5-3 悪党は最後に高笑う!
『なんっだこりゃあ!?』
突如目の前に現れた全長3mはある半透明のマーライオンに、さしものギルティも動揺を隠せない。なにせ突然のマーライオンだ。仕方ない。
だけどもう一人は違った。巨大マーライオンの尾を踏み、頭を蹴り、一瞬のうちに飛び越えて前方に飛び出した。
危険な立動装甲に躊躇なく飛び掛かり、手にした十手を振りかぶる。
両手で強く握り、両足で挟み込み、ぶつかる寸前にその口が叫ぶ。
「――解禁――“杖”!!」
再び銭形の手元が輝き、銭形の十手が立動装甲の頭部に深く突き刺さる。スパークする頭部から先端が長く伸びた十手を引き抜き素早く離脱する銭形。
「……有効打だ」
こんな時でもその口元はニヤリと凶悪に笑う。こいつは本当に、どこまでもふてぶてしい奴だ。
今の一撃でメインカメラが壊れたか、操縦者がハッチを開けて顔を出した。
「ふ、ざけ、やがってぇ……!! 上からは生かして捕らえろと言われたが、もう我慢ならねぇ!」
立動装甲の前腕部がみるみるうちに銃器に変形していく。
大経口の銃口が向けられているというのに銭形の笑みはますます深まるばかりだ。やっと攻撃が通りそうな生身が顔を出してくれたんだもんな……やっぱり馬鹿だよお前。単細胞馬鹿。
「テメエはただじゃ済まさねぇ……恨むならテメエの親父を恨むんだなぁ!?」
立動装甲の銃口が火を噴こうとしたその時――鮮やかなブルーのバイクがその巨体に激突した。
「それはこっちのセリフだぜ。恨むなら俺を恨めよ。かわいい一人息子に手を出した落とし前は、付けてもらうぜ」
衝突する寸前にバイクから飛び降りオレたちの前に着地したのは、ライダースーツに身を包んだ、誰かの面影を感じる一人の
「
その身体が花吹雪のような光に包まれる。押し流されるように千々に消え行く光から鮮やかな和装を思わせる戦闘スーツに身を包んだ姿が現れる。
オレ達のピンチに駆けつけてくれたヒーローは銭形が持つものによく似た芯棒の長い十手を
「神妙にお縄に付きな……! ”百華繚乱・乱れ裂き”!!」
目にも止まらぬスピードで機体の懐に飛び込み揮われた太刀筋が幾筋もの光の線となる。
あっという間に立動装甲の四肢が解体され、ハッチが切り取られ、ただの鉄塊と成り下がっていった。
「チクショウが……ッ!」
操縦席から這い出してきた男が何かを投げつけるがヒーローは難なく避けて相手の胸ぐらを掴む。
そうして先程投げられたカプセルから黒い液体が飛び出し地面に泥溜まりをつくった、その場所目掛けて……ヒーローは銭形とよく似た無駄のない動作で背負い投げをするように男の身体を投げ飛ばした。
「がっ……モガ……ッ!?」
勢いよく背中から泥溜まりに突っ込んだ瞬間黒い泥が男にまとわりつきぎちぎちに締め上げていく。
「ははっ、捕縛の手間が省けたな」
そうして町の平穏を脅かした悪党は、ヒーローの手によって瞬く間に無力化されることとなった。
◇◇◇
これが銭形の日常、銭形が見てきた光景か……。
銭形が近づいてくる。幸い大した怪我はなさそうだ。
解除方法を教えてもらいシェルターの外に出る。オレが外に出てもマーライオンは消えずに残っていたし、踏み潰した筈のキーホルダーは金具を残して消えていた。
「戦闘中のギルティの前に飛び出すとは、おぬしは阿呆か」
「自分を攫おうっていうギルティに挑みに行った馬鹿には言われたくない。壁が出来るって言ってたから一瞬目くらましで隙をつくれれば銭形が隙を突くなり障害物として有効活用するなりなんとかするかと思ったんだよ」
「そんな俺さまの言葉と、行動力頼りでこんな大胆なことをしでかすとは大した度胸だ。さすがは俺さまが見込んだ男だな」
ニヤリと笑って拳をこちらへ向ける。
「いやいや、めちゃくちゃ怖かったって。こちとら善良無辜なる一般市民なんだからな……」
こちらも疲れたように笑って拳を合わせた。
「おのれ、横から美味しいところを拐っていきおって。神出鬼没の馬鹿親父め……」
捕まえた男を見張りながらどこかへ連絡を取っている様子のヒーローを見ながら、苦々しく吐き捨てる銭形。
「……なぁ。お前がヒーロー嫌いな理由って、もしかして……」
「あのちゃらんぽらんな親父どのがヒーローだからだ!」
「つまり、前に言ってた倒したい奴ってのも……」
「無論あのオタンコナスの親父どのだ!」
ただの親子喧嘩かよ!!
オレはこの一か月、親子喧嘩のために悪の道に勧誘され続けてたのかよ!?
まったく、一気に脱力した……なんというか、銭形らしい……。
「ああ……ええと、そうだ。親父さんの土産、踏み潰しちまって悪かったな」
「フン、構わん。本来の役目を全うしたまでだ。そもそも俺さまが持っていたとして大人しく安全なかまくらの中で膝を抱えて助けを待つようなことはしないだろう。まさかこのような使い方があるとはな」
そういって銭形は場違いに土手上に鎮座するマーライオンを見上げる。その横顔はいつになく清々したような表情だ。
その表情のまま、迷いない視線が真っ直ぐにオレを見つめた。
「坂本悠馬。おぬしは俺さまを裏切るかもしれないと言ったな」
それは不良たちに絡まれる前、橋の上でオレがこいつに言い放ったセリフだ。
「……ああ。お前はオレを機転が利く頭の切れる人間だと評価してくれてるようだけど、オレはお前が思ってるよりも嫌な奴で卑劣で卑怯な小者だ。お前の理想とは程遠いだろうよ。人が居なければ平気で悪事を見逃したり、こっそり録音した音声で総堂を脅したり……どっちもお前は見ただろ。善人の皮被った卑怯者なんだよ」
繕ったってもう意味はない。
幻滅されたくなくて、失望されたくなくて、いつだって優等生の仮面を被り続けてきた。
周囲に線を引かれるだなんて言いながら、実際に周囲に線を引いて身を守ろうとしていたのは他ならぬ自分自身だ。
「幼い頃に誘拐されかけたことがあってな。それ以来、誰と会う時もずっと持ってる。これまでお前と話してた時だって、いつだって録音できる状態で持ち歩いてたんだぜ。気分悪いだろ?」
「俺さまとて昔不届きなギルティに襲われて以来、常に十手を携帯している。同じことだろう」
「いや、でも」
「自分の身を守るすべを身に着け備えることの何が悪い? むしろ引け目を感じるべきは、目に見える脅威に対策もせずいざ困れば助けを待つばかりのずうずうしい人間の方ではないか」
銭形は下手な慰めをしない。そんなことはこれまでの付き合いの中で充分判っている。だからこいつの言葉は本当に本心から出ている言葉なんだ。
「それよりもだ。裏切る予定があるという事はつまり、ついに俺さまの組織に入る事を認めたということだな!」
「はぁ!? いやっ、そういう意味じゃねぇよ! あれはオレがお前の思うような人間じゃないって言いたかっただけで――…」
「おぬしが俺さまの思うような人間ではないと? ……フン。そういえばだいぶ前におぬしの評判をヒデアキに聞いていたのだったな」
そう言ってズボンのポケットから取り出したのは、いつから入れっぱなしだったってくらいにすっかりよれよれのメモ紙。
「成績優秀、誰にでも気さくで優しく穏やかで品行方正、教師からの覚えもめでたい非の打ちどころのない優等生。だが……」
読み上げたそれがその場で破り捨てられる。
「どうも別の誰かの事らしい。俺さまの知っている坂本悠馬はもっと腹黒で生意気で狡賢くて悪知恵が働いて……そしてだからこそ頼もしい男だ」
千切れたメモ紙を風に流した銭形は、そこで最高に悪い顔を浮かべてみせた。
こいつは、ずるい素のオレを見てもなお態度を変えない、何でもないことだと簡単に言ってきやがる。
そうしてこの男は、いつの間にかその滅茶苦茶を当たり前の楽しい日常に変えてしまう。
ああまったく――どうにもこいつには敵いそうもない。
「ふははは、という訳で元から優等生でない貴様に取り消しは不可だ! 裏切り上等! さあ悠馬よ、共に悪の星を目指そうではないか、ふわーっはっはっはっは!」
あ~もう、なんだってお前はそんなにオレを組織の一員にしたがるんだよ。なんだよ……卑劣で卑怯で、腹黒で生意気で狡賢くて悪知恵が働いていつか裏切りそうで……もっとろくでもねぇじゃねえかよ! そんなんもう普通に小悪党じゃねぇか!
「……あっはは……!」
……もうほんと、こいつの無茶苦茶加減に笑えてきた。
今日だけでオレの中の常識は破壊されまくりで、オレの知らない世界が怒涛のように押し寄せて、その上やっきになって守ってきた『
こんなんもう笑うしかないだろ。
だって、あれだけ必死に立場を守ってきたオレが、もう今は、銭形みたいに自分の好きなように生きるのが一番だとか思えてるんだ。こっちが大人しくしてようと思ったって周りが勝手に暴れてくんだから、一緒に馬鹿やってた方がずっといいって。
一日で価値観変わりすぎだろ!
ヒーローが捕物をしているすぐ傍で馬鹿高笑いを上げる中学生と、その隣で笑い転げる中学生。
誰も彼もが何事かと目を剥く光景だろう。ギルティ襲撃を受けた町に空気を読まない二つの笑い声が響いて、やがてぽつりぽつりと周囲に様子を窺う人影が見え始める。
笑い声を収めたオレは笑い涙を拭いながら銭形の肩を叩いた。
「おい、こりゃ、また学校で騒がれるな……」
「なんとかしろ。権力者らしく握り潰せ」
「普通の生徒会長にそんな権力ないってんだよ、馬鹿。諦めて学校のヒーローとしてもてはやされるんだな」
いつも通りの不遜な態度でのたまう
◇◇◇
オレの中の価値観を変えた事件から数日。
悩みも何も色々と吹っ切れたオレはそれでも相変わらず優等生のままだ。
少なくともここでは……中学生の間はオレは優等生を演じ続ける気でいる。
これまでの皆からの坂本悠馬に対する信頼をぶん投げて好き勝手振る舞うような無責任なことはできない。
自由に生きることと自分勝手に生きることは、何か違うような気がするから。
いっそ高校はオレを知る奴が誰もいないような遠くの学校にしようか。そこならオレを特別に見る目もしがらみもない。
けど、高校に進んだとして、今更変わることなんてできるだろうか。人の期待に応えようと良い顔しかしてこなかったオレが、ズルい自分の素を出せたとして……それでも受け入れられるんだろうか。
漠然とした進路への期待と不安を抱えながら教室へと足を踏み入れた時だった。めざとく俺を見つけた早川が駆け寄るなり開口一番。
「会長、ひどいやんこんなスクープ僕に一番に言ってくれないなんて!」
「はぁ? 一体なんの話――…」
言い終わる前に、クラスメイト達が周囲を取り囲んだ。
「あくひろ学園受けるんだって!?」
「それってあのヒーロー学校だよな?」
「会長ならなれるよ、絶対!」
「頑張って、悠馬君!」
「応援してるぜ!」
混乱するオレに人混みから現れた銭形が近づきがっしと力強く両肩に手を置く。
「フン、坂本悠馬。俺さまと共に輝かしい未来を掴み取ろうではないか。よろしくな、
こっ……コイツのせいかぁぁぁぁっ……!
コイツ、とうとう既成事実をでっち上げて周囲から籠絡しにかかって来やがった!!
何が相棒だ! ルビの下に手下って言葉がちらついてんぞ!
文句をぶつけようと声を上げかけるが、それを打ち消すように周囲から口々に熱い応援の言葉が掛けられていく。くっ……我ながら自分の人気が憎い……!
そして、ああ――駄目だ。
『坂本悠馬』は、皆の期待を、裏切れない。
「はは、は…………こちらこそ、よろしくな……」
引き攣る笑顔で答えれば、周囲がワッと沸き立つ。その中心で『
どうやらオレはまんまと奴の術中に嵌ってしまったらしい。この瞬間、オレの進路は決定されたのだ。
――おぬしを俺さまの手下一号にしてやろう――
あの日屋上でかけられた言葉。
思えばあの瞬間から、人生は可笑しな方向に走り出していたんだろう。
けれどそれは紛れもなく、オレの人生をオレ自身が走り出した瞬間だったんだ。
尤も、この後暫くは奴に対する怒りしか湧いてこなかったんだが……。
結局は、この男の側で、必死に型に嵌まって生きようとする事が馬鹿らしくなったのかもしれない。
そしてこの男の側で、一緒に馬鹿をやりたくなったんだろう。
こうなったらとことん付き合ってやる。
あいつがこれからどんな事をして、どんな人生を送るのか、一番近くで馬鹿にしながら見届けてやるよ。
それがオレの――オレ自身の人生における、一番最初のささやかな楽しみだ。
……とりあえず。
優等生なんてもうやめよう。
おしまい
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