すべてが知りたい

レナは、お風呂に浸かりながら、ついさっきのことを思い出していた。


レナがいなくなったかもと焦って不安がっていたユウ。


帰って来たレナをギュッと抱きしめてくれた腕はとても力強くて、ユウの胸はとても広くて温かかった。


(でも…あの腕で、あの胸に、何人もの女の子を抱いたんだよね…。)


また込み上げてくる、モヤモヤした嫌な気持ち。


(これ…なんなの?)


思えばずっと前から、この気持ちの正体はわからずにいた。


(なんだか、胸が、苦しい…。)



お風呂から上がると、ユウがリビングのソファーで缶ビールを飲んでいた。


リビングに戻って来たレナに、ユウは缶ビールを1本差し出す。


「飲む?」


「うん。」


レナはユウの隣に座り、缶ビールを飲む。


「ふう…おいしい。」


「お疲れ様。」


ユウは優しく笑う。


「どこ行ってたの?」


「前にユウと一緒に行ったことがある、海辺の町だよ。」


「そっか。」


缶ビールを飲み二人で他愛もない会話をしながら、レナは、まだ乾き切らない長い髪をひとつにまとめると、少し斜めに結んだ。


そんなレナの何気ない仕草に、ユウは見とれていた。


お風呂上がりの上気した肌、髪をまとめてあらわになった白く細い首筋…。


(色っぽい…。)


ユウの中に、レナに触れたい衝動が込み上げてくる。


じっとレナを見つめるユウを不思議に思い、レナはユウの顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」


(ヤバイ…かわいすぎる…。)


思わずユウは、レナの腰を片手で抱き寄せた。


「キャッ…。」


驚いて小さく叫ぶレナの首筋に、ユウはキスを落とす。


「んっ…。」


ユウの柔らかい唇の感触に、思わず身じろぎするレナの耳元で、ユウは囁く。


「レナ…色っぽ過ぎ…。」


チュッ、チュッと音をたてながら、ユウはレナの耳や首筋に優しくキスを落とし続ける。


(ユウ…今、私のこと、色っぽいって言った?!)


思いがけないユウの言葉と、突然スイッチが入ったように変わってしまったユウに、レナは驚き戸惑った。


「やっ…ユウ、くすぐったいよ…。」


やまないキスの雨に身じろぎするレナを、ユウは更に強く抱き寄せる。


「レナ…かわいい…好きだよ…。」


ユウの、レナに触れたいと言う衝動は抑えきれなくなり、レナの唇にもその唇を重ねる。


「んっ…。」


レナが小さな声を上げると、ユウの手はレナのシャツの裾から忍び込み、その形のいい胸にそっと触れる。


「!!!!」


突然のことに、レナは思わずユウの体を押し返した。


「ダ、ダメ…。」


レナは両腕で隠すようにして胸元を押さえた。


(い、い、今…触った…!!)


恥ずかしさで真っ赤になるレナ。


「ダメ…?」


ユウは、少し寂しげに呟く。


「やっぱオレ…そんなに信用ない…?」


ユウはレナから手を離すと、ゆっくりと立ち上がり、自分の部屋へ戻って行く。


その後ろ姿を見ながら、レナはユウを引き留めることも、身動きすることもできないでいた。


(違うの…。だって、私…あの子たちみたいに色っぽくもないし…それに、こういう時…どうしていいか、わからない…。)




翌日からの二人は、平静を装いながらも、どこかぎこちなかった。


一緒に暮らし始めてもう何日も経つのに、相変わらず別々の部屋で寝起きして、体に触れることを拒むレナに、ユウは寂しさと焦りを覚えた。


レナはレナで、またあんな状況になったらどうすればいいのだろうと不安に思い、知らず知らずのうちにユウが至近距離に来ることや、触れようとすることを避けてしまう。



すぐそばにいるのに、抱きしめることも、キスすることもできないこの状況に、ユウの焦りは限界を超えようとしていた。


やっぱり、他の女の子たちと散々遊んできた自分を、嫌いになったのだろうか?


それとも…元婚約者の彼のことが、忘れられないのではないか?


結婚の約束までしていた男との間に、何もなかったとは考えられない。


元婚約者の彼となら良くて、自分とはどうしてダメなのか?


どうしてレナは、自分を拒むのだろう?





それから数日経ったある夜。


レナはキッチンで夕食の片付けをしていた。


お風呂から上がって来たユウがタオルで髪を拭きながら、キッチンへ来て冷蔵庫から水のボトルを取り出す。


ユウは水を飲んで冷蔵庫へしまうと、レナに声を掛けた。


「レナ、風呂空いたよ。」


ユウに声を掛けられ振り返ったレナが、絶句して顔をそむけた。


「ん…?」


「ユウっ…ふ、服…!!」


上半身裸のユウを見て、真っ赤になるレナ。


ユウが後ろから覗き込むと、レナは耳まで真っ赤になっている。


「ああ…。こんくらいのことでそんな恥ずかしがらなくても…。」


「ダメ!!ちゃんと着て!!」


ユウから目をそらし、慌てて洗い物をしようとするレナを見て、ユウはちょっと意地悪したくなる。


「レナ、こっち向いてよ。」


「やだ…!!」


(かわいいなぁ…。)


恥ずかしがって真っ赤になるレナがたまらなくかわいくて、ユウはレナを後ろから抱きしめた。


「レーナ、こっち向ーいて♪」


ユウがギュッと抱きしめると、レナは慌てて、持っていたグラスを落としてしまった。


ガシャン!!


大きな音がして、グラスが割れた。


「あっ…!!」


一瞬の沈黙。


「ご、ごめん…。」


レナは慌ててグラスの破片を拾おうとする。


しかし、裸のユウに抱きしめられた動揺が抑え切れず、グラスの破片で指を切ってしまった。


「痛っ!」


傷口から血が流れ出すと、ユウは慌ててレナの手を掴んだ。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫…。」


しかし、レナはユウの方をまともに見ることができず、思わずその手を振り払ってしまった。


(あっ…つい…。)


「………。」


手を振り払われたユウは、何も言わずリビングから消毒液と絆創膏を持って来ると、レナのケガの手当てをした。


「ありがと…。」


「うん…。」


そしてユウは消毒液と絆創膏を元の場所へ戻すと、服を着てリビングのドアを開ける。


「ユウ…!!」


レナが呼んでもユウは振り返らず、低く静かに呟いた。


「好きな子に触れたいとかキスしたいとか抱きしめたいとか…そう思うのは、そんなにいけないこと……?そんなにオレに触れられんのがイヤなら、ハッキリそう言えばいいじゃん。」


そう言い残すと、ユウはどこかへ行ってしまった。


(違う…違うの、ユウ…。)


ユウがいなくなった部屋でレナは泣き崩れた。


(イヤなんかじゃない…。ただ、私が…自分に自信がないだけ…。)


ユウは呆れてしまっただろうか?


一緒にいても抱くこともできない自分よりも、他の女の子のところに行ってしまったのだろうか?


どうしてすれ違ってしまうのだろう?


こんなに好きなのに…。




部屋を出たユウは、いつものバーにいた。


カウンターで一人、ビールを飲む。


(うまくいかないな…。)


せっかく長年の恋が実って、レナと付き合えることになったのに。


レナは結婚の約束までしていた男よりも、自分を選んでくれたはずなのに…。


どうしてこうもうまくいかないのか…。


(レナの気持ちがわからない…。)


ユウがタバコに火をつけ、ため息と共に煙を吐き出した時、ユウのスマホが鳴る。


「タクミか…。」


めんどくさそうにスマホを手に取ると、ユウはタクミからの電話に出た。


「もしもし。」


「あっ、ユウ。明日なんだけどさ、スタジオの時間、13時から15時に変更になったんで、よろしくー。」


「そっか、わかった。」


「外…?どしたの、なんかあった?」


(なんでわかるんだ、コイツ?!)


「ちょっと…。」


タクミの問い掛けに多くは答えないユウだったが、明らかに元気がないその声に、タクミは受話器越しに笑った。


「何笑ってんだよ。」


少しムッとするユウ。


「あーちゃんとケンカでもしたんだろ?そんで、一人でバーに来てヤケ酒。」


(だから、なんでわかるんだよ?!)


どこかで見ているのではないかと、ユウはキョロキョロ辺りを見回す。


しかし、タクミの姿はどこにもない。


「あのさぁ、溝が深くなる前に、お互い言いたいこと、ちゃんと言いなよ。相手の気持ち考えてぐるぐる悩む前に、正直に聞いちゃった方がいいよ。」


「あっ、うん…。」


(タクミって…何者?!)


「あーちゃんって、浮世離れしてるって言うか、ちょっと妖精さんっぽいよね。」


「え?!」


「なんか、他の人なら考えられないようなこと、あーちゃんなら常識にとらわれずにやってのけそう。」


「そう言われてみれば、そうかも。」


「相手の常識が自分の常識と同じなんて、考えない方がいいよ。二人、なかなか気持ちを相手に言えないってところがそっくりだから、お互いに遠慮し過ぎて、何も言えなくて悶々としちゃうんじゃないの?」


「オマエ…スピリチュアルカウンセラーか?!」


ユウの言葉に、タクミは大声で笑った。


「何言ってんの、オレ、二人の部屋をそっと覗くとか、そんなことしてないから!」


(ホントか…?)


ちょっと疑ってしまいたくなるほど、タクミに図星を指されてしまった。


(考えてみたら、タクミの言う通りだ。オレ、昔からレナに拒まれるのが怖くて、いつも何も言えなかった…。なのに勝手にレナの気持ちがわからないって腹を立てて、何度もレナを泣かせて来たんだ…。)


「あっ、雨だ。」


タクミが受話器の向こうで突然そう言った。


「そう言えば天気予報で、今夜は激しい雷雨になるって言ってたよ。ユウも、早いとこ家に帰んなよ。あーちゃん、きっと不安になりながらユウの帰りを待ってるよ。」


「うん…。」


「家に帰ったら、二人とも思ってることちゃんと話して、仲直りするんだよ。」


「ああ…。ありがとな。」


タクミは少し笑って、じゃあね、と電話を切った。


ユウはスマホをポケットにしまい、ふと、あることを思い出す。


(タクミ…今、激しい雷雨って言ったよな?!)


ユウは慌てて立ち上がると、勘定を済ませてバーの外へ出る。


外は既に、大粒の雨が激しく地面を叩きつけていた。


その時、空が明るく光り、ややあってゴロゴロと轟音が轟く。


(まずい…!!)


ユウは大雨の中、家に向かって走り出す。


頭の中には、一人部屋で震えているレナの姿ばかりが浮かんでいた。





激しい雨が窓を叩く。


レナは、出て行ったユウが、どこかで雨に濡れていないかと心配になり、ゆっくりと窓に近付いた。


その時、稲妻が空を白く照らし、雷鳴が轟いた。


「きゃあっ!!」


レナは思わず悲鳴を上げ、耳を塞いでしゃがみ込んでしまう。


(やだ…怖いよ…ユウ…。)


レナは窓のそばから離れ、ソファーに突っ伏して床に座り、ブランケットに頭からすっぽりとくるまった。


激しい雨音と、時折鳴り響く轟音に、レナは耳を塞いだ。


すると、ひときわ大きな雷鳴がバリバリと響き渡り、部屋の照明が消えてしまった。


(やだ…停電…!!)


一人、雷に怯えながら耐えるレナに、突如襲った暗闇が追い打ちをかける。


ユウがそばにいない寂しさ。


ユウに嫌われてしまったかも知れない不安。


ユウの願望に応えられない自分。


いろんな感情と恐怖が入り混じって、レナはとうとう泣き出してしまった。


(お願い、ユウ、戻って来て…。)


レナが祈るようにお揃いのネックレスを握りしめ、両手を組んで額に当てた時…。



――――バタン。


玄関のドアが閉まる音の後に、慌てた様子の足音が近付いて来て、リビングのドアが開く。


同時に、再び激しい雷鳴が鳴り響いた。


「きゃあっ!!」


驚きと恐怖で悲鳴を上げ、小さく縮こまってしまうレナの背中を、大きな手が、ポン、ポン

、と優しく叩く。


「レナ、大丈夫だよ。」


「ユウ…。」


「ごめんな…。ちゃんと、そばにいるから。」


レナが顔を上げると、そこには雨に濡れたユウがいた。


前髪から、雨の滴がポタリと落ちる。


(キレイ…。)


レナは無意識に手を伸ばし、その細く長い指で、ユウの頬に触れた。


(ユウに…触れたい…。)


ユウの頬に触れていた指を滑らせ、レナは人差し指で、そっとユウの唇に触れた。


「レナ…?」


ユウに名前を呼ばれ、ハッとなるレナ。


(やだ…恥ずかしい…。)


レナが慌てて手を引っ込めようとすると、ユウが大きな手で、その手を掴む。


「オレも…レナに、触れたい。」


そう言ってユウは、もう片方の手でレナの頬に触れ、そっと唇を重ねた。


「オレにこうされるの……嫌い?」


「ううん…嫌いなんかじゃ、ないよ…。」


恥ずかしそうに答えるレナ。


ユウは、レナの頬に触れていた手の親指で、レナの唇に触れる。


「オレは…レナと、もっとキスしたいし、もっとレナに触れたいし、抱きしめたい…。レナが、好きだから…。」


そこまで言うと、ユウはスッと顔をレナの耳元に近付けた。


「オレ…レナが、欲しい…。レナのこと、全部、知りたい…。」


ユウの言葉に、レナは真っ赤になってうつむいてしまう。


「…ダメ?」


また耳元でユウが囁くと、レナは小さく首を横に振った。


「ダメじゃ…ない…けど…。」


いつしか雷鳴は遠ざかり、二人きりの部屋に雨音と遠くの雷鳴だけが、微かに響く。


(私、ユウが好き…。ユウに、もっと触れたいし…触れて欲しい…。)


レナの心に、初めて湧き上がる感情。


「ユウ…。」


「ん…?」


「大好き…。」


「オレも…レナが、大好きだよ。」


そしてまた、込み上げる愛しさを伝え合うように、二人は唇を重ねた。


「ユウ…ギュッて、して…。」


「うん…。」


「ユウの腕の中にいると、安心する…。」


「…うん…。」


ユウの前髪から、またポタリと滴が落ちる。


「風邪、ひいちゃうね。」


「あ…ごめん、レナも濡れちゃったな。」


「ん…大丈夫だよ。ユウ、風邪ひいたらいけないから、お風呂で温まって来て?」


レナがそう言うと、ユウは少し意地悪そうに笑って、レナの耳元で囁く。


「レナも、一緒に入る?」


「えぇっ?!」


「よし、そうしよ。」


ユウは立ち上がり、レナの手を引いて脱衣所へと向かう。


「ま…待ってよ、ユウ…恥ずかしいよ…。」


レナがそう言うと、ユウは優しく微笑む。


「じゃあ、バスタオル、巻いておいで。それなら大丈夫でしょ?」


(全然、大丈夫じゃないんだけど…!!)


脱衣所に着くと、濡れたシャツをおもむろに脱ぎ始めるユウに背を向け、レナはオロオロとうろたえていた。


(どうしよう…いきなり一緒にお風呂に入るなんて、恥ずかし過ぎる…!!)


ユウが浴室へ入ると、レナはおずおずと服を脱ぎ、大きめのバスタオルをしっかりと体に巻き付ける。


(ユウ…ガッカリしないかな…?)




ユウはレナより一足先に、一人浴槽で湯船に浸かっていた。


(オレ…大胆過ぎた?)


でもユウは、レナが初めて自分からユウに触れてくれたことが、嬉しかった。


(さっきのレナ、すごい色っぽかった…。)


ユウは、一人ニヤけてしまいそうになる口元を、ギュッとひきしめる。


そして、浴室のドアがそっと開き、バスタオルに身を包んだレナが、浴室に入って来る。


(めちゃめちゃかわいい…。)


レナは長い髪をアップにして、恥ずかしそうに胸元のバスタオルをギュッと握りしめている。


「おいで。」


「ん…あの…恥ずかしいから、あんまり見ないで…。ちょっとだけ、あっち、向いてて…。」


「ん。」


レナに言われた通り、ユウはクルリと背を向ける。


レナは、バスタオルが外れないよう、しっかり押さえながら、そっと湯船に浸かり、ユウとは少し離れた場所に腰を下ろした。


「もう、いい?」


「…うん…。」


(恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそう…。


レナは、ユウの方を見ないように、顔をそむけている。


するとユウが近付いて来て、ふわりとレナを抱きしめた。


「レナ、かわいい。」


「あんまり見ないで…。」


「なんで?オレ、もっと見たいよ。」


「だって…。」


「だって?」


(ユウ、意地悪だ…。)


いつもより色っぽいユウにドキドキしている自分がいる。


「私…その…全然、色気ないでしょ?」


「えっ?!」


思いがけないレナの言葉に驚くユウ。


「なんで?全然、そんなことないよ。」


「嘘…。」


「嘘じゃないって、すごい色っぽい。」


ユウの“色っぽい”と言う言葉に、レナは耳まで赤くなる。


「なんで、レナはそう思うの?」


「だって…。」


レナは、ずっと胸に引っ掛かっていたコンプレックスを、ユウに打ち明けることにした。


「前にね…グラドルの女の子たちを撮影する仕事があってね…。」


「うん。」


「その休憩中に、その子たちが話してたのが聞こえちゃって…。」


「うん。」


「色気、ゼロだって。」


「誰が?」


「私…。」


ユウは驚いたようにレナを見ている。


「その時の3人のうちの一人が…その…ユウと………エッチした、って…。」


小さな声でそう言うと、レナはユウの腕に、そっと触れた。


「ユウのまわりにいる女の子は、みんな胸が大きくて、色っぽい子ばかりだから…ユウはそういう子が好みなんじゃないかって、ずっと思ってた。私…自信がなくて、ユウにガッカリされるのが、怖かったの…。」


レナがそう言うと、ユウはレナをギュッと抱きしめた。


「ごめん、ヘンな心配ばかりさせて…。でもオレ、レナ以外の女の子の体になんて、全然興味ない。」


「え?!」


「オレはレナだから見たいし、触れたい。胸が大きい子も、別に好きじゃない。オレは、レナがいてくれたら、それでいい。」


「ユウ…。」


「オレ、レナは絶対に手が届かないって思ってたし、もう2度と会えないって思ってたんだ。だから、相手なんか誰でも良かった。正直言って、顔も名前もいちいち覚えてない。オレはただ…。」


「…ん?」


「夢の中で、レナに会いたかっただけ。」


「どういうこと?」


レナが不思議そうに尋ねると、ユウがバツの悪そうな顔で答える。


「他の子とすると…夢の中に、レナが出てきたから。いつも泣いてたけど…それでもオレは、レナに会いたかった…。」


ユウが、レナを抱きしめる腕にギュッと力を込める。


「だから、今オレの腕の中にレナがいるなんて、本当に夢みたいだ…。」


「ユウ…。」


レナも、ユウの腕をギュッと握る。


「オレ、レナに拒まれるたびに不安だったんだ…。こんないい加減なオレに愛想が尽きたのかもとか…元婚約者の彼の方が、やっぱり好きなんじゃないかって…。」


気弱そうに話すユウに、レナは慌てて弁解する。


「違うの、そんなんじゃないの。須藤さんは子供の頃からの保護者みたいな人で…私を一人にするのが心配だから、ニューヨークに行って結婚して一緒に暮らそうって言ってくれただけで…。須藤さんとの間に、そういうことは1度もないよ。」


「…そうなの?」


「うん…。」


レナは、ずっと打ち明けられなかったことを、ユウに告白しようと決心した。


「あのねユウ…笑わないで、聞いてくれる?」


「ん…何?」


レナは、ひとつ息を吸い込んだ。


「……ないの。」


「え?」


あまりに小さなレナの声に、ユウは聞き返す。


「私…ユウ以外の人と、付き合ったこと、ないの…。」


「えっと、それって…。」


困惑するユウ。


「こんないい歳して恥ずかしいんだけど…私、1度も…誰とも……したこと、ないの…。」


恥ずかしさで真っ赤になるレナ。


「え、えぇっ?!」


驚き言葉にならないユウ。


「もう…!!そんなに驚くことないでしょ?!ユウのバカ!!」


恥ずかしくてユウの腕の中から逃げようとするレナを、ユウは逃がさないように、ギュッと抱きしめる。


「ごめん…オレ、すげー嬉しいかも…。」


「え?!」


ユウは、レナの首筋に顔をうずめながら、嬉しそうに笑った。


「それって…オレのためって、うぬぼれても、いい?」


「…うん…ユウじゃなきゃ、イヤだよ…。」


「ホント?」


「うん…。キスだって、ユウとしか、したことないんだよ…。」


「うん…ずっと、大事にするから…これからも、オレだけで、いてくれる?」


「当たり前でしょ…。大好きだもん…。ユウも、もう、他の女の子と…しないでね。」


「うん、約束する。レナがそばにいてくれたら、オレもう、それだけでいい。」


「ホントに?」


「うん…だから…レナの全部…オレに、くれる…?」


「…うん…。」




(少し、のぼせちゃった…。)


お風呂から上がる時も、ユウが先に上がり、脱衣所から居なくなるのを確認してからレナも上がった。


濡れた体を拭き、パジャマに着替えると、レナは鏡の中を覗き込む。


(どうしよう…私もしかして…これから、ユウと…。)


考えるだけでまたのぼせてしまいそうになりながらも、レナは脱衣所を出てリビングへと向かう。


リビングでは上半身裸のユウが、ソファーで水を飲みながらレナを待っていた。


(ユウ、また裸だし…!!)


さっきお風呂で裸のユウに抱きしめられたことが蘇り、レナは思わず真っ赤になってしまう。


「レナ、おいで。」


「うん…。」


恥ずかしさと緊張でどうにかなってしまいそうなくらい、レナの胸はドキドキと大きな音をたてる。


レナがそっとユウの隣に座ると、ユウが飲みかけの水を差し出した。


「飲む?」


「うん…。」


冷たい水がレナの渇いた喉を潤す。


「ふう…。」


水のボトルをテーブルに置くと、ユウはレナをじっと見ていた。


「そんなにじっと見ないで…。」


「なんで?」


「だって…。」


「レナ、かわいい…好きだよ。」


ユウはレナを抱き寄せ、レナの唇に、ついばむような優しいキスをする。


いつもより、甘く、長いキス。


(どうにかなっちゃいそう…。)


身も心もとろけそうなキスに、力が入らなくなる。


そっと唇が離れると、レナはトロンとした目でユウを見た。


「オレの部屋…来る?」


耳元でそっと囁くユウに、レナは小さくうなずいた。



ユウはレナの手を引いて、自分の部屋のドアを開け、部屋の中へとレナを導いた。


ベッドのそばまで来ると、レナがゆっくりと立ち止まる。


「…どうしたの?」


「すごく…緊張してて…ドキドキしてる…。」


レナがそう言うと、ユウは身をかがめ、レナの胸元にそっと耳を当てた。


「本当だ…すごいドキドキしてる。」


小さく笑うユウに、レナは真っ赤になる。


「だって…初めてだもん…。どうしていいか、わかんなくて…。」


するとユウはレナを優しく抱き上げ、レナの頭を自分の胸に抱き寄せた。


「ほら、オレも…すごくドキドキしてる…。本当に好きな子とは、初めてだから。」


ユウの鼓動が、トクトクとレナの耳に響いた。


「ふふっ…。一緒だね。」


ユウは小さく微笑むレナをそのままベッドへ運び、そっと優しく下ろした。


チョコンとベッドに座らされ、レナはおずおずとユウを見上げる。


「本当に、私でいいの…?」


「オレはレナがいいの。レナこそ本当に…初めての男が、こんなオレで、いいの?」


そう言いながらユウが隣に座ると、レナはユウの手をギュッと握った。


「さっきも言ったでしょ…。私も…ユウがいいの。ユウじゃなきゃ、イヤなの…。」


恥ずかしそうに頬を染めるレナを、ユウはそっと、優しくベッドに押し倒す。


「ユウ…。」


「レナ、好きだよ…。」


ユウはレナに優しくキスを落とす。


額、頬、唇…。


それからユウは、レナのパジャマのボタンをゆっくりと外し、そっと脱がせた。


「恥ずかしいから、あんまり見ないで…。」


胸元を隠そうとするレナの手を取り、ユウはその細い指にも口づける。


「ダメ…。ちゃんと見せて。他の誰にも見せたことないレナの全部…オレだけが知ってたいから。」


「…他の子と、比べたりしないでね?」


「しないよ。さっきも言っただろ。オレ、レナ以外の女の子の体になんか興味ないって。レナの体だから、見たいんだよ。」


そう言ってユウは、レナの両手を自分の手で包むようにしてベッドに押さえつける。


「キレイだよ、レナ…。すごく色っぽい。」


ユウは、レナの胸元に何度も優しくキスを落とした。


「あっ…。」


レナが小さく声をあげる。


ユウの大きな手が、柔らかい唇が、レナの身体中に愛しそうに触れた。


「好きだよ、レナ…。ずっと、レナとこうしたかった…。」


「ユウ…。」


(大好きな人に触れられるのって…こんなに温かくて幸せなんだ…。私、ユウが好き…。)



そしてレナは、ユウの“愛してる”の言葉を聞きながら、ユウへの愛しさも、初めての痛みも、すべてをユウに捧げた。



それから二人は、愛しさを分け合うように抱き合って、安らかな眠りについたのだった。




朝日の眩しさに目を覚ますと、ユウの隣にはレナがスヤスヤと寝息をたてていた。


(寝顔もかわいい…。)


レナの寝顔を見つめながら、ユウは夕べのレナを思い出す。


恥ずかしそうに肩を震わせながらも、ユウを受け入れてくれたレナが愛しくて、たまらない。


(大好きだよレナ…。ずっと大事にする…。)


ユウはレナの長い髪を優しく撫で、そっとキスをした。



大好きな女の子を、初めて抱いた。


子供の頃からずっと好きだったレナが、初めての男に自分を選んでくれたことが、素直に嬉しかった。


(レナ…オレを、最初で最後の男にしてくれる…?)


愛しいレナの髪を撫でながら、ユウはそっと、心の中で呟いた。


「ん…。」


ゆっくりと目覚めたレナは、目の前にあるユウの優しく穏やかな笑顔に、トロンとした目で微笑む。


「おはよ…。」


レナは甘えたようなかわいい声で呟く。


「おはよ。」


たまらなくかわいいレナの頬に、ユウはそっと口づけた。


「あっ…!!」


夕べそのまま眠ってしまい、何も着ていないことに気付いたレナは、真っ赤になって頭から布団をかぶる。


「こら、そんなに恥ずかしがらないの。」


笑いながらユウは、そっと布団をめくり、レナの顔を覗き込む。


「だって…。」


(ああもう…こういうところ、ホントにかわいい…!!)


恥ずかしそうにユウを見上げるレナに、ユウはそっとキスをする。


「レナ、愛してる。」


「私も…。」


そうして二人はしばらくの間、愛しそうに顔を寄せ合い、甘く幸せなひとときを過ごすのだった。



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