イスの転がる先

 ここに1つの棒がある。これを引くことによって、僕の運命は決定付けられてしまう。

 転がせばいい音が思想で、両手で力を込めれば折れてしまう。そんな軽い存在であるはずの、ただの棒に僕の運命は握られているんだ。

 それがおかしいとは言わない。たまにはそういうこともあるだろうし、運命なんて見えないものは、多分すごく軽いものだから。

 ただ、そう例え軽いものだとしても、それは間違いなく僕の運命なんだ。だから、躊躇しないという運命はない。

「ほら、早く引けよ。後はお前だけなんだ。ゲームが進まないだろう?」

 僕の右隣であおる田中。彼の言っていることは正しくて、これはゲームの一環でしかないのだから。細かく考えている前には、引いておくべきなんだけど。

 コレ、何が書かれているのか、僕は知っているんだ。

 端が少しだけ欠けていて、漆が全体的に薄くなっており、使用するには問題ない程度に曲がっている。

 コレに書かれているのは、王様という文字。

 王様ゲームと呼ばれているものにおいては、命令する側になれる、唯一の立場。間違いなく特権階級である、その立場。

 しかしながら、その立場に合うだけの、責任が伴ってくる。仕方のないこととはいえ、逃げられない立場になるというのは、正直イヤだ。

「諦めろよ。こんなのただのゲームだろ? どうなったとしても誰も恨まないし、こんなところで立ち止まってられないんだから」

 諦めるか、本当にそれしかないんだろうか? 諦めて、話を先に進めるしかないんだろうか?

「そうだね。まぁ、仕方のないことだよね」

 全ての棒に書き込んだのは、僕だ。選択権を失う代わりに、責任を伴わない形にしてくれたこと、それに感謝するしかないんだろう。

 僕の役割は確定されてしまうけど、それを恨むような奴はいないだろう。ああ、そうだ。仕方のないものなんだよ。

 僕が王様になったとしても、恨まないでくれよ。


「やっぱり、こうなるんだね」


 座り心地の悪くないイス。きらびやかな室内には、執務をこなしている士官達が忙しそうに動き回っている。

 時々説明される内容を、分かる範囲で理解し、裁定を下していく。ただ、それだけの存在。

 誰かがやらなければいけなかったことだし、その役割が僕に回ってきただけなんだけど、くじ引きで王様を決めるのはどうなんだろうね。

「王よ、どうかされましたか?」

「いや、みんな忙しそうだし、僕に出来ることないかなって」

 僕の副官、宰相として傍にいるのは、あの時笑っていた田中だ。ニヤニヤと、貼り付けたような笑みを浮かべ、回転の速い頭で部下達を助けていると聞く。

 宰相と聞くと、正直なところ良いイメージはなかったのに、こいつは中々に優秀で、僕にも優しかった。

 これで苗字が田中でなければ、もう少し珍しい名前なら、歴史に残るほど優秀な奴になっただろう。

「僕はくじ引きで決まっただけの、それだけの王様だし。正気なところ、少しくらい仕事が欲しかったな」

「誰かがそこのイスに座るしかなかったんですよ。それは、みなが納得していたことです」

 くじ引きの結果、僕は王様になった。

 くじ引きの結果、友達は露天商になったり、旅人として世界を歩き回っていたりする。

 あのくじ引きには、それだけの決定権を持たせていたし、誰かが王様にならなければ、国の形を保つことが出来なかったのも事実。

 今回、たまたま僕が納まっただけ。残り物の王様。

「仕方ないと分かってても、納得できるかどうかは、別だろ?」

「そこは納得していただくしかないですな。何より、この話、一般の者の中には、知らぬ者もおります。容易く口にされぬよう、お気をつけください」

「国に混乱をもたらすわけにはいかないし、気をつけるよ」

 あの日、僕達はくじ引きによって、自分達の運命を決めた。そうなった経緯は、もう覚えていない。

 どうやってあの棒を手に入れたのか、どうしてこのイスに座るだけの権限を持っていたのか、今の僕達には思い出せない。

 そして、思い出せないからこそ、僕はここから離れられない。


 まったく面倒な世の中だね。僕はただ、のんびりしていたかっただけなのに。 

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