遠い日の二人③─高2・秋…文化祭─

結局、あれからユウとレナが二人でどこかに行くこともないまま夏休みが終わった。



2学期に入ると、体育祭や文化祭の準備に追われ、学校中に慌ただしい空気が流れていた。


体育祭が終わると学級委員を後期の委員に引き継ぐはずだったのだが、クラスメイトたちの要望とお調子者のシンヤの仕業で、何故か後期もシンヤとユウが引き続き学級委員を務めることになり、自動的にレナも書記を続けることになった。


体育祭と中間テストが終わると、息をつく暇もなく文化祭の準備に追われる日が続く。


立て込んでいた委員の仕事が一段落して、その日は放課後ゆっくりとバンドの練習をしようと、ユウはシンヤと一緒に第2音楽室へ足を運んだ。


「文化祭までに新曲作って仕上げるつもりだったんだけどな…。」


「文化祭の準備、残りは実行委員に任せて、当日までこっちに専念しようぜ。実行委員にはオレから頼んどくから。ユウの曲さぁ、オレ、けっこう好きなんだわ。」


「そう…?誉めても何も出ないよ?」


シンヤにさらりと誉められ、ユウは思わず照れ隠しを言う。


「ユウ、作詞は?」


「うーん、しなくはないけど。なんで?」


「ラブソングとか…作んねぇの?」


“ラブソング”と聞いて、思わずユウはレナを思い浮かべて真っ赤になる。


「どうした?」


「イヤ…。」


ユウは赤くなった頬を隠すように、ギターのチューニングを始めた。


「直接言えないなら、歌で伝える…とか、ベタだけど良くね?」


「シンちゃん…オレ、ボーカルじゃありません…。」


「いいじゃん、歌えば。」


「やだよ。恥ずかしい。」


「じゃあ、ユウが作って、ボーカルに歌ってもらうってのでいいじゃん。」


「それ、意味あるの?」


「二人にしかわかんねぇワードをほり込んどくんだよ。絶対気付くだろ。」


「そうかなぁ…。そんなに敏感に気付く子じゃないよ。」


やたらとレナに告白することを勧めるシンヤに、ユウはいつも戸惑ってしまう。


(応援しようと思ってくれてんだってのは、一応わかるんだけどな…。)


「ほら、シンちゃん、練習するよ。」


これ以上、この話にならないように、ユウはシンヤをドラムセットの前に座らせる。


いつもは別々のバンドで活動しているが、文化祭で一緒に演奏しようと持ちかけてきたのはシンヤだ。


他のメンバーと細かい確認をしながら、演奏を完璧なものに近付けて行く。



(シンちゃんが言ってたみたいにうまくいくとは思えないけど…作ってみようかな…。)


練習の合間に、ユウはレナへの想いを乗せた歌を作ってみようかと、おぼろげに考えていた。




その頃レナは、文化祭で写真部のブースに展示する写真を撮るため、被写体を探していた。


(次は何撮ろうかな…。)


屋上から見たグラウンド、理科室の人体模型、長く伸びた自分の影を撮ろうとする影、中庭の花壇に迷い混んだ猫、楽しげに笑いながら歩く生徒たちの後ろ姿……。



思うがままに、面白いと思ったもの、可愛いもの、好きなもの…いろいろと撮してみる。


(そうだ…。)


レナは校舎の中に入ると、廊下の窓から向かいの棟の、ある教室へ望遠レンズを付けてカメラを向ける。


(いた…!)


そのレンズの先には、真剣な表情でギターを弾くユウの姿があった。


レナは、いつもとは違う表情のユウをレンズ越しに捉える。


演奏が終わって、表情をゆるめたユウ。


他のメンバーたちとふざけて笑うユウ。


無心になって、ユウの姿をカメラで追っていると、不意にレンズ越しにユウと目が合う。


「えっ?!」


驚いたレナが慌てて第2音楽室の窓を見ると、そこには笑って手を振るユウがいた。


「何やってんのー?」


ユウが笑って、大きな声でレナに問い掛ける。


(あ…この顔…。)


レナは、いつもの優しい笑顔のユウに向かってシャッターを切ると、ニッコリ笑う。



「何やってんの?」


向かいの棟に向かって大きな声を出しているユウを不思議に思ったシンヤが、ユウの隣にやって来て、ユウの見ている方を同じように見る。


「あっ、レナちゃんじゃん。あれ…カメラ?」


「うん、レナ写真部だから。文化祭で展示する写真撮ってるんじゃない?」


「オマエ…すげーな。気付くか、普通?」


「えっ、普通に気付いたけど…。」


シンヤがレナに大きく手を振る。


「レナちゃーん、オレも撮ってー!!」


大声で叫ぶと、ユウと肩を組もうとしたのだが…ユウの背が高過ぎて、どこか苦しそうだ。


レナはそんな二人を見て楽しそうに笑うと、ユウとシンヤのアンバランスなツーショットをカメラに収めた。




ユウはその後、小さく手を振ってその場を離れるレナを見送った。


(あーあ、行っちゃったな…。それにしても、何をそんなに一生懸命撮ってたんだろう?)



「…ん?」


ユウの制服のポケットの中で、スマホが震えてメールの受信を知らせている。


(レナからだ!!)


ユウは慌ててメール受信画面を開いた。



“終わったら一緒に帰ろ。

駅前の鯛焼き、食べたいな。”



レナからの飾りっ気のない短いメールに、思わずにやけて緩んでしまいそうになる口元を隠すようにして、みんなに背を向けて急いで返信する。



“うん。オレも腹へったー!!”



急いで返信してスマホをポケットにしまって振り返ると、シンヤがニヤニヤしながらユウを見ている。


「いいねぇ。青春だねぇ…。」


「な、なんだよ。」


「いやー…。オマエら、マジで可愛いわ。」


「はぁ?!」


「いや、いいと思うよ、オレは。できれば汚れを知らないそのままで大人になってくれよ。」


「子供扱いすんな…。」


「子供扱いしてないって。純粋に誰かを好きになれるなんて、羨ましいよ、オレは。」


「何言ってんだよ…。」



ユウからの返信メールを受信したレナも、スマホの画面を見ながら微笑んでいた。


なんでもないやり取りなのに、ユウとなら、どうしてこんなに幸せな気持ちになるんだろう?


ユウのいろんな表情を撮るのはとても楽しかった。


気付くと、夢中になってシャッターを切っていた。


(さっきの写真…うまく撮れてるといいな…。)





ユウは部屋で一人、ヘッドホンをしてギターを弾いていた。


ああでもない、こうでもない…。


何度目かに納得の行くメロディラインを見つけると、ノートにメモを取る。



(ラブソング…かぁ…。)



ユウは今まで何曲か曲を作ってはみたが、照れ臭くて甘いラブソングを作ったことがない。


(絶対、恥ずかしいよな…。それでも、一度くらいは作ってみようかな…。)





文化祭当日。



レナは写真部の腕章を付けてカメラを手に、体育館のステージでひたすら写真を撮っていた。


舞台担当のクラスが演じる劇や合唱、お笑いライブなどの他に、演劇部やコーラス部などの本格的なものもあり、舞台発表は大いに盛り上がっていた。



(次は、軽音部だな…。)


ユウとシンヤのバンドのメンバーがステージに登場すると、ものすごい声援が上がった。


(すごい人気…!)


耳をつんざくような黄色い歓声に圧倒されそうになりながらも、レナはユウたちの演奏する姿をしっかり収めようとカメラを構える。


構えたカメラのファインダーを覗き込もうとした時、不意にユウと目が合う。


(頑張って…!)


レナが心の中で呟くと、それを感じ取ったのかユウが口の右端を小さく上げてうなずいた。


(えっ…今…。)


気のせいかとも思ったが、明らかにユウの視線はレナを捉えていた。



シンヤがドラムスティックでカウントを刻むと、レナは慌ててカメラを構える。



ユウのギターが唸る。


低いところから突き上げてくるベース。


シンヤの叩き出すビート。


そこに、よく通るボーカルの歌声。



(すごいな…。)


レナは夢中でシャッターを切る。



ノリのいい曲が3曲続いた後、ゆったりとしたバラードが始まる。


客席を埋め尽くした生徒たちも、その優しいメロディに聴き入っていた。


(優しい曲だな…。)



ユウのギターの音色が心地よく胸に響く。



“そして今日も、君を想う”



甘く優しいメロディに乗せて、そのフレーズはレナの心を温かくした。



“いつも君のそばにいるよ”



“僕だけが知る君の素顔


ずっと守っていたいから…”




ユウたちのバンドのライブは大盛況に終わり、バンドメンバーたちは惜しまれながらステージを後にした。



バンドの躍動感と心地よい旋律が、優しい余韻となって胸に広がる。


(あの曲、素敵だったな…。優しく包んでくれるみたいだった…。)


さっき聴いたバラードのフレーズが、頭の中に何度もリフレインする。


その曲を、何かに似ている、とレナは思う。


(なんだろう…。すごく、心が温かい…。)






文化祭の催し物がすべて終わり、生徒たちは後夜祭を楽しんでいた。


レナは、後夜祭の様子をひとしきりカメラに収めると、キャンプファイアの炎を少し離れた場所から座って眺める。


「お疲れさん。」


缶コーヒーが目の前に差し出され、レナは隣に座ったその人を見て穏やかに笑う。


「うん…。ユウも、お疲れ様。」


受け取った缶コーヒーのタブを開け口にすると、レナはホッと息をついた。


「大変だったけど、楽しかったな。」


「そうだね。」


缶コーヒーを傍らに置くと、レナはカメラを構えて、夕闇に伸びる二つの長い影を写真に収める。


「祭の後、だね。」


レナが穏やかに微笑む。



キャンプファイアの周りでは、音楽に誘われたカップルたちが、手を取り合ってダンスを始めた。


この高校にずっと受け継がれた、文化祭最後のイベントだ。


ユウとレナは、その光景を静かに眺めていた。


「一緒に、踊る?」


ユウが、照れ臭そうに手を差し出す。


レナは、差し出されたその手を少し見つめた後、そっと自分の手を乗せてうなずいた。



そして二人は、少しぎこちなく、照れ臭そうに手を取り合いながら、ゆっくりと音楽に身を委ねる。


(ずっとこのままでいられたらな…。)


心地よい夜風が二人の頬を撫で、キャンプファイアの炎がユウの切ない想いを焦がすような、そんな一時だった。



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