A棟312号室

 目に見えない存在。仮に透明人間がいたとして、彼等から見る私達は、どんなふうに見えているのだろう?

 色のない彼等にとって、私達はどう見えているのだろう? 正しく見えているのか、それとも色があるからこそ見えないのか。

 まぁ、そんなことは、この際関係ないんだけど。

「逃げるべきなのかな?」

「それ以外の選択肢があるなら、教えて頂戴」

 目の前にいる人々。いえ、正確に言うなら人の形をした、何かの集団。

 顔は能面のように、まったく凹凸がない。口にあたる部分に穴もなければ、髪の毛もない。

 ついでに言えば、服に該当するようなものもなく、裸というべきなのか――そう、まるで影を見ているような。それでいて、本能的恐怖をあおるナニカ。

「私達の仕事は、ここで起きている異常事態を調査して、報告すること。処置を施すのは、別のペアの仕事でしょ?」

 事件屋。この職業についてから、結構な頻度でおかしなものに出会ってきたけれど、ここまでの異常は見たことがない。

 もっと上位ランクの連中であれば、遭遇したり、解決したりしているのかもしれないけれど、私達のランクであれば、日常生活にアクセントが加わっている程度でしかないはずなのに。

「また、あいつにはめられたのよ。こんなの、私達で調査できるわけないじゃない」

 希少種と呼ばれる動物に出会ってみたり、言語の通じない原住民に取材してみたり、天界から落っこちてきてしまった天使を保護したり。その程度がせいぜい、ブロンズである私達に出来ることなのよ。

 こんな本能的恐怖をあおる、危険性しかないやつらに対峙するなんて、あり得ないわ。

「でも、僕達にどうにかできると思ったから、回ってきたんじゃない?」

「そんなわけないでしょ? そう思っているのなら、あいつの頭がおかしいだけよ」

 コーディネーターと呼ばれる存在。

 私達に仕事を斡旋してくれたり、超常現象を解決できる人物に引き合わせてくれたり。あいつでも、役に立っていることはあるのよ? ただ、それ以上に、イタズラと称して、実力以上の案件を、さも簡単なことのように振ってくるのは、止めて欲しいわ。

「今回の仕事、出来る範囲で良いって言われたでしょ? だから、写真を撮って、周りから物品を収集して、あいつらに気付かれない内に、撤退するわよ」

「んー、それは難しいんじゃないかな?」

 私の相方であるルークは、冷静な男であり、日頃から頼りになるんだけど。どうにも、のんびりしすぎていて、危機感がないのがダメなところよね。

 まったく、サポートし甲斐のある相方だわ。

「いや、だって。僕達、もう囲まれてるよ? ほら、出口も塞がれているし?」

「なんで、先に言わないのよ。毎度のことながら、あきれるわ」

 見ると、私達が入ってきた唯一のドアの周りにも、赤い影が集まっていて、とても逃げ出せそうなかんじにない。

 まぁ、見張りを頼んだ私が悪いんだけど。迷子こうだと、思いやられるわね。


 今日も、こいつが火をふくのか――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る