遠い日の二人④─高2・冬…修学旅行─
慌ただしかった冬休みが終わると、2年生の間では間近に近付いてきた修学旅行の話題で持ちきりだった。
修学旅行が終わると一気に受験ムードになるため、受験前のお祭り気分にほだされたように、誰もがウキウキしているように見えた。
「もう修学旅行かー…。あっという間だな。」
教室の後ろの方で、シンヤが旅行のしおりを片手に呟く。
「オレ、沖縄初めて。」
ユウも楽しそうにしおりのページをめくる。
修学旅行の班が、気心の知れたシンヤとマユ、そしてレナと一緒だと言うことが、ユウの修学旅行への期待を更に膨らませている。
「結局さぁ、どうなのよ?」
シンヤがしおりに視線を落としたまま、ユウに尋ねる。
「何が?」
「文化祭の後夜祭で一緒に踊ったりしてさ、いい感じだったじゃん。その後どうよ?」
「別に…。普通。」
「えーっ、マジかよ?!」
「…マジだよ。」
相変わらず、シンヤはユウとレナの関係が気になるようだ。
「ユウの渾身のラブソングも不発だったのか?」
「シンちゃん…あまりデカイ声で言うなよ…。」
ラブソングと言われて、ユウは無性に恥ずかしくなる。
「まぁ…。あの歌が一番良かったとは言ってくれたけど…。優しくて温かくて好きだって。」
「へぇ…。ユウの気持ち、ちゃんと伝わってんじゃん。」
「それはどうかな…。オレが作ったなんて言ってないし。楽曲として気に入ってくれただけだと思うよ。」
「そうなの?言えばいいのに…。オレが君を想って作った歌だよー、って。」
「……言わないよ…。」
「でも、カップルに混じって踊ってたじゃん。
どっちから誘った?」
「……オレ…。」
「へぇ…。やるじゃん、ユウ。」
後夜祭で二人で手を取り合い、身を寄せあって踊ったことを思い出すと、ユウは照れ臭くて頬を赤らめる。
「まぁ…。断られなくて、良かったかな…。」
「オレは、レナちゃんもユウのことを好きなんだと思ってるよ。どこからどう見ても、カップルにしか見えないじゃん。」
「だといいんだけどね…。」
確かに、以前より少しずつではあるけど、二人の距離が縮まってきたような気がする。
それより前から一緒にはいたけど、少しは異性として見てくれるようになっているんじゃないか?
淡い希望がユウの胸に広がる。
「じゃあさ…修学旅行が正念場だな。」
「正念場、ねぇ…。」
「オレ、自由行動の時間、二人きりになれるように協力するよ?」
「いやぁ…そんな気を遣わないでいいよ。あんまり意識しすぎると、ギクシャクしそうだから。」
「そうか?でも、オレもマユっちと二人きりになりたいしなぁ。」
シンヤの思わぬ言葉に、ユウは思わず立ち上がった。
「えっ?!えっ?!シンちゃん…そうなの?」
「さあなぁ…。」
驚くユウを横目に、シンヤは意味深な笑みを浮かべた。
教室の前の方では、レナとマユが額を寄せ合って、修学旅行のしおりを眺めていた。
「修学旅行、もうすぐだねぇ。」
マユが楽しそうにレナに話しかける。
「うん。沖縄、初めて。」
レナも、修学旅行の日程表を見ながら、楽しそうに答えた。
「レナと一緒の班になれて良かったよー。片桐も同じ班だから、レナも安心でしょ?」
「うん。三浦くんも一緒だから、賑やかになりそうだね。」
「あー、三浦ね…。うるさいのが一緒になったわ。でも、三浦は片桐とは一番仲良さそうだから、片桐は喜んでるかもね。」
「うん、楽しみだって言ってた。」
マユは、チラリと教室の後ろで話し込んでいるユウとシンヤを見る。
(なんとかして片桐をレナと二人きりにさせてあげたいな…。)
シンヤの口から自分の名前が出ていることなど露知らず、マユはユウとレナを二人きりにするには、何日目のどこが一番ベストなのかと考えるのだった。
1月下旬。
修学旅行に出発する日がやって来た。
いつもの制服に身を包み、大きな旅行バッグを提げて沖縄へと出発する。
「沖縄、温かいのかな?」
「こっちよりは温かいでしょ。」
学校からバスに乗り空港へ到着、飛行機に乗り換えて沖縄へと向かう。
「美味しい物、食べられるといいねぇ。」
「お土産選びも楽しみだなぁ。」
心なしかいつもよりウキウキしている様子のレナを見て、ユウも初めての沖縄が更に楽しみになる。
那覇空港に到着すると、更に飛行機を乗り換えて石垣島へ、そこから船で小浜島へと移動する。
小浜島に到着する頃には、すっかり日が傾いていた。
「のどかだねぇ。」
海と、サトウキビ畑、今回宿泊するリゾートホテルの他には、取り立てて何もない小さな島。
翌日から、島内や西表島、竹富島などを観光し、4日目の朝には那覇に移動して市内を観光することになっている。
ホテルに到着すると、早速夕食を取り、その後はロビーで島の歌手の歌を聴いた。
「酒が飲める歳なら、もっと楽しいんだろうな。」
シンヤが呟く。
「泡盛とか?」
「そうそう。なんかオシャレなバーがそこにあった。何年かしたら、また来たい。」
「泡盛飲みに?」
「そう。」
シンヤとユウの会話を隣で聞きながら、レナとマユは可笑しそうに笑う。
「泡盛飲むために来るかは別として、大人になっても一緒に旅行とか、出来るといいよね。」
「うん。」
優しい島唄を聴きながら、4人は大人になった自分達に思いを馳せた。
(ずっと、みんなとこんなふうに仲良く出来たらいいな。)
翌日。
西表島でマングローブを見た後、小浜島に戻り島内観光をした。
1時間もあれば一周出来てしまうほどの、あっという間の観光だった。
その後、4人は自由時間に島のビーチへと足を運ぶ。
少し風が冷たいものの、エメラルドグリーンの海を眺めながら、砂浜を歩いた。
「キレイだね…。」
レナは誰もいない砂浜で、その風景を撮る。
「せっかくだから、4人で撮ろうよ。」
マユもデジカメを取りだし、4人で顔を寄せ合って自撮りをする。
ユウはポケットからスマホを取りだし、楽しそうに海を眺めるレナの姿をそっと写真に収めた。
(かわいい…。)
いつもよりはしゃいでいる様子のレナがかわいくて、思わず、もう1枚…とシャッターを切ろうとすると、不意にレナが振り返る。
(わっ…。)
レナの写真を撮っていたことがバレるのが恥ずかしくて慌てるユウだったが、そんなユウを、レナも撮る。
「あぁっ!!」
思わずレナに駆け寄るユウに、レナはイタズラな表情で笑い掛けた。
「お返し。」
レナはユウにカメラを向けて、楽しげにまたシャッターを切る。
「じゃあお返しのお返しだ!」
ふざけて写真を撮り合うユウとレナの姿を、少し離れた場所から、シンヤとマユが微笑ましそうに眺めていた。
「なんだかんだ言って、仲いいし…お似合いだよね。」
マユがポツリと呟くと、シンヤはそんなマユの横顔をスマホで撮る。
「あっ!!今、撮ったでしょ!!」
「いいじゃん。この写真、オレの待ち受けにする!」
「やめてよ!!」
「なんで?マユっち、かわいく撮れてんじゃん。」
「マユっちって呼ぶな、バカー!!」
マユとシンヤが追いかけっこを始めると、ユウとレナは顔を見合わせて笑った。
「あの二人、けっこうお似合いかも…。」
「…だね。」
翌日は竹富島に渡り、水牛車で島内を観光した。
ハイビスカスの花が咲き、島の民家にはシーサーが並ぶ。
ゆっくりと水牛車に揺られながら、車夫の三線に乗せた島歌を聴いた。
レナはゆったりと時間の流れる風景や、水牛車に揺られるクラスメイトの笑顔をカメラに収めた。
(写真撮ってる時のレナ、キレイだな…。)
ユウは、ファインダーを覗くレナの横顔に見とれていた。
レナを見る優しいユウの表情を見て、マユは誰にもわからないように小さくため息をつく。
そして、そんなマユの少し寂しげな横顔を、シンヤはそっと眺めていた。
小浜島最後の夜、レナとマユはホテルのお土産屋さんに足を運んだ。
マユは星の砂の入った小瓶を手に取ると、小さな貝の入った星の砂を傾ける。
「キレイだね。部屋に飾ろうかな。」
「旅の思い出に?」
「うん。また一緒に行こうねって約束、忘れないように。」
「いいかも。」
レナも、色違いのリボンの掛かった星の砂の小瓶を手に取る。
「ずっと、こんなふうでいられたらいいね。」
「……そうだね…。」
片思いの恋は、苦くて切ない。
好きな人の、他の人を想う横顔を見るたびに、胸がしめつけられる。
それなのに、この人が好きだと言う想いは、そばにいるほど募って行く。
(好きになるほど苦しいだけなのに、なんでこんなに好きなんだろう…。)
マユは、人知れず片思いを続けている自分を、自嘲気味に笑う。
(でもきっと、そう言う片桐だから、ずっと好きなんだよね…。)
翌日、船と飛行機を乗り継いで那覇市内に到着すると、のどかだった小浜島とは打って変わって賑やかになる。
4人はそろって国際通りへと繰り出し、建ち並ぶたくさんのお店で沖縄の名物を食べたり、沖縄らしいお土産を選んだりした。
「ねぇ、三浦。」
「ん?」
ほんの少し前を行くユウとレナの後ろ姿を見ながら、マユはシンヤを呼び止めた。
「この旅行中に、片桐をレナと二人きりにしてあげたいって思ってたんだけど…。ここから、アンタと私、あの二人と別行動にしない?」
二人の後ろ姿を寂しげに見つめるマユの頭を、シンヤはそっと撫でた。
「ムリすんなよ…。マユっちは、それでいいの?」
「えっ?!」
シンヤの思わぬ言葉に、マユはシンヤをじっと見つめる。
「オレ、ずっと気付いてたよ。」
(なんで…?なんで、三浦にバレてる…?)
誰にも打ち明けたことのない、ユウへの秘かな想いを、出逢って数ヶ月のシンヤに見透かされていることに、マユは驚きを隠せない。
何も答えることのできないマユの手をそっと握ると、シンヤは真剣な表情でマユの顔を覗き込む。
「それで、マユっちは、いつになったらオレの気持ちに気付くの?」
「……えっ?!」
「あれ?」
さっきまですぐ後ろにいたはずのシンヤとマユの姿が見えないことに気付いたユウとレナは、立ち止まって後ろを振り返った。
「どこ行っちゃったんだろう?」
(まさか、あの二人…オレとレナを二人きりにさせてやろうとか…。)
背の高いユウが、少し後ろの方で人混みの中にシンヤとマユの姿を見つける。
「あっ、いた。」
ユウが声を掛けようとしたその時。
(えっ?!)
シンヤが、片手でマユの頭を引き寄せ、マユの耳元で何か言っている。
その表情は驚くほど男らしく、優しかった。
(えっ?!どうなってんの?!)
慌てるユウの横で、状況のわからないレナが不思議そうにしている。
「どうしたの?」
レナに話しかけられてハッとしたユウは、咄嗟にレナの手を取り、慌てて歩き出した。
「だ、大丈夫、行こ。」
「……うん…。」
少し歩いたところで、ユウは自分がレナの手を握っていることに気付き、慌てて手を離そうとしたが、思い直して、ギュッと握り直した。
「はぐれないように、このまま歩こう?」
「…うん。」
少し照れ臭そうにうなずくレナを見て、ユウはホッと胸を撫で下ろした。
(良かった…。レナ、笑ってる…。)
ぎこちなく繋がれた手の温もりが、二人の距離をまた少し近付けてくれているように感じる。
はにかんだレナの笑顔を見て、レナも少しは自分と手を繋いでいることにドキドキしてくれていたらいいなと、ユウは思った。
ユウとシンヤは、ホテルの部屋の大きな窓から夜景を眺めていた。
「なぁ、シンちゃん。今日、国際通りでさぁ…その…。」
「ん?気になる?」
「いや…うん、何て言うか、ものすごい急展開過ぎて…何があったのかと…。」
ずっと窓の外を見ていたシンヤが、ゆっくりとユウの方を向いて、静かに呟く。
「別に…。好きだって言ったら、ふざけないでって、笑って流されただけだよ。」
「えっ…。」
「ユウは…マユっちのことどう思う?」
「えっ?!佐伯は…ガキの頃からの友達だよ?他の女子より気心も知れてるし、サバサバした性格だから、男友達といるみたいで一緒にいてラクだと思ってるけど。」
「ふぅん…。報われねぇな…。」
シンヤが聞き取れないような小さな呟きを落とす。
「えっ?今、なんて?」
「なんでもねぇ…。」
遠くを見ていたシンヤが、ニッと強気な笑みを浮かべてユウの方を見た。
「ま、相手が誰でも、オレはマユっちあきらめる気なんてねぇけどな。うんって言うまで、言い続けてやるから。」
「あ…うん…。」
シンヤの言葉がいまいち理解できないユウだったが、シンヤがマユを本気で好きなんだと言うことだけは理解出来た。
(すげーな、シンちゃん…。それに比べて、オレは…。)
十何年もの間、誰よりもレナのそばにいながら、傷付くことや壊してしまうことを恐れて、自分の気持ちを伝えられずにいる臆病な自分が、情けなく思えた。
(それでも、オレは…レナを…。)
ずっと見守り想い続けたレナを、誰にも渡したくないと、ユウは強く思った。
修学旅行最終日。
ホテルのお土産屋さんで、4人は沖縄最後の買い物を楽しむ。
「ねぇねぇ、紫いものサーターアンダギーだって。美味しそう!!」
「ちんすこうも、いろんな味があるね。買っちゃおう。」
「ソーキそば、家でも食べたいな。これも買おう。」
「ユウ、一緒にブルーシールアイスの宅配頼んじゃおうか。」
「食いもんばっかじゃん。」
「宅配便で送ってもらうから、少しくらい多くなっても大丈夫だよ。」
「そう言う問題?」
「うん。そう言う問題。」
沖縄の美味しい土産物を手に、あれこれと楽しそうに相談するレナとマユを、シンヤとユウは笑って見ている。
「せっかくだから、記念に何かお揃いの物でも買うか?」
シンヤが提案すると、レナが嬉しそうにうなずく。
ユウもすぐに賛成した。
マユは、少し複雑な表情で笑う。
「いいんだけどさ…。みんなでお揃いなんて…ちょっと、子供っぽくない?」
「そう?じゃあ、オレとマユっちだけでもいいんだけど?」
「えっ?!何言ってんの?」
「いいじゃん。オレはマユっちとお揃いの物、買いたい。」
「誤解されるようなことを言うのやめてよ!!」
「マユが欲しいもの、買ってあげるよ?」
「勝手に名前呼び捨てにしないで!!」
ケンカしているのか、じゃれているのか。
仲がいいのか、悪いのか。
(でもやっぱり、お似合いかも…。)
昨日のシンヤとマユのことを知らないレナだけが、不思議そうに、でも微笑ましそうに二人を見ていた。
「オレたちも、何か、買う?」
ユウが思いきって尋ねると、レナは目の前にあった琉球ガラスのグラスを指差して、ユウを見上げて笑った。
「これ、欲しい。」
「いいじゃん。これにしようか。」
ユウは青、レナは赤のグラスを選んだ。
「これでいつか一緒に、泡盛とか飲んでみたいね。」
赤いグラスを光に透かして、レナは楽しげに微笑む。
「うん、いいな。」
「でも…。」
「ん?」
「それまでは、ユウの作ったカフェオレがいいな。」
「…ん、いいよ。」
(ああ、オレ今、すっげー幸せだ…。)
それぞれに好きな相手との距離が縮まったような、何も変わっていないような…。
それでいて、ほんの少し前進したような。
そんな修学旅行が、幕を閉じた。
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