夏の一時

 ホテル暮らし。その単語だけを聞けば、楽しい日々が待っていると思えるでしょう。

 ええ、今の暮らし事態が、面白くないわけではないの。毎日、新しい発見もあるし、自分自身を試している実感があるから、充実はしているわ。

 それは良いのよ。私自身も望んだことだし、そこについてクレームを付けたりはしないわ。

「……クマが取れない」

 ただ、17になろうという乙女が、毎日徹夜を重ねている事実を無視するのは、ちょっと問題があるんじゃない?

 小説家になりたいと夢を抱いたのは自分で、その為の努力を惜しまないと、苦しくても乗り越えてみせると、そう決めたのも自分。

 志した理由は、なんら珍しいものでもなく。ただ、本を読むのが好きだったから。数多くの作者が描く、作られている世界が大好きで、私も誰かに好きになってもらえるような本を書きたかったから。

 後は、文章を書くのは好きだったし、ちょっとくらい徹夜をしたとしても、書き上げる自信はあったの。

 だから、小説家になる為の講座を受け、文章力と呼べるものを身に付けてきた。

 そこまではいいの。私自身の想定内であり、これくらいのことはするべきだって、義務感みたいなものがあったから。

 ただ、ここまできついとは思っていなかったわ。

「化粧している時間なんて、ないのに。どうしよう」

 連日に及ぶ徹夜。慢性的な寝不足から肌荒れもひどくなってきた。

 気のせいでなければ、目元に小じわがあるようにも見えるし、目の輝きがあせてきたように感じる。

 小説家になるために、将来職業とするために、合宿と称したこの会にも参加したのだけれど――想像以上に厳しいものだった。

 毎日出し続けられるお題。それをテーマに3万文字。

 これくらいは、今までの生活の中でもやってきたし、職業とするためには軽くこなせなければ意味はないと、自分自身の課題にもしていた。

 問題は、批評の時間。

 今までは、ただ書くだけだった。読んでもらったとしても身近な友人とか、家族が精々で、賞に出しても一次選考止まり。正直、感想が欲しくて書いているわけではないし、ただ書くことが面白くなってきた時期だった。

 タイミング的に考えると、今合宿に参加したのは、ちょっと失敗だったのかもしれない。

 褒められている時は良い。

 着眼点が新しいとか、文章の読みやすいとか、キャラクターが活き活きしているとか……。

 みんなが私のいいところを認めてくれる。私が書き上げた、小説と呼びたいものを褒めてくれる。

 それはとても気持ちがいいもので、モチベーションをどんどんとあげてくれる、魔法のようなもの。

 指摘されるのも、問題はない。

 章ごとに文字数がバラバラだとか、語尾が安直で詰まるところがあるとか、視点の切り替えポイントが良くないとか。真正面から悪いところを教えてくれて、私の力を伸ばそうとしてくれる。面白い小説を書くために、アドバイスをくれているのは嬉しかった。

 別に、批判されたことがないわけでもないし、自分の小説が一次選考止まりであることも、ちゃんと把握していたから。

 唯一苦痛と感じるのは、自分が批評する側になる時間。

 他の人の作品を読ませてもらって、感想を言うくらいなら良い。素敵なところを褒めたり、言い回しを勉強させてもらったり。こういうのは1人で書いている環境では、得られないものだから。今後を考えると、もっと積極的に参加しようと、思わせてくれた。

 ただ、悪いところを探すのは、気分が良いものではない。人様の書いた、小説で粗探しをするのは、心が疲れてくる。

 確かに、私自身指摘してもらって、成長できる部分があるのだから、その恩返しとして探すのは、まだ納得できるの。そういうレベルの人は、正しく伝わっていれば、どんどんと面白いものを書いてくれるから。一緒に成長できているのが、ちょっと嬉しかったりもするの。

 それでも、起承転結すらかけず、文法としての基本も分からず、自信だけはある人の作品は、どうして良いのかが分からなくなる。

 本人にとっての力作でも、私の心には何も響いてこない。何を伝えたいのか、汲み取ることも難しくて、内容を理解する前に、文章としてのダメなところが目立ってしまう。

 どうして、段落としての区分けが出来ていないのか?

 どうして、文末が常に同じ文字になってしまうのか?

 正直、こういった合宿に参加するには、早すぎる人が混じっているのが、私の心を重くしていく。

 そう、ただ重くしてくれるの。睡眠を妨害するほどに、ただでさえ短い時間を、削ってくれる。

 それに耐えて、休息を求める脳をなだめ、応援しながら小説を書き続けるというのは、辛い作業。モチベーションも下がるし、何より文章が出てこなくなってしまう。

「きっついなぁ」

 もうすぐ、今日のお題が発表される。パソコンに向かい、ひたすらタイピングする時間がやってくる。書きあがるまで、自分の中に閉じこもる時間が、やってきてしまう。

 合宿の残り日数は、3日。その間、このルーチンを繰り返すのかと思うと、家に帰りたくなってしまう。

『合宿生のみなさま、おはようございます。本日のお題は、辛い現実です。今日も頑張ってください』

 耳の置くまで響くような、アナウンスが聞こえてくる。

 なるほど、確かにこのお題は書き易い。疲れている私には、ちょうどいいわ。


――さて、今日もペンをにぎりましょう

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