明日への水鏡
癒される。抱きしめて、癒される。
癒される。眺めているだけで、癒される。
私のスキを全部詰め込んだような、私へのスキを全部ぶちまけたような、愛くるしい目。
ルビー色に輝き、私を離すことなく締め続ける。真綿が徐々にしまっていくように、私の心を縛り上げている。
「いいのよ、気にしないで」
あなたになら、何をされても構わない。私の理性を壊し、私の本性を暴き、私の心に住み着いた。
逃げ出そうという気力さえ奪われ、私はあなたの手のひらの上で、ただ転がされるだけの存在に成り下がってしまったの。
でも、それでいい。悔しいと感じることもなく、悲しみを感じることもなく、あなたの温もりをこの身に感じていられるのだから、私は世界一幸せな女の子になれる。
あなたが目を細めれば、その可愛らしさに、私の中ではファンファーレが鳴り響く。外に伝われと、あなたに届けといわんばかりに、一斉に声高に響き渡る。
あなたの目が見開かれれば、私の体はガラスのように固まってしまう。衝撃を与えられたら砕けてしまいそうな、脆い存在へと変質してしまう。
それでも構わないと思えるのは、私があなたの虜になってしまっているから。あなたなしでは生きられない、弱い存在になってしまったからなの。
「あなたになら、私の全てをささげられる」
あなたの傍にいられること、それが私の全てであるように、あなたの全てを私で満たしてあげたい。あなたの世界のすべてを、私という存在で彩ってしまいたい。赤く染め、青に染め、緑で染めたい。
そうすれば、分かってくれるかしら? あなたもいつか、私の気持ちを分かってくれるかしら?
私がどれだけあなたを愛しているのか、私がどれだけあなたを求めているのか。私の声を聞いてくれるかしら?
「ねぇ、いつになったら目を覚ましてくれるの?」
私はずっと待っていると約束をした。あなたの傍を離れることなく、あなたがいつか目を覚ますその日まで、傍にあり続けると約束をと。目を覚ましたら、君の名前を呼びたいと。あなたは、私に約束してくれた。
綺麗だった花畑は砕けてしまい、立派に飾ってあった石造は崩れてしまった。
空は幾度となく変わり、太陽と月は飽きることのない追いかけっこを続けている。
みんな変わっていく。この場所にあったはずのものも、ここにはない世界も、流れ流れて変わっていく。
「あなたは、変わらないのね」
あの日、あなたが目を閉じた時、私の世界は凍りついた。
ピシリと音を立て、私の時間は動くのを止めてしまった。
寂しくはないわ。あなたはいつも傍にいるもの。
悲しくはないわ。ここでなら、誰にも邪魔されることなく、あなたといられるもの。
「あなたの中の私は、眠っているの? 私の中のあなたが、眠っているの?」
いつか、その瞳に映ることだけを夢見てきた。いつか、その瞳に映る青空を見たいと、願っている。
でも、あなたは目を覚ましてくれない。昨日も、今日も、今も、目を覚ますことなく、身動きをすることなく、私の目の前で眠り続けている。
可愛い寝顔。私の大好きだった笑顔を飲み込んで、私の嫌いな怒った顔を飲み込んで、今私だけの前にある。
優しいまなざしが、大好きだった。甘ったるい声も、大好きだった。
にらまれた時は、悲しかったわ。怒られた時は、怖かったわ。
あなたと一緒に過ごせた日々、今までの時間と比べれば、僅かな時でしかなかったけれど。私にとっての、光り輝く思い出。誰にも奪われることのない、大切な宝物。
「大好きよ? 愛しているのよ?」
答えのない、求愛。
漂う沈黙が私の心に刺さり、あなたへの想いを凍らせていく。冷たく、硬く、永遠のものへと。
私がいつまでも待っていられるように、あなたの言葉を信じて、ずっとここで待っていられるように。
「ねぇ、あなたの声を聞かせて」
硬くなった想いを、暖めてくれるのはあなただけ。
冷たくなった想いを、包んでくれるのはあなただけ。
私が望んでいるのは、あなただけなの。
「ねぇ、私を見て。あなたの瞳に映る私を、ちゃんと見せて」
私はここにいると、あなたが教えて。私の心はここにあると、あなたが教えて。
人間の心を失うことなく、ずっとあなたを待っていると決めたから、褒めて欲しいな。
「今日もダメなのかしら? まだ、あなたに会えないの?」
これだけ呼びかけても、あなたは目を覚まさない。どれだけ呼びかけても、あなたは何も返してくれない。
無機質なベッドの上で、私の目の前で、ただ眠り続けている。私と同じ温度で、あなたは眠り続けている。
ふわふわだった髪は、凍り付いてしまった。紅色だったほほは、真っ白になっている。
開かれることのない瞳には、美しいまつげが並び、鼻がつくるアーチは、未だ私を惹きつける。
「あなたの笑顔は私だけのものなのに、私の笑顔はあなただけのものにならないの?」
あなたの瞳が開かれないのなら、私の笑顔は誰に見せればいいの? あなたはいつも笑顔で、私を安心させてくれるのに、私はあなたに微笑みすらあげられない。
白ばかりのこの世界で、唯一私の為だけに存在してくれているあなたに、私は何もしてあげられない。
あなたからもらった温もりの、ほんの一握りさえ返すことが出来ない。
「スキよ」
私はあなたを愛しているのに、私はあなたのことがスキなのに。この言葉を聴いてもらうことすら出来ない。
それだけが私の心残り。あなたといられる、後僅かな時間しかないというのに。どうして伝えられないのかしら?
ねぇ、もう朝日は昇っているのに、どうして眠っているの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます