遠い日の二人⑤─春休み…二人の誕生日─

高2の3学期が終わり、春休みに入ってまだ間もないある日。



ユウは一人、部屋でギターの弦を弾いていた。


すると、テーブルの上のスマホがメールの受信を知らせる。


受信画面を開くと、ユウの口元がほころんだ。


(レナからだ。)



“クッキー焼いたよ。一緒に食べない?”



レナからの短いメールに、ユウはそそくさと返信する。



“ありがと。部屋にいるよ。”



ほどなくして、山盛りのクッキーを乗せたお皿を手に、レナがやって来た。


キッチンで二人分のカフェオレを入れると、リビングのソファに座り、レナの焼いたクッキーとユウの入れたカフェオレで早速お茶の時間が始まる。


「いただきます。」


クッキーを口に運ぶと、優しい甘さがユウの口いっぱいに広がった。


「うまい。」


ユウが美味しそうにパクパクとクッキーを頬張ると、レナはカップを両手にニッコリと笑う。


「良かった…。」


レナの笑顔に、ユウもつられて笑顔になる。


(かわいすぎ…。)


思わず赤面してしまいそうになるのを隠すように、ユウは慌ててカフェオレのカップに口をつける。


「さっき、何してたの?」


クッキーを細い指でつまみながらレナが尋ねる。


「曲、作ってた。」


「そうなんだ。」


短い会話。


静かに流れる時間。


決して口数の多い二人ではないけれど、時々訪れる沈黙さえ気にならないほど、二人でいる時間は心地がいい。



そこへ賑やかな声が響く。


「ただいまー。あら、レナちゃんいらっしゃい!」


ユウの母親の直子とレナの母親のリサが、二人して買い物袋を手にリビングへ入ってくる。


「レナも来てたの?ユウくん久しぶりねー!元気だった?」


相変わらずオシャレでパワフルなリサに、ユウは笑顔を向ける。


「おひさしぶりです。元気ですよ。リサさんは相変わらずパワフルっすね。」


買い物袋を置いた二人が、テーブルの上のクッキーに目を輝かせた。


「これ、レナちゃんのお手製?!」


嬉しそうに尋ねる直子に、レナはクッキーを勧めた。


「ハイ。良かったら、どうぞ 。」


「ユウ、私とリサさんにもカフェオレね!」


さっさと座り込みクッキーに手を伸ばす直子とリサに苦笑いしながら、ユウは二人分のカフェオレを入れて、カップをテーブルに置いた。


「それで、二人そろってどうしたの?」


「仕事が早く終わってスーパーで買い物してたら、リサさんとばったり会ってね。明日休みだって言うし、私も休みだから、久しぶりに夕飯一緒にどう?ってことになったのよね。」


クッキーを口に入れ、直子はレナの方を向く。


「うん、とっても美味しい!レナちゃんはお菓子作りも上手なのねぇ。」


直子に誉められ、レナはニッコリ微笑む。


「もうすぐ二人の誕生日でしょ?少し早いけど、お祝いしようよ。今日はパーッとやろう!!」


リサも上機嫌でクッキーを口にする。


「うん、美味しい!」


静かなティータイムが一転、二人の母親の登場で、すっかり賑やかになった。



しばらくするとクッキーはすっかりなくなり、直子とリサがキッチンに立って夕飯の準備に取り掛かる。


「何作るの?手伝うよ。」


レナがそう言うと、直子は優しい笑みを浮かべた。


「ありがと、レナちゃん。でも今日は二人のお祝いだからね。ゆっくりしてて。私とリサさんで、美味しい物たくさん作るから、楽しみに待っててね!!」


「それじゃあ…楽しみにしてます。」



レナはそう答えると、ユウの部屋で一緒に待っていることにした。


「どうした?」


「お手伝い、しなくていいって。」


「そっか。」


ユウから少し離れて座ると、レナはギターを弾くユウの横顔や手元を見ていた。


(レナにじっと見られてると…ドキドキするし、緊張する…。)


「本でも読む?」


「うん。そうしようかな。」


レナは立ち上がると、まだ新しいハードカバーの小説を手に取った。


すると、本の間からひらりと1枚の紙が落ちる。


拾い上げようと目線を落とすと、女の子の物らしい文字が並んでいた。


途端にユウは、慌ててそれを拾い上げ、隠すように手の中に収める。


「……手紙?」


レナが尋ねると、ユウはしどろもどろになりながらボソボソと答える。


「まぁ…。なんか、その…。」


「ラブレター?」


「うん…あっ、でも、ちゃんと断ったから!!」


言い訳をするように慌てるユウを、レナはきょとんとして見ていた。


「…そうなの?」


それからレナは、何もなかったように座って本を開くと、何も言わずに本を読み始める。



(全然、気にも留めない感じ…?)


ユウは複雑な気持ちになりながら、手の中の手紙をくしゃっと丸めると、ゴミ箱にそっと投げ入れたのだった。






数日後、4月5日――。


18年前の同じ日に生まれたユウとレナは、18歳の誕生日を迎えた。



その日二人は、電車に揺られていた。



二人の誕生日パーティーをした日に、リサから受け取ったプレゼントは、テーマパークのチケットだった。


母親たちは仕事が立て込んでいて、二人の誕生日をゆっくり祝うことができそうにないからと、リサが知り合いからもらったと言う人気のテーマパークのチケットをプレゼントしてくれたのだ。


それから、目一杯二人で楽しめるようにと、お小遣いも奮発してくれた。



「遊園地なんて、久しぶりだね。」


どことなくウキウキした様子のレナは、いつも

と違った雰囲気の洋服に身を包んでいる。


スラリとした長身のレナにとてもよく似合っていた。


「今日の服、初めて見る。」


「うん、誕生日プレゼントにリサが作ってくれた。今日着て行く用に、って。」


制服でもどんな服でも、何を着ても似合うレナだが、やはりリサのデザインした服は一番レナに似合う。


さすが、リサのファッションブランド`アナスタシア´のモデルを幼少期から務めているだけはある。


ユウがレナに見とれていると、レナが照れ臭そうに、上目遣いでユウを見た。


「…ちゃんと、似合ってる?」


(ヤバイ…かわいすぎる…。)


「…うん。すげー似合ってる。」


「良かった…。」


(マジでもう…心臓がもたねぇ!!)


窓の外を楽しげに眺めているレナをそっと見つめながら、ユウはニヤけてしまいそうになる口元をギュッと引き締めた。



そうこうしているうちにテーマパークに到着。


入り口でもらったパンフレットを広げると、二人は頭を寄せ会うようにして園内の案内を見て、順番を相談する。


「いきなり絶叫系はキツい?」


「そうだねぇ…。」


春休みと言うこともあり、園内は家族連れやカップルで賑わっている。



「混みそうだから、やっぱこれから行くか。」


「うん、その方がいいかもね。」


人気のジェットコースターの場所を指差すと、不意にレナが顔を上げ、ユウを見上げた。


(近っ…。)


思いがけず至近距離にあるレナの顔。


ユウは少し慌てて、さりげなく距離を取る。


(ビックリした…。)


「よ、よし。そうと決まれば早速行こう!」


赤くなった顔を隠すように、ユウはジェットコースターの方に向かって歩き出す。


「うん!」


レナも、ユウの後ろをついて歩き始めた。


人気のコースターだけあって、順番を待つ長い列ができている。


“40分待ち”と看板が出ていた。


「40分待ちか…。」


「もっと混み始めたら、待ち時間もすごいんだろうね。」


何気ない会話をしながら順番を待つ。


ユウは、そんな時間もレナが一緒だと何故か楽しく感じる。


園内を歩くカップルは、楽しそうに手を繋いだり、腕を組んだりしている。


(いいな…。オレとレナも、一応カップルに見えてたりするのかな?)


ユウは、ぼんやりとそんなことを考えていた。



それから二人はいくつかのアトラクションを回り、近くにあったベンチに座って休むことにした。


近くのワゴンで買ったジュースを飲みながら、またパンフレットを広げる。


「ジェットコースターすごかったな。」


「うん。最初に乗って良かったね。今、1時間半待ちだって。」


心なしか、レナの口数がいつもより多い。


楽しんでいるのが感じられて、ユウは嬉しくなる。


「次はどこに行くかな…。」


パンフレットに視線を落とす。


その時、ユウのお腹が鳴る。


「あ…。」


「お腹、空いた?」


「そうだなぁ…。」


時間を見ると、正午を少し回ったところだった。


「そろそろ、昼飯でも食うか…。えーっと、レストランは…。」


そう言ってパンフレットを見ようとしたユウの目の前に、何やら包みが差し出される。


「おべんと、作ってきた。」


レナはそう言ってニコリと微笑むと、ベンチの上にお弁当を広げ始める。


サンドイッチに唐揚げ、フライドポテト、色鮮やかなサラダなど…。


「レナが、作ってくれたの?」


驚きと感動で目を見開くユウ。


「うん。少しだけ、早起きした。簡単な物ばかりだけど…。どうぞ、たくさん食べて。」


そう言って笑うレナを抱きしめたい衝動にかられながら、ユウは差し出されたおしぼりで手を拭く。


「ありがと…。すげー、うまそう。いただきます。」


レナの料理は食べ慣れているはずなのに、今日のお弁当はユウにとって特別に感じられた。


タマゴサンドを手に取り、早速かぶりつく。


「うん…うまい!!」


「良かった…。どんどん食べて。」



二人で、レナの作ったお弁当を食べながら、次は何に乗ろうかとか、さっきのアトラクションはどうだったとか、そんな他愛もない会話をする。


(すげー、デートっぽい…。)


美味しいレナの手料理を頬張りながら、すぐそばに大好きなレナのいる幸せを噛みしめ、自然と笑顔になるユウだった。




お弁当を食べ終え、次に乗るアトラクションに向かっている途中。


学生らしき団体が賑やかに通り過ぎようとした。


混雑した園内。


ユウと、少し後を歩いていたレナの距離が、団体客の群れに引き離されて、ユウは一瞬レナを見失ってしまった。


「レナ?」


立ち止まって、慌てて辺りを見回すと、レナは随分離れた所でユウを探してキョロキョロしている。


「いた…!」


ホッとしたのも束の間、一人になったレナを、3人の若い男たちが取り囲んでいた。


「キミ、めっちゃかわいいねー。」


「どうしたの?一人?友達とはぐれちゃった?」


「一緒に探してあげようか?」


「なんなら、オレたちと一緒に…。」


知らない男たちに囲まれ、次々と声を掛けられたレナは、少し怯えている。


「アイツら…!」


ユウは人波をかき分け、急いでレナの元へ辿り着くと、3人の男たちを見下ろした。


「ちょっと…。」


いつもより低い声でそう言うと、男たちから奪い返すようにレナの手を引く。


「彼女、オレの連れなんで。」


思ったより低く発せられた声に、男たちはユウを見上げ、慌てたように数歩、後ずさる。


「あ…、そうなんだ。彼女、彼氏見つかって良かったね。」


「じゃあ、オレたちは…。」


そそくさと去って行く男たちの背中を見ながら、ユウは大きくため息をついた。


(まったく…油断も隙も、あったもんじゃないよ…。でも…彼氏、彼女だって…。)


チラリとレナを見ると、安心しきったように、レナが笑った。


「ビックリした…。ユウの姿、急に見えなくなっちゃうから…。ちょっと、怖かった…。」


(かわいい…。かわいすぎる…。オレもうヤバイ…。)


ユウは、咄嗟に掴んだレナの腕から自分の手を離し、思いきって、そっと手を握った。


「またはぐれて怖い思いするといけないから…手、繋いで歩こうか…。」


言ってから、途端に胸の鼓動がドキドキと速くなる。


(ヤバイ…。ドキドキし過ぎだろ、オレ…。)


レナに心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほど緊張する。


(ヤダって言われたらどうしよう…。)


拒絶されたらどうしようかと、不安にもなる。



繋いだ手を見ると、レナは笑ってユウを見上げた。


「うん…。」


「じゃ…行こうか。」


レナの返事に心底ホッとしたユウは、レナの手をギュッと握り、ゆっくりと歩き出した。


(修学旅行の時以来だ…。)


ユウがそう思っていると、レナがポツリと呟く。


「修学旅行、思い出すね…。」


「うん…。」


(同じこと、考えてる…。)



その後もずっと、二人はほんの少しぎこちなく手を繋いだまま、テーマパークでの1日を楽しんだ。



日が暮れ始め、ポツリポツリと園内のアトラクションや建物に明かりが灯り始めた。


「ねぇ…観覧車、乗ってみない?」


レナの提案で、大きな観覧車に乗ることになり、二人はゴンドラに乗り込む。



夕日がだんだんと沈み、遠くの街の明かりが灯り始め、とても幻想的な風景が地上に広がっていた。


「今日、すごく楽しかったね…。」


茜色から薄紫色に染まり始める窓の外の景色を見ながら、レナがポツリと呟いた。


「うん…。また、来ような。」


繋いだままの手をギュッと握ると、レナは柔らかく微笑んでうなずいた。


(このまま…時が止まればいいのに…。)


レナの手を握りながら、ユウはそう思った。


(今、オレがレナに気持ちを伝えたら、レナはなんて言うだろう?)


伝えたい気持ちと、拒絶されるかも知れない不安。


二つの気持ちが浮かぶ。


もし拒絶されたら、もう今までみたいに幼なじみとしても一緒にはいられない。


好きだからこそ、隣にあるレナの笑顔は、絶対に失いたくない。



窓の外の景色を眺めるレナの横顔を、そっと見ながら、ユウはレナに伝えたいたった一言を、静かに心の中にしまった。


「写真、撮ろうか?」


ユウはポケットからスマホを取り出すと、レナの手を握っていた手を離し、自分たちに向ける。


そして、そっとレナの肩を抱き寄せ、シャッターを切った。


(ずっと、こんなふうに二人でいられたらな…。)





閉園時間になり、二人は手を繋いだまま、テーマパークを後にした。


(楽しい時間って、本当にあっという間だな…。)



過ぎて行く時間を少し恨めしく思いながら歩いていると、レナがユウのシャツの袖を、ツンツン、と引っ張る。


「ん?」


「ねぇ、あれ…見ていかない?」


レナが指差す方を見ると、シルバーのアクセサリーを並べた露店があった。


「いいね。よし、行こう。」


露店の前まで来ると、レナは繋いでいた手をそっと離し、並べられたアクセサリーを手に取り、あれこれ見ている。


離された手に、少し寂しさを感じながら、ユウもレナの隣にしゃがみ込んだ。


(あっ…この指輪、かわいいな…。)


レナに似合いそうな指輪を見つけると、ユウはそれをそっと手に取った。


(誕生日だし…プレゼント、するか。)


ユウがそんなふうに思っていると、レナがユウの目の前にそっと手を差し出す。


「…ん?」


手のひらには、ユウ好みの男物の指輪。


「ユウ、こう言うの、好き、だよね?」


「ああ、うん。すごい、オレ好み。」


ユウが答えると、レナは立ち上がって店主にそれを差し出した。


「これ、ください。」


レナはバッグから財布を取り出し、お金を払おうとする。


「いや、いいよ。オレ、自分で買うから。」


「いいの。私からの、誕生日プレゼント。」


そう言ってレナは、店主に代金を支払い、包みを断って、ユウに指輪を差し出した。



「あっ、ちょっと待って。オレも…。」


ユウも立ち上がると、さっきの指輪の代金を支払って、レナに差し出す。


「オレからも。誕生日おめでとう、レナ。」


二人は顔を見合せて笑うと、お互いの手にした指輪を交換する。


そして、早速指にはめてみる。


「あっ、ピッタリだ。レナは?」


「うん、私も。」


「気に入ってくれた?」


「うん…。すごく、嬉しい。」


「オレも、すげー嬉しい。」


もう一度二人で微笑み合うと、どちらからともなく、手を繋いで歩き出す。


それは、とても自然な流れだった。




その後、気軽に入れて美味しいと評判のイタリアンレストランで食事をした二人は、手を繋いで街を少し歩き、いつもよりもゆっくりと家路に着いた。


家が近くなるにつれて、ユウの胸に切なさが募る。



繋いだ手を、離したくない。



できるなら、抱きしめて、このまま帰したくない。



でも…。



そんな勇気があるはずもなく、とうとう住み慣れたマンションへ帰ってきてしまった。


お互いの部屋のドアの前まで来ると、どちらからともなく、繋いだ手をそっと離した。


いつもとは違う名残惜しさに、ユウの胸はキュッとしめつけられた。


お互いに見つめ合い、短い沈黙が流れる。


ユウは、レナの手の温もりの残るその大きな手で、いつものように、レナの頭をポンポンと、優しく撫でた。


「おやすみ。」


「…おやすみ。」


そして二人は、それぞれの玄関のドアを開け、小さく手を振ってから、ドアを静かに閉める。



お互いの手に、相手の手の温もりを残しながら、初めてのデートらしき1日が終わった。




ユウは、誕生日にテーマパークの観覧車で撮った写真を、誰にも見られないフォルダに保存した。


そのフォルダには、修学旅行で撮ったレナの写真も納められていた。


待ち受けにしていつも眺めていたい気持ちはあるものの、同級生たちに冷やかされるのと、自分しか知らないレナの顔を他の誰かに見られるのがイヤで、自分にしか見られないフォルダに大事にしまっている。


そのフォルダの写真を一人の時に眺めては、レナと手を繋いで歩いたことやレナの笑顔、楽しかった1日をぼんやりと思い出していた。


そして、ユウは、レナにプレゼントされた指輪を、持っていたネックレスのチェーンに通し、大切に身につけた。


指輪は学校につけて行くと目立つし、きっと教師から注意されてしまうが、ネックレスなら制服のシャツの中に隠れるので、いつでも身につけていられるからだ。


シャツ越しにその指輪に触れるとユウは、レナと手を繋いだ時のように、心が温かくなるのを感じていた。















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