朝日は沈む
この世界には悪が溢れている。
どこへ逃れたとしても、悲惨な事件は溢れているし、ニュースからは毎日良くない話ばかりが聞こえてくる。
道を歩いていれば殺人鬼に遭遇することもあるし、電車にのれば良からぬことばかり考えているやからと、同乗することにもなるでしょう。
ただ、考えて欲しい。そんな世界でも、優しさを失っていない、温かさを失っていない人もいることを。忘れることなく、覚えておかなければ、いつ自分が向こう側の人間と、同列になってしまうかは分からないのだ。
だから、ここに宣言しよう。世界が汚い、悪に溢れている今だからこそ、愛を貫くことには、大いに意味があると。
「で、これを私に批評しろと? こんなくだらない文章に、私のコメントを求めているのかい?」
ひらひらと、今にも飛んでいきそうな状態で、渡した原稿で遊んでいる彼女。
まぁ、分かってはいたよ。こういう反応をすることは、しっかりと分かっていたさ。
どちらかといえば、このタイミングで目を光らせて、確認することすらなく、イエスと返答されたほうが違和感があるよ。
「あはは、やっぱりそう思うよね。私も先生に言われなければ、お願いには来なかったんだけどね」
放課後の屋上。告白をしたり、タバコを吸ってみたり、ケンカをしてみたり――そんな青春の1ページが刻まれるはずの場所で、私は青春には程遠いお説教を受けている。
今度のコンクールに提出する作品。正確にはその為の原稿が、顧問の先生に受けてしまったから。
前年度に受賞に輝いた先輩に、推敲して貰えと、手伝ってもらえと指示を受けてしまったから。彼女が嫌がるのは知っていたけど、ここにきてしまった。
「まったく、いい子ちゃんでいるのは大切かもしれないけれど、言われたままに生きるのは止めた方がいいよ? その内、ズルいオトナに騙されちゃう」
「えへへ。その時はしゅーちゃんが守ってよ」
学校では、同じ部活動に所属している先輩と後輩でしかない。
けれど、一歩外に出れば、幼馴染へと早変わり。私のことをいつも心配してくれる、胸の中に熱いものを抱えている、大切な存在へと変わる。
「私が守れるのは、傍にいるときだけだよ。遠くにいたら、守りたくても間に合わないよ」
「大丈夫だよ。しゅーちゃんが守ってくれるって約束してくれれば、私はずっと待ってるから」
どこへ行くのも一緒で、何かをやる時は傍にいてくれて。
誰よりも私の傍にいてくれる彼女。手を伸ばせば、必ず手を取ってくれる彼女。
だからこそ、苦しい。来年になれば、この冬を越えてしまえば、彼女と離れなければいけない。上京する彼女は、私の手が届かない、声の届かない世界へと、飛んでいってしまう。
だから、こうやって追いかけているけれど、間に合わないんだ。
仕方ないよね。彼女は、しゅーちゃんは私と違う。
いい子ではないけれど、頭が良いから。私より、ずっと前を歩いているから。足を止めてもらうには、私を見てもらうには、こんな小さな方法ではダメだったんだ。
もっとちゃんと、離れられない方法にしないといけなかったんだ。
「えへへ」
だから、ちゃんと考えたよ。悪い方法だって分かってても、やっちゃうんだ。
ごめんね?
今日ここで、私達の物語は、終わっちゃうんだよ。
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