カミサマのロンド

 晴れの日は良い。お日様のにおいというのは、気分を高揚させてくれる。

 新しいことを始めるための気力とか、踏み出すための勇気とか、そういうのが太陽から降り注いでいたりするんだろう。

 曇りの日も良い。ちょっとだけダルくもなるけれど、気分が沈んだりはしない。

 散歩をするのにもよく、家にこもるにも言い訳は成り立つ。だから、曇っているくらいで、僕の心は変わらない。

「でも、雨だけはダメなんだよなぁ」

 いい加減、吹っ切ればいいのに。未だに雨の日は憂鬱になってしまい、全てのことに対してやる気がなくなってしまう。昔から変わらないことだといわれれば、それまでなのかもしれないけれど――心が下に引っ張られてしまい、何も出来なくなってしまうんだ。

 あの日、あの雨の日。僕は大切なものを無くしてしまった。自分の不注意が原因で、大切だったものを手放してしまったんだ。

 後悔しているよ。どうして、あんなことをしてしまったのか。

 苦しんでいるよ。僕がミスさえしなければ、君を失うことはなかったのだから。

 どれだけ叫んでも、もう声が届くことはない。どんなに望んでも、一目見ることさえ叶わない。

 君はもう、ここにはいないんだ。

「君を思い出してしまう。自分がダメだということを、思い出してしまう」

 過去の僕は、優秀だったのかもしれないね。君が褒めてくれたように、将来は科学者にでもなれたのかもしれない。人類の進歩に貢献出来るような、君の瞳を輝かせられるような、素晴らしい大人になれたのかもしれないよ。

 でも、現実の僕は違うんだ。君が憧れてくれた、凄い人にはなれなかった。

 それどころか、高校に進むことすらなく、定住する家すらなく、こうして世界中を飛び回っている。

 狭い路地を走り回り、埃の積もった床の上を這いずり、汚水の中に潜る日々。綺麗な物からは遠ざかり、汚れにまみれた毎日を送っている。

「今だってそうだよ。砂漠だからと期待したのに、雨が降るんだね」

 砂漠になるような地域なら、雨は降らないと思ったんだ。君の事を思い出すことなく、心を引っ張られることもなく、捜索だけに集中できると思ったんだよ。

 それなのに、現実は違うんだね。砂漠でも、雨は降るんだ。

 数ヶ月に一度なのか、数年に一度なのか。そんなのは、僕の知ったことではないけれど、現実として雨が降っている。僕の心を押しつぶすかのように、大きな雨粒が天から降り注ぐ。

 結構、痛いんだよ? 今の君にはもう感じられないだろうけれど。

 雨って、暴力みたいなものなんだ。僕の心には、何の恵みも齎さない。ただの痛みでしかないんだ。

「まぁ、良いさ。どうせ時間はあるんだから、のんびり探すよ」

 独り言を言う癖がついて、何年になるんだろう?

 昔は友達の輪の中で、笑えていたはずなのに。今の僕には、友達と呼べるような間柄の人間はいない。

 路上で寝ることに、抵抗がなくなったのはいつだったっけ?

 最初は宿を探すことに時間を取られて、金銭を使うことになっちゃって、結構苦労したんだよね。

 まったく、意味がないことにばかり、僕は労力を裂いてしまう。こんな調子じゃ、いつまで経っても、君を見つけられないよ。

「最初は夢物語だと思ったんだ。伝説なんて嘘ばかりで、何の役にも立たないって、諦めそうになった」

 死とは絶対で、乗り越えられないものだと思っていた。どれだけ足掻いても、例え遥か未来の科学を利用したとしても、不変のものだって、思い込んでいた。

 魔法なんてありえないと、秘術なんて嘘ばかりだと、錬金術なんて意味がないと思っていた。

 それなのに、書籍は多量に存在して、僕の叶えたい願いを抱え込んでいた。僕が開くのを待っていたかのように、ずっと隠し持っていたんだ。

「君に会えるかもしれない。そう思うだけで、僕の足は動くんだよね。どうしようもないはずの世界に、挑もうって思えてしまうんだ」

 諦めればいいのに、無い知恵を振り絞ってしまった。

 見なかったことにすれば良いのに、手当たり次第に調べてしまった。

 その結果として、僕はここに座り込んでいる。人の気配の無くなった廃墟で、ホコリにまみれながら、息をしている。

「見つけてしまったのが、いけなかったんだ。何もなければ、諦められたんだ」

 魔法だけでは、ダメそうだった。秘術だけでは、不足した。錬金術だけでは、届きそうに無かった。

 だから、全部を組み合わせることにしたんだ。

 魔法は、ベースとして組み込めばいい。秘術は理論だけ借りてくればいい。錬金術は、合成の際に思い出せばいい。それらを繋ぐのは、科学なんだから。そこだけは、僕の得意分野なんだから。

 足りない材料は、足で稼げばいい。伝説といわれる素材があれば、君に届くかもしれないんだから。

 足りない資金は、産み出せばいい。手段さえ選ばなければ、結構どうにかなっちゃうもんだから。

「あと少しだよ。もう少しで、揃ってしまう」

 君は望まないかもしれないね。余計なことをしてくれた、こんなことは望んでいないと、怒るのかもしれない。昔見たままに、りょうほほを膨らませて、リスみたいな表情になってくれるのかな?

 それでも良いんだよ。これは、僕がやりたいことなんだから。僕が、僕の為にやっていることだから。こちらに戻ってきたどうするのかは、君に任せるよ。

「風が出てきた……」

 もうすぐ、雨は止むはず。砂漠の雨は、降り続けることは出来ないのだから。

 ちょっとだけ心が冷えてしまったけれど、大丈夫。僕はまた歩き出せるよ。君に再び会うために、僕の足は前に進んでいくんだ。


――さぁ、宝探しに出発だ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る