戦場のクリスマス

 外人部隊出身者。そう紹介されれば、周りの人間は彼女のことを危険人物として見てしまうだろう。確かにそれは事実だ。彼女は軍事訓練の経験者だし、戦場において人の死に密接な立場で関わってきた。もっとも、それに関して補足するのであれば、彼女は衛生兵として参加していただけであり、従軍していた看護師に過ぎない。

 ただし、免許を持っていたわけでもないし、そんなものが求められるような環境でもなかったから、彼女は医療スキルを持っているだけの、一般人でしかない。

 通訳として優秀であり、幼いながら各国で自活できるだけの収入を得ていた。そう紹介するならば、周りの人間は彼女を尊敬の眼差しで見ることだろう。もちろん、外人部隊として各国を渡り歩いているから、調査を行っているから、いくつかの言語を操ることが出来る。その経験を活かして、通訳としては収入を得ていたに過ぎず、実際は中抜きをされていたのだから、自分自身で顧客を見つけていたわけではない。

「さて、他にもいくつかの経歴を持っているが、全てを聞くかい? それとも、この資料に目を通す程度にするかい?」

「僕が知りたいのは、彼女の経歴ではありません。彼女が勉強をしたいという意思があり、みんなと仲良く学ぶつもりがあるかどうかが知りたいだけです」

 僕の受け持っているクラスに、転校生がやってくる。それだけを聞けば、なにもおかしなことはなく、学校としても特別視することでもないだろう。ただ、その彼女の経歴が、今まで過ごしてきた環境が、少々特殊だからとこうして理事長に呼び出されているらしい。

 まったく、時間の無駄以外なんでもない。僕として必要なのは、彼女の過去の話ではない。僕が知りたいのは、彼女が過ごしてきた場所や、そこで行ってきた活動ではない。

 彼女は何を考えて、この学校に着たのか。何を求めて、この学校へ通うのか? 好きな色は何か、将来の夢は何か、得意な科目は何か? そういった学生らしいことが知りたいのであって、外人部隊だか、傭兵だかにいた時の話ではない。興味がないといってしまえば、教員としては失格なのかもしれないけれど、差別をしないように、先入観を持たないようにするためには、必要な情報以外を頭に入れないようにするのも大切なことだと、僕は教員になってからの期間で学んだ。

「そうか、ならば問題あるまい。資料は渡しておくから、君が必要だと感じたら読んでくれ」

「分かりました。理事長が選ばれた子です、きっと大丈夫ですよ」

 私立桜坂学園。ここは理事長である桜坂誠一が一代で作った学校であり、事情を抱えている子が沢山通っている、中高大学の一貫校だ。そんな場所に、こんな10月という不思議な時期に、転向してくるということは大きな問題を抱えているというだけの話。そう、それだけなんだ。

 別にその子に問題がないのなら、いつ入学しようとも、どのような背景を抱えていようとも、僕は教師として接するだけで、それ以外の選択肢は持ち合わせていない。

「よろしくね、田上良子さん」

「はい、先生」

 笑うことを忘れてしまった少女。上等じゃないか。

 僕が教師として受け持つからには、彼女の笑顔は必ず取り戻してみせる。それこそが、理事長に拾われた、僕がここにいる意味なんだ。

 さぁ、ここから楽しい学園生活が始まるよ。胸を躍らせていこう。

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