手紙の瓶詰め

 どこへいても、私を包んでくれた。嬉しいときも、寂しいときも、私を包んでくれていた。

 そんな懐かしい風は、いつしか消えてしまった。

「仕方のないことなの。そうしなければ、生きていけないの」

 涙があふれ、ぐちゃぐちゃになった母の顔。つぶれてしまった声と、ぼろぼろになってしまった髪。

 昔は綺麗だったはずなのに、短い時間で随分と老け込んでしまった。

「あなたは、ここにいてはいけないの。幸せになるためには、ここを出て行くしかないのよ」

 私の生まれ故郷。大好きな母がいて、親切なおじさんがいて、遊んでくれるお兄さんがいた。みんな笑顔で、みんな優しくて、みんな大好きだったのに。

 全て、奪われた。あの日、私の生きる道は、変わってしまった。

 ええ、もちろん分かっているわ。母だって、辛かったの。苦労して育てていたのに、お金がないからと、愛娘を見送ることになった。引き取ってくれる、代わりに育ててくれる家に、差し出してしまった。

 その時の気持ちは、まだまだ私には理解できないものだけれど、想像も出来ないような痛みを伴うことだけは分かる。その方法しかないと分かっていても、実際にやるのとは別。

 泣いていたのは私だけ。ワガママを言っていたのも、私だけ。

 1番辛いのは、母だというのに。私が泣いてしまった。

 だから、母は泣けなくなってしまったのだろう。どれだけ悩んだか、どんなに辛かったのか、それを伝えることすら出来なくなってしまった。

「お母さん、ごめんなさい」

 あの時伝えられなかった言葉。どれだけ風に乗せても、届かない言葉。

 今になって、成長してから、伝えたかった言葉。

「お母さん、ありがとう」

 あの時伝えるべきだった言葉。今の私が、ここにいられるのは、母の決断によるもの。幼女に出してくれたから、私は養女として育ててもらえた。

 いくら届かなくても、返事がなくても、私の口からこぼれる言葉を止めるには及ばない。

「お母さん、さようなら」

 そして、これが今伝えるべき言葉。

 戻ってきた故郷で、形すらなくなった故郷で、私が伝えるべき言葉。

 知っている景色は、どこにも残っていない。私が見たかった景色は全て、過去への流されてしまった。

 ほんと、どうして帰ってきてしまったのかしら?


 風に聞いても、返事なんてないのにね。

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