雫の道

 ひたり、ひたり。

 近付いてくる足音は、やけに大きく聞こえる。

 どくん、どくん。

 自分の胸から響く音。この音を頼りに、あいつは追いかけてくるんだ。

「どうして、こんな……」

 最初はただの遊びだった。夏休みの思い出の1ページになる程度の話に収まるはずだった。

 けれど、今はどうだ?

 一緒に来たはずの友人も、どこかではぐれてしまい、この暗闇の中にいるのは私と、足音を立てるあいつしかいない。

 どれだけ目を凝らそうとも、部屋の隅までは見渡せない、重量を持った闇。振り払おうとしてもまとわりつき、僕の心にある不安を大きく煽ってくる。

 自分を追いかけてきているモノの正体すら分かっていないというのに、とりあえず逃げなければいけないというのに、僕は1人で走り続けなければいけないのか。

 そもそも、斉藤が僕達を誘わなければ、こんなところへ肝試しに来ることもなかったのに。あいつは、最初に脱落してしまった。足音に驚き、その場で派手に転んでしまったから。小さな悲鳴を上げて、動かなくなってしまった。

 死んでしまったのか、眠ってしまったのか、気絶しているだけなのか。あの後、追いかけられるようにして離れてしまった僕達には、それを確認するすべが存在しなかった。もちろん、見捨てていく気はないし、助けに行くつもりもある。

 ただ、問題があるとしたら、一緒に来た仲間が誰も残っておらず、僕だけが逃げ続けられているこの現状。みんなから託された、僕を逃がそうとしてくれた顔が忘れられない。

 どうして、こんなことになってしまっているのか?

 あの足音は、なぜ大きく響いているのか? 足音の主は、どうして僕達を襲うのか?

 分からないことしかなくて、教えてくれる相手もいなくて、どうすれば良いのか分からない。

 それに上乗せするようにして、今問題になっているのは、更に大きな問題。

 僕達はこの廃墟の1番置くにある建物を目当てに、棄てられた病院を目指してきていたはずなのに――どうして、こんなところにいる?

 確かに、ゴーストタウンになっているのは聞いていたし、その結果として町全体が心霊スポットになっているのも、女の子を怖がらせるためのネタとしては、頭の中に入れていた。

 けれど、現実はどうだ?

 途中、日本の町中には不釣合いな、大きな教会を見つけてしまったのが、問題なんだよ。きっとあいつは、そこから出てきてしまったんだ。俺達がアレを壊してしまったから、追いかけてきているのだろう。

 でも、だからといってここまでするか? 俺達がやったのなんて、いたずらレベルだぞ?

 

 ひたり、ひたり


 近付いてくる足音が、さっきよりも大きくなってしまった。

 どうやら、隠れている場所がバレてしまったらしい。このままここにいても、僕は病院へたどり着けない。仲間の希望を届けることが出来ない。

 動こう、どうなるかなんて分からないけれど。とにかく出来ることをするしかないんだ。


 そうやって立ち上がった僕の肩に、冷たいものが触れた。

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