3-3 とりあえず踏み倒しておくべし!
ダァン!
開始直後、山嵐先輩の背中は畳に叩きつけられていた。
ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、ムクッと起き上がり襟を正すとのっしのっしと元の位置へと歩いて行き、おもむろに銭形を振り返る。
「がはは、いつまで生意気な口を利いていられるだろうな? 図に乗るのもここまでだぞ、さあ尋常に勝負!」
……おい山嵐先輩いま負けた事実をなかったことにしたぞ。
「フッ……良かろう。何回でも気が済むまで転がしてやる」
銭形も憎まれ口で応答する。そして二人は再び向かい合った。
ダァン!
試合開始後程なくしてまたしてもその巨体が畳に沈み込む。
「わ……技あり!!」
今度こそ一拍遅れてではあったが審判役の男子部員が判定を上げる。
この試合は昨日のなんちゃって剣道よりもずっと判りやすいな。銭形の動きはやはりただの喧嘩で鍛えられたものじゃない。襟を掴もうとする相手の動きを完全に読んでいた。これは組手を知る人間の動きだ。
山嵐先輩もそれに気がついたんだろう。ガバッと体を起こしたその目から油断の色が消えている。
「がははは、まさかここまでやるとはな。おかしいと思ったぞ。おめぇ素人じゃないな? そうだろ、判るんだよ……素人にしてはちゃんと柔道着を着こなしているからなぁ!」
着こなしかよ。ソレに着こなしとかあんのかよ。
「だが柔道じゃないな、おめぇ……。空手か? 合気道か?」
「フン、おぬしごときに言う気はないが、もし俺さまを負かすことが出来れば教えてやろう」
「後輩の癖に生意気なやつだ! だがな、おめぇはこの俺を本気で怒らせたんだぞ。もう手加減無用だ!」
その言葉通り、次は激しい組手争いになった。流石に県大会優勝者を豪語するだけはある。普通に考えれば、その動きについていける銭形の方がおかしいんだ。柔道部員でもなく、柔道をやってすらいない、そんな相手に本気になったジュニアチャンピオンが負ける訳がない。
しかし、それでも。
ダァン!
「わ、技あり――合わせて一本!」
三度倒れたのは、山嵐先輩だった。
柔道は一本先取で試合終了だ。それでもまだ諦め悪く食って掛かるかと思ったが、山嵐先輩は呆然とした表情で横たわるばかりで中々起き上がってこなかった。
やがてのっそりと上半身を起こす。
「お……俺が負けるなんて……嘘だ……う……う……」
その山のような身体がぶるぶると震え出した、と思った次の瞬間。
「ウォォォォォ――ンッ!」
突然の鼓膜が破れるかのような大音量に思わず全身のけぞった。
「ごの俺が柔道で負げるなんで……後輩だぢの前で負げるなんで……ウォォォォォ――ンッ! 恥ずがじぐでもう後輩だぢに顔向げ出来――んっ!!」
建物がガタガタと悲鳴を上げる。オレの鼓膜も悲鳴を上げる。ヤバイ、誰かアレを止めてくれ!!
誰も彼もが暴音に耳を押さえて縮こまる中、果敢にも友江さんが立ちはだかった。
「恥ずかしくなんてありません!」
山嵐先輩がハッとして友江さんを見上げる。
「真剣に戦って負けた事は、恥ずかしいことなんかじゃありません!」
叱りつけるように言ったかと思うと、山嵐先輩の肩にそっと手をやって今度は優しく言い聞かせる。
「正々堂々戦って負けたなら胸を張っていいんです。その負けを糧にまた、わたしたちは成長できるのだから」
「ぐ……し、しかし…」
山嵐先輩の気持ちが揺らいでいる。この辺りが仲裁時か、どうやら自分の出番のようだ。というのは建前で、ここらで仲直りしてもらわないと、またあの声で泣かれたら堪ったもんじゃない。そんな訳でこの何やら熱い雰囲気に便乗させてもらう事にする。
山嵐先輩を刺激しないようにそっと近づいていき、静かに話しかける。
「これからは、先輩風を吹かさずに真面目に後輩たちの練習を見てあげたらどうでしょう? 友江さん、どうですか。時々は山嵐先輩が部活に来ることを認めてあげては?」
「強い先輩からきちんと教えを請えるならわたしたちも嬉しいです」
にこりと笑って頷く友江さん。めちゃくちゃ人間が出来てる。どっかの誰かにも見習わせてやりたい。
「と……友江ぇ……」
「弱いからと見下されるのではなく、先輩と同じくらい強くなりたい……! その為に、一緒に戦ってくれますか? 山嵐先輩」
「先輩!」
「お願いします、先輩!」
友江さんの力強い言葉を受け、更には他の部員達も口々に後押しをして、山嵐先輩の目に新たな涙が滲み出す。
「い、今まで悪かったなおめぇたち……俺は……俺は……う……う……」
――げっ――また来る!!
「ウォォォ――」
ぶぎゅる。
感極まって再び泣き出す山嵐先輩の顔面が無慈悲に踏みつけられた。
「や か ま し い」
耳を塞ぎながら不機嫌にそう言い捨てた銭形の活躍によって山嵐先輩は沈静化し、一件落着となったのだった。
◇◇◇
「それでは約束通り柔道部の看板は俺さまがいただいていく!」
看板を片手に引っ提げて意気揚々と柔道部を後にする後姿を横目に見ながら、ずっと気になっていたことを友江さんに尋ねてみた。
「よくまぁ、柔道部でもない銭形に助っ人なんて頼もうと思いましたね」
「だって君たち、真面目に部活に取り組む柔道部に入り浸って困らせる迷惑な山嵐先輩をこらしめに来たんじゃなかったの?」
いや、確かにオレは『真面目に部活に励む生徒に迷惑をかけるような行為は見逃せない』って言ったけど!
そんでもって銭形は『この部活で最も強い奴を出して俺さまと勝負しろ』とか言ってたけど!
そんな迷惑かつ一番強い先輩が都合良くピンポイントで居るなんて思わないだろ!?
友江さんの目には一体オレ達がどう映ってるんだ……? 学校の秩序を乱す輩を成敗して回る腕っぷしの強い男と、それを後ろで見届ける頭脳明晰な会長? いくらオレでもそんな学園漫画のテンプレートのような生徒会長を演じるつもりはない。
つーか生徒会長なんて現実は地味な裏方仕事だ。絶大な権力とかないから。あとそんな“
「……なんでそんな、愉快な勘違いを……」
「昨日も困っている剣道部に二人で助っ人に来ていたでしょう。そこで披露した銭形くんの見事な背負い投げ、あれならきっと山嵐先輩を打ち負かすことが出来ると思ったの」
あれか……。そういえば昨日時々柔道部の奴らがこっちを見てたな……ガラの悪い他校の部員を仲良く成敗してるように見えたのか。オレにはガラの悪い他校の部員とガラもタチも悪い馬鹿の戦いにしか見えなかったが。
「それにあの柔道着の着こなし。一目見てすぐにただ者じゃないと判ったわ」
そしてなんなんだこの柔道着の着こなしへのこだわりは……。オレにはただ着てるだけにしか見えないんですけど?
「あのですね、誤解のないように言っておきますが――」
「そうやったんか!!」
オレの言葉を掻き消したその声は、今ここで最も聞きたくないものだった。
「てっきり銭形君を見張るために来たんと思っとったら二人で助っ人やて!? なんやそれ、聞いとらんで! 道理で昨日の朝から仲良ぉ話しとる思っとったんや!」
仲良くしてない。断じて仲良くしてた覚えはないぞ。
「早川、おまえいつから……っていうか今までどこにいたんだ」
「壁際にあるちっちゃい窓の外から一部始終見とったで! あそこの窓は報道記者専用席やからな!」
偉そうに踏ん反り返るなパパラッチ。
「それよりさっきのやり取りに僕ぁ感動したで! くぅ~っ、まさか二人が手を組んで学校の世直しをしていたなんてなぁ!」
「あのな早川。昨日も今日も成り行きでそうなっただけであって」
「判っとる判っとる。表向きはそーゆーことにしとくんやな! しっかしさすが生徒会長坂本悠馬やな、まさか敵対するんでなくあの銭形君を手懐けるなんてなぁ、こら早速記事にせな! 見出しは『屋上同盟! 学内随一の秀才と暴れん坊が最強タッグ!』 うぉぉ燃えるでぇ~!!」
全然判ってない上に結局言い触らす気満々じゃねぇか!!
早川はオレが止める間もなく走り出して行ってしまった。
……なんだろう……なんかどんどんややこしい方向に話が進んでいる気がする……。
しかし毎度銭形がオレに絡んでくるこの状況では、遅かれ早かれ周囲の噂に上っただろう。それも昨日と今日の事があった後だ、オレ達の仲を誤解する人間が友江さんだけとは思えない。
このオレが悪事に加担していると思われるのは非常にまずいが、そもそも銭形の発言は周囲に冗談としか認識されてないし、悪行と称して行われる銭形の行動も実際さしたる被害はないからそう問題はない――と、思いたい……。
……ひょっとして感化されたりしてないよな?
◇◇◇
「生徒会長。折り入って頼みがあるんだ」
朝のHR前。昨日、一昨日と二日続けて銭形の来襲があったこの時間に、今日は別の来訪者があった。
三日連続で弾丸のような銭形の強襲を覚悟していたもんだから意表を突かれたが、すぐに話を聞く体勢に入る。というか今は正直銭形に関わっていない用件ならなんだっていいとさえ思えてきた自分がいる。
相手は水泳部部長の瀬尾と名乗り、席につくオレの正面に立って真剣な顔で切り出してきた。
「銭形を水泳部の助っ人に貸してくれないか」
………………ああ……結局あいつ絡みね……。
「聞けばあいつは子供を助ける為にすかさず川に飛び込んだそうじゃないか! そんな気概を持った男なら、きっと泳ぎだって早いに決まっている! 頼む会長!」
だから、なんでオレに言いに来るんだ……。オレが銭形を裏で操ってるとか銭形が影の生徒会武力執行人とか、そんな噂でも立ってんのか。よしあとで早川をとっちめよう。
「さぁ坂本悠馬! 今日もコツコツ悪行するぞ!」
ガラッとドアを開けて折良く銭形が教室に乱入してくる。
見ると水泳部部長が離れた場所から拝み込むようにしながら期待に満ちた目でこちらを窺っている。……ああ、駄目だ。坂本悠馬はこういった頼みを断れない。
「なぁ銭形。これは参謀の戦略とかそんなんじゃ全然なく単なるちょっとした助言なんだが、次の道場破りは水泳部なんてどうだ?」
自分で言っておいて全く意味が判らない。水泳道場ってなんだよ。
流石の銭形も疑わしそうにこちらを見てくる。
「水泳部に道場破りだと? おぬし、気は確かか?」
銭形に正気を心配されるという今世紀最大の理不尽に努めてにこやかな表情のまま、ぴくりとこめかみが痙攣する。
……が、いい加減そうそう心を乱されるようなことはない。
「銭形、お前の目的はなんだ? 看板を集めることか? 弱いやつらを叩き伏せることか? そうじゃないだろ。全校生徒に名を知らしめ、ゆくゆくは世界に悪名を轟かすことだろ? たかだか同世代の相手に勝つことも出来ないで、未来の敵との水中戦に勝てると思うのか!?」
もうどうにでもなれと適当に尤もらしい言葉を並べ立ててみる。よくよく聞けば全く理にかなっちゃいないが、納得させたモン勝ちだ。深く考えられる前に矢継ぎ早に畳み掛ける。……ヤケになったとも言う。
「うむむ……。言われてみれば、たかだか水泳部ごときを破れずして悪の総統を名乗ることは出来んな」
「そうそう。ついでに言えばその相手になるたかだか水泳部がたまたま他校の生徒だったとしても、やることは変わらないだろ?」
「ふはははは、なるほどおぬしの言う通りだ! 良かろう、ならば次の道場破りは水泳部に決定だ!!」
高笑いしながら本当に納得しやがった。
「――ッシ!!」
水泳部部長が教室の隅ですかさず小さくガッツポーズする。
銭形お前……この先色んな運動部の助っ人要員として引っ張り出されるようになる未来が見えるが……まぁややこしくなるから黙ってよう。
===
次回、菩和品吽を備えよ
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