような特別なことは何もしていないから』と遠慮していました。

Q:素晴らしい、常日頃からの彼の謙虚さを窺い知ることが出来ますね。直接取材が出来なかったのは残念ですが、大変貴重なお話を聞かせていただきました。本日はありがとうございました。

===



 うん。特に大したことは書いてないみたいだな。

 そう判断してさりげなく記事が書いてある欄を閉じ……ようとしたところに銭形の手が新聞を鷲掴み阻止してきた。


「ところで銭形、お前の親父さんの土産そういえばまだオレが預かってたんだった」


「どうせおぬしにくれて寄越したのだろう。そのままおぬしが持っていれば良い。――それよりこの記事を書いた奴は学校を通して俺さまに取材を申し込んできてな」


 そうらしいな。少し前に副校長から生徒会にそんな話が回ってきたっけ。


「いや、やっぱりせっかくの土産なんだし、息子に持ってて欲しいんじゃないかと思うんだが」


「いらん。あやつの持ってきた得体の知れない土産など、ヒーロー菌が移る」


「だからお前ヒーローをばい菌かなんかと……ちょっと待て今のどういう意味だ?」


「そんなことより当然くだらん取材など断ったのだがな。そうしたら奴はめげずに是非とも校内の生徒にも話を聞きたいと言ってきおったらしい」


 そうらしいな。生徒代表としてぜひコメントしてやってくれと言われてアポを取られたっけ。

 他愛ない会話をする合間にも新聞を力ずくで閉じようとするオレと断固としてさせまいとする銭形の手の中で、紙面がミシミシと悲鳴を上げている。


「ところでおぬし、この学校の生徒会長とやらを知っているか?」


「知らないな」


「坂本悠馬という名だそうだが」


「知らないな」


「自分の名を言ってみろ」


「釈迦本ピュウ馬」


 力一杯げんこつ落とされた。くっそ痛え。



===


次回、悪党はイメージ商売である!


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