遠い日の二人① ─高2・春…おかしな四角関係─
高校2年生になる日の朝。
レナはいつもの駅のプラットホームで電車を待っていた。
いつもは一緒にいるユウが、今朝はバンドのミーティングがあるからと、先に学校に行ってしまったため、珍しく一人だった。
「おはよう、レナ。」
「マユ…おはよう。」
親友のマユに声を掛けられ、安心したようにレナは微笑んだ。
「あれ?ひとり?片桐は?」
「今日はバンドのミーティングだって。3本早い電車で行ったみたい。」
「ふうん、そうなんだ。」
やがてプラットホームに滑り込んだ電車に乗り込むと、レナたちの通う高校の最寄り駅で降りる。
改札に向かって歩いている時。
「あのっ…。」
背後から声を掛けられ、二人はくるりと振り返った。
「……。」
「あのっ…。好きです!付き合って下さい!!」
見知らぬ他校の男子生徒が、レナに向かって赤い顔をしながら、勇気を振り絞って告白した。
それを見たマユが、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「ムリです、ごめんなさい。」
レナは、その表情を崩すことなく断ると、ペコリと頭を下げる。
そしてまた改札に向かって歩き出した。
秒殺でフラれてしまった彼を気の毒に思いながらも、マユはニヤニヤと笑っている。
「久々に来たね…。片桐がレナのそばにいないなんて滅多にないからね。」
そして小さくチラリと振り返る。
「彼、かわいそ。」
マユの言葉に、レナは淡々と答える。
「だって、ムリなものはムリだもん。」
「恋がしたいとか、彼氏欲しいとか、全然思わない?」
マユの問い掛けに、レナは少し考える。
「全然知らない人に好きって言われても、私のどこを見て、何を知ってるの?って思うし…それに…。」
レナは小さくため息をつく。
「恋の定義がわからない。」
学校に着くと、昇降口前に貼り出されたクラス分けの発表で同じクラスに名前を見つけると、レナとマユは新しい教室へ向かおうと振り返った。
するとレナは、背の高い誰かにポンと頭を撫でられる。
「ユウ。」
「よ。おはよ。」
ユウは大きな手でレナの頭を優しく撫でた。
「今朝はごめんな。」
「うん。」
「ちょっと片桐、私もいるんだけど!」
「ああ、おはよ。」
レナのついでのようにあいさつされて、少しムッとするマユ。
「ホント、いつもレナと私に対する態度、違いすぎだからね?!」
「そうか?」
ユウは気にも留めないふうに少し笑う。
「クラス発表、見た?」
「うん。私もマユも、5組だったよ。」
「オレも一緒。」
ユウが同じクラスだとわかると、レナは嬉しそうに微笑んだ。
「また、一緒だね。」
(かわいいな…。)
一瞬、レナに見とれてしまうユウの脇腹を、マユがひじでつつく。
「片桐ぃ、今さっき、久々に来たよー。」
「ん?何が?」
「今朝、アンタいなかったじゃん。レナ、他校の男子に告白されてさぁ…。」
「え?!」
小さく驚きの声を上げるユウにだけ聞こえるように、マユはそっと耳打ちする。
「レナ、付き合うの、OKしたよ。」
一瞬、目を見開いたユウが大きな声を上げた。
「ええぇっ?!」
するとマユは、可笑しそうにケラケラと笑いだす。
「ウソよ、ウソ。ウソに決まってるでしょ。」
ユウは、一人不思議そうに首を傾げているレナをそっと見た。
「なんだよ…。脅かすなよ…。」
その反応を見て、マユは満足そうにうなずくと、勝ち誇ったように笑った。
始業式を終えると、レナとマユは新しいクラスの教室で、後ろの方の席に並んで座っていた。
するとそこへ知らない男子生徒がやって来て、レナの前の席に後ろ向きに座ってレナの顔を覗き込むようにして笑った。
「初めまして。」
「どうも…。」
突然、見知らぬ男子に声を掛けられ困惑しているレナに、彼は親しげに話し掛ける。
「オレ、三浦慎也。よろしく。」
「はぁ…。」
レナが気の抜けた返事をする。
「キミは?」
「高梨 怜奈、です。」
レナが小さな声で答えると、シンヤは突然レナの手を取り握手をする。
「キミがレナちゃんかぁ!!いやー、一昨年の同級生から、ひとつ下の学年にレナちゃんって言うすげーかわいい子がいるって噂には聞いてたけど、ホントかわいいね!あっ、彼氏とかいる?いないならオレ、立候補してもいいかな?」
早口にまくし立てながら握った手を離さないシンヤに、マユが苛立った声を上げた。
「ちょっと!!突然なんなの?!手を離しなさい!!」
マユが強引に手を離そうとすると、シンヤはマユのその手を取りギュッと握った。
「いやー、キミもかわいいね!レナちゃんと一緒にいるってことは、キミがマユちゃん?」
「はぁっ?!手、離しなさいよ!!馴れ馴れしい呼び方しないで!!」
マユが力一杯、手を振り払うと、シンヤは楽しげに笑い声を上げた。
「気が強いんだねぇ。まぁ、それも悪くないかな!惚れちゃうかも。」
「は?!もう、あっち行ってよ!!」
初対面の女子をナンパするシンヤと、初対面の男子とケンカを始めるマユを、レナはただ黙って見ていた。
(結構、いいコンビかも…。)
そんなふうにレナが思っていると、ユウが他の男子と教室に入ってきて、レナの後ろの席に座る。
「ちょっと片桐!!」
「えっ、オレ?!」
突然マユに怒鳴られ驚くユウ。
「コイツ、レナのこと狙ってんの!めっちゃくちゃ手ぇ早いから、絶対にレナを死守すんのよ!!」
「ええっ?!」
ユウが状況を飲み込めないでいると、シンヤがレナの後ろからヒョイと顔を出してユウの顔を見る。
「あれ?レナちゃんの彼氏?」
「いや…彼氏ではない、けど…。」
ユウが答えると、シンヤは挑発するように笑って、またレナの手を握る。
「彼氏じゃないなら、いいよね。オレ、レナちゃんの彼氏に立候補しちゃっても。」
「ええっ?!」
(ってか、手!!手を離せ!!オレだって手なんか何年も握ってないっての!!)
慌てるユウだったが、レナは表情を崩すことなく、シンヤの手を自分の手からそっとほどく。
「ごめんなさい。他を当たって下さい。」
いとも簡単にお断りされたシンヤは、大袈裟にガックリと肩を落とした。
「ええーっ、つれないなぁ。でも、そんなところも新鮮でかわいい!!」
めげないシンヤに呆れるマユ。
ハッキリと断るレナにホッとするユウ。
何事もなかったように表情を崩さないレナ。
そんな3人を楽しげに見ているシンヤ。
おかしな四角関係(?)の始まりだった。
担任の倉沢が教室にやって来るとHRが始まり、簡単な自己紹介が行われた。
シンヤは去年1年間、シアトルに留学していたので、ひとつ歳上らしい。
自己紹介が済むと、委員の選出が始まった。
するとシンヤが、突然手を挙げる。
「ハーイ!!オレ、レナちゃんと一緒に学級委員やりまーす!!」
「ええっ?!」
ユウとマユが驚いて大きな声を上げる。
レナは突然のことに、目をぱちくりさせた。
「ちょっと三浦、いい加減にしなさいよ!!レナ、そんなこと一言も言ってないでしょ?!」
マユがシンヤに怒鳴る。
「じゃあ、マユちゃん一緒にやる?」
「はぁ?!誰がアンタなんかと!!それに私、今年は生徒会長やるからムリ!!ってか、その気持ち悪い呼び方やめてよ!!」
苛立ってまくし立てるマユ。
見かねた倉沢が声を掛ける。
「オイオイ、三浦に佐伯、クラス替えして早々ケンカすんなー。で、どうすんだ?立候補は三浦だけか?」
「先生、オレとレナちゃんだって!」
「不純な動機は慎むように。」
「ええーっ。」
おかしなやり取りに、クラス中から笑いが起こる。
「女子、立候補ないのか?」
倉沢が声を掛けると、クラス中の女子が下を向いたりして、目を合わせないようにする。
「高梨、三浦からのご指名だけど、どうする?高梨さえ良ければお願いしたいんだけどな…ダメか?」
「ダメと言うか…。」
どうしたものかとレナが考えていると、マユが突然ユウの腕を掴み、無理やり手を挙げさせた。
「片桐がやりまーす。」
「オ、オイ!!」
強引なマユに困惑するユウに、マユはそっと耳打ちする。
「レナに何かされちゃってもいいの?」
「そ、それは…。」
あたふたしているユウに、倉沢が声を掛けた。
「片桐、やってくれるのか?男二人でもいいぞ。」
(ええっ、マジかよ…。だけどレナに何かあったら…。仕方ないな、ここは…。)
「まぁ…。」
渋々ながらも、ユウは曖昧に返事をする。
「じゃあ、学級委員は三浦と片桐に決定な!高梨、とんだとばっちりで申し訳ないが、書記をお願いしてもいいか?」
「…ハイ…。」
レナも仕方なくうなずく。
「ええーっ。オレ、レナちゃんと二人で委員やりたかったのにー…。」
不満げにシンヤが呟くと、またクラス中から笑いが起こる。
ユウは面倒くさいような、でもどこかホッとしたような複雑な思いでレナの後ろ姿を見つめながら、そっとため息をついた。
(とりあえず、レナは守れた…。)
学級委員を一緒にやることになり、新学年になったばかりと言うこともあって、ユウとシンヤが会話をする機会は自然と多くなった。
話してみるとシンヤは気さくで、歳上なのにそれを押し付けることもなく、与えられた役割はきっちりとこなすので、意外にも委員の仕事はやりやすかった。
おまけに、ユウが所属している軽音楽部にシンヤも1年の頃に在籍していて、留学中の1年間は休部していたが、また軽音部に復帰すると言うことで、あっという間に二人は意気投合。
いつしか互いに、“シンちゃん”“ユウ”と呼び合う、仲の良い友人になっていた。
そんな二人を、レナとマユは不思議そうに見ていた。
「性格も全然違うし、ライバルかも知れないのに…男ってわかんないものねぇ。」
マユがそう言うとレナは嬉しそうに微笑んだ。
「でも…ユウ、三浦くんと仲良くなって、楽しそう、だよ。」
「まぁ、そうね。片桐にはちょっとかわいそうなことしたかと思ってたけど、結果的には良かったのかな?」
「うん、良かったんじゃない?」
レナとマユは顔を見合わせて笑った。
マユの生徒会長としての活動が忙しくなると、レナは放課後を一人で過ごすことが多くなった。
ユウと一緒に帰るため、レナはユウが部活をしている時間を図書室で勉強や読書をして過ごしたり、たまに軽音部の活動している第2音楽室に顔を出したりしていた。
その日レナは提出物のノートを届けるため、倉沢がいつもいると言う理科室に足を運んだ。
ノックをして準備室に入ってみるが、倉沢の姿は見えない。
ノートの束を机の上に置くと、レナはぐるりと室内を見回した。
倉沢の部屋と化したようなその部屋には、彼の私物とおぼしきカメラや写真集が、そこかしこに広げられている。
(先生、いないな…。)
ノートは届けたし、もう部屋を出ようかと思った時、暗室のドアがガチャリと音を立てて開き
倉沢が姿を現した。
「おっ、高梨、ごくろうさん。」
倉沢の言葉にレナはペコリと頭を下げる。
「現像…ですか?」
「おぉ、わかるか?今時フィルムなんて珍しいだろ?オレの趣味でな。」
「だから、理科室なんですね。」
「まぁ、そうだな。高梨、時間あるならコーヒーでも飲んでけ。」
「ハイ。」
倉沢は部屋の隅にある小さな冷蔵庫から缶コーヒーを取り出すと、レナに手渡す。
ソファに座るよう促されると、レナは静かにそこに座り缶コーヒーのタブを開けてそっと口を付けた。
「写真集…すごい数ですね。」
ズラリと並んだその中に、レナが子供の頃から世話になっているカメラマンの須藤の写真集を見つける。
「あ…須藤さん…。」
「知ってるのか?」
「ハイ。子供の頃からお世話になっているので…。」
「ああ…。」
レナが答えると、倉沢は思い出したようにうなずく。
「高梨はモデルやってるんだったな。」
「まぁ…。モデルと言うほどでも…。母のブランドの服を着て写真撮られるだけなんで…。」
「高梨、部活はやってないのか?」
「ハイ。」
倉沢は缶コーヒーを机に置くと、レナの顔をじっと見つめた。
「…?」
レナが不思議に思っていると、倉沢が言う。
「放課後、時間あるなら写真部に入らないか?」
「え?!」
突然の勧誘に驚くレナ。
「いつも撮られる側だろ?その経験活かせば、面白い写真が撮れそうな気がするんだよ。まぁ、無理にとは言わないが、どうだ?」
そう言って倉沢は、レナにカメラを手渡す。
カメラを受け取ると、レナは角度を変えながらしげしげとカメラを眺めた後、そっとファインダーを覗いた。
(やってみようかな…。)
「どうだ?やってみるか?」
「…ハイ。」
レナは小さくうなずく。
「よし、じゃあ、写真部のみんなに伝えておくよ。毎週火曜と金曜の放課後はだいたいここに集まってるから。次は今週の金曜だな。みんなに紹介するから来てくれるか。」
倉沢は、嬉しそうにスマホを取り出し、写真部の部員たちにメールを送る。
「わかりました。じゃあ、私はこれで…。」
「気を付けて帰れよ。」
「ハイ。さようなら。コーヒーご馳走さまでした。」
レナはペコリと頭を下げると、理科室を後にした。
まだユウの部活が終わるまで、かなり時間がある。
(軽音部、行ってみようかな…。)
レナは理科室を出たその足で、第2音楽室へと向かった。
第2音楽室では、ユウたちのバンドが新曲の練習をしていた。
演奏が終わるのを見計らって、レナがそっとドアを開けて中に入ると、すぐに気付いたユウがそばに歩いて来る。
「どした?退屈してんのか?」
ユウは優しくレナの頭を撫でた。
「ん…。私、写真部に入部することになった。」
「写真部?」
「うん。」
「なんでまた急に?」
「提出物届けに行ったら、倉沢先生にコーヒーご馳走になって、写真部に入らないかって勧誘されちゃった。」
レナはニコリと微笑む。
「レナが写真撮るの?」
「うん。文化祭で、ユウたちのライブの写真、撮っちゃおうかな。」
「ホント?」
「うん。」
「じゃあ、かっこよく撮ってもらえるように頑張らないとなー。」
微笑みながら会話している二人を、シンヤが少し離れた場所で見ていた。
(へぇー…レナちゃんって、あんなふうに笑ったりするんだな…。)
いつもクールなその表情を崩さないレナが、安心しきったようにユウに微笑み掛けている。
ユウもまた、同じように穏やかに笑って、愛しげにレナを見つめている。
(あの二人って…付き合ってないとか言ってるけど…本当はお互い、すっげー好きなんじゃねぇの?)
シンヤは、数日前のユウとの会話を思い出していた。
部活が始まる前、珍しくユウとシンヤの二人きりだった時に、シンヤは何気なくユウに問い掛けた。
「ユウさぁ、レナちゃんと付き合ってんの?」
「えっ?!」
途端に慌てて手に持っていた譜面をバラ撒くユウを見て、シンヤは意地悪そうに笑った。
「ユウ、わかりやすすぎ。」
「いや、付き合ってるとか、そう言うんじゃないよ。ただ、物心つく頃にはいつも一緒にいたから。ホラ、うちとレナん家、マンションの隣同士で母親同士も仲いいからさ。」
しどろもどろになりながら、言い訳をするように答えるユウ。
「幼なじみ、ってやつ?」
「まぁ…。」
「じゃあさ…。」
シンヤは意味深な目でユウの顔を覗き込むと、真剣な表情で静かに言う。
「オレが、本気でレナちゃんを手に入れようとしたら…ユウ、どうする?」
「えっ…。」
ユウは、一瞬目を見開いた後、スッとシンヤから目をそらした。
「どうするって…。」
「付き合ってないなら、文句ないよな?」
「……。」
シンヤの問い掛けに何も答えられないまま、ユウは黙って譜面を拾い集めた。
譜面をすべて拾い終えると、ユウは立ち上がって、静かに口を開く。
「確かに…オレとレナは幼なじみってだけで、付き合ってる訳でもない。だから、誰がレナにアタックしようと文句は言えないよ。ただ……。」
「ただ?」
ユウは、シンヤの方にゆっくりと振り返ると、力強い口調で言った。
「オレにとっては、レナは特別、大切だから。オレは、レナを守る。」
真剣に答えたユウを見て、シンヤが大声で笑った。
「なんだよ、シンちゃん…。オレ、まじめに話してんじゃん。」
ユウが少し赤い顔をしてシンヤを睨む。
「ごめんごめん、いや、悪かった。冗談だから、今の。」
「ええ?!」
「いやー、ユウの気持ちが聞きたかっただけなんだけどさ。そりゃあ、レナちゃんはホントにかわいいけど、オマエら二人見てたら、付け入る隙もないわ。」
「え?!え?!」
シンヤの言葉にユウがうろたえていると、シンヤはユウの肩をバン!と叩いた。
「好きなら、好きって言えばいいじゃん。」
「…そんなに簡単じゃないよ…。」
少し、苦しげに呟くユウ。
「今の関係でこのままいられるなんて思ってないし、このままでいいとも思ってないけど…。」
「ふぅん、そっか…。」
シンヤはユウの言葉を、真剣な顔で聞いていた。
(素直になればいいのに…。レナちゃんだってきっと、同じくらいユウを大事に想ってると思うんだけどな…。)
他の者にはわからない二人だけの絆と共に、つつくと壊れてしまいそうな絶妙のバランスが、今の二人の関係を保っているのだとシンヤは思った。
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