苦いクチビル

 どこまで想いを貫けば、真実となりえるのだろうか?

 形として表すことの出来ない、物として提示することのできない、感情と呼ばれるものは、どうすれば信じてもらえるのだろうか?

 どれだけ言葉を並べようと、どんな言葉を並べようと、心の中では何を考えているのか分からない。

 どれだけ行動で示そうと、どんな行動で示そうとしても、それが本心から来るものか分からない。

 結局のところは、信頼関係と呼ばれる非常に不確かな、あまりにもモロいものに頼るしかないんだ。

 だから、僕は恋なんてありえないと思ったんだ。誰かに感情を寄せてしまうだなんて、何かの病気だと決め付けていた。

「まぁ、結局のところ、憧れは消えないから。恋愛がとても綺麗な物になるんだよね」

 小学生の間、みんなが初恋の話をしているのを、笑顔で聞いているだけだった。

 自分には関係のない、遠い世界の物語として聞いていると、面白かったの。

 中学生になって、自分に恋愛話がなければ、そのグループにいられないことに気付いた。

 気付いてしまったから、捏造した。したこともない恋愛を、綺麗なままの恋愛を、物語として確立させた。

 しょせん感情の動きしかないから、ばれたりはしない。ばれたところで、私の心に誰かが踏み込んでくる心配もない。

 高校生になって、再び遠い話になった。これは、恋愛をしていないと死んでしまう病を患っている友人がいたおかげかもしれない。

 彼女はおしゃべりだから、楽しそうに話を聞いてくれる私を必要としてくれた。私も、楽しそうにおしゃべりをしてくれる彼女が好きだった。

 そういった、需要と供給の上に成り立っている、打算的な関係だと思っていたのに。

「私との恋は面白くない? 里美ちゃんが傍にいてくれないと、私死んじゃうのに?」

「ううん、楽しいよ。楽しいんだけど、僕の楽しいが、正しいのか分からないよ」

 女の子同士の恋愛。それは、物語の中だけに存在していた。私の手元でひっそりと、綺麗なままに咲く花として、愛でているだけの存在だったのに。

 まさか、自分がそこの世界の住人になるだなんて、女の子同士の恋愛を肯定する側にくるだなんて、思ってもいなかった。

 それ以前に、私の隣にいる子が、ひたすらに恋を追いかけている感じだったのに、なんで私のところに留まっているんだろう? 一時的な止り木に過ぎないと思っていたのに、結構な時間を一緒に過ごしている。

 けれど、彼女と付き合うことになって、恋愛に対する憧れはなくなってしまった。物語の中にあった、私の中にあった、綺麗な恋愛は存在しないと、理解してしまった。

 現実の、恋は恐ろしい。現実の愛は、汚い。

 だから、彼女との関係はすぐになくなると思ったのに、未だに続いている。切れることのない、不確かな関係として続いてしまっている。

 まったく、迷惑な話だよね。僕は、ずっと1人でいる予定だったのにな。


 そんな後悔が胸をよぎる中、彼女との口づけがかわされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る