第109話 鉄条 零

「おお……。零か。大きくなったな……」


 ミストによって起こされた父さんが最初に発した言葉がそれだった。


「父さん、父さんがこの世界にいるって事は母さんもこの世界にいるの?」


 最初に僕が聞きたい事はそれだ。母さん。あの人は何処なのか。


「ああ、そして俺と違ってキチンと力もあって生きている。今は多種族大陸に行ってるからここにはいないけどな」


 母さんもやっぱり、この世界に。


「父さん達は何でこの世界に?僕が産まれた時はこの世界にはいなかったはず」


「いいや。零、俺と母さんは元々この世界の住人だ。零が産まれたのもこの世界でのことだ。じゃないと、吸血鬼なんてものになれているはずがないだろう。まあ、零がこの世界のことを知らないのも無理はないけどな」


「僕が吸血鬼だって事も知ってるんだ?」


「そりゃあ親として子のことはしっかりと把握してるさ。何故、二重人格になってるのか、とかもな」


(少し変われ。この話が俺のしたかったやつだ)


 わかったよ。けど、話が終わったらすぐ変わるからね。


「ふぅ。父さん、俺がこっちで産まれたんだとしたら、その時意識にあったのは俺なんじゃないか?人間ではなく、吸血鬼の人格の俺の意識が」


「あぁ、そうだな。元々はお前だよ」


 やっぱりそうなのか。だから、俺は知っていたのか、この世界の事を。


(どういう事?)


 つまり元々産まれた時は俺という意識しかなかったって事だよ。


(それってつまり……)


 あぁ。俺の意識が奥底に眠った時に出来た意識がお前って事なんだろう。


「なんで俺という意識を封印した?」


「そりゃあ吸血鬼の思考は日本にそぐわないからだ。この世界は命は軽いが、あっちは違うんだからな」


「じゃあそもそもなんで俺を日本に、いや、父さんも母さんも日本に行ったんだ?記憶にある叔父や叔母は誰なんだ」


「俺たち家族が日本に渡った理由は逃げる為さ。俺から力を奪った魔王からな。あいつの力は世界を越える事は出来ない。だから異世界に逃げた。叔父や叔母は執事とメイドにその役を演じてもらっていたんだ。不自然がないように少し弄らせてもらったけどな」


「逃げた?その魔王ってのは何なんだ?」


「魔王は魔王さ。魔族の王、魔の王、ゲームとかで出てくるラスボスだ。あいつは無差別に力を奪える、『奪取』のスキルを持っている」


「なんだそりゃ。勝てないだろそれ」


「ああ、だが、一つだけそのスキルに対抗出来るものがある。『真祖』っていう称号がその効果を持っている」


「そう、俺が気になってたのはそこだ。どうして俺に『真祖』の称号が付いている?父さんは魔族、母さんが吸血鬼にしたって俺は『真祖』なんて称号は付かない筈だ」


「そうだな、まず母さんは吸血鬼じゃない。吸血鬼の『真祖』っていうのはな、特異種なんだよ。基本存在しない。吸血鬼が意識的にやろうとしない限り絶対に生まれない存在なんだ」


「どういう事だ?」


「吸血鬼の力を使わずに十数年間生きなければ『真祖』になれないんだ。『真祖』になれば吸血鬼の中の王になれる。だから吸血鬼の王族は全員特異種になるべく力を使わない。俺は零、お前を安全に、そして確実に『真祖』にする為に日本に連れて行った。吸血鬼の人格を封印すれば目醒めない限りは吸血鬼の力は使えない。そして吸血鬼に近い粗暴な性格だとトリガーになるかもしれないからおとなしい性格の日本で生きるための人間としての人格を形成した。それが、日本での零だ」


「っ、僕はっ!作り物だって言うの!?」


「違う。零の人格は吸血鬼以外の側面から取ったものだ。俺や母さんが作ったものじゃない。だから零は零だ。身体の主導権だって吸血鬼じゃなく零が持ってるんだろ?」


「それは、そうだけど」


(話が終わってないのに勝手に戻しやがって……。でもまあいい。俺は寝る)


 ……悪い事したかな。けど、気が気じゃなかったんだ。僕が鉄条 零じゃないものなのかもしれないって思ったら。


「父さん、何で『真祖』が対抗出来るの?」


「吸血鬼は他者から血を吸って能力を奪う。『真祖』になれば吸血鬼の力は強くなる。吸血鬼の王としての力を手に出来るんだ。『奪取』は無差別にと言ったが、絶対に奪えない対象ってのが存在する。それが王からだ。吸血鬼の王と認められる『真祖』の称号があれば『奪取』の効果から逃れられる。メイド人形もな。だから同じになるように作ったんだが」


「王なら……。なら、何で父さんは『奪取』されたの?魔王なんじゃ?」


「魔族の魔王っていうのは異名とか二つ名みたいなものでな。実際に称号に何か付いたりする訳じゃない。だから魔王を名乗っていても実際には王じゃない訳だから『奪取』の条件には引っかかるわけだ」


 称号にそんな効果があったんだ……。なんだろうなとは思ってたけど。


「さてと、他にも色々と話したい事、話さないといけない事があるが、今日はここまでだ。時間みたいだしな。またここに来い。『闇』持ってるだろ?」


「わかったよ。また明日、来るから。その時に教えてもらう。占い師とミストさんにはこれ、渡しておきます。魔法携帯です。今の所予備は無いので壊さないで下さい。それじゃあまた明日来ますので」


 暗闇をここに置いておく。父さんの話なら異世界に渡る術、日本に帰る手段があるはずだし、何で僕だけじゃなくみんなまで召喚されたのか、その疑問もある。全て話してもらわないといけない。







「どうだったよ、我が息子は」


 零が帰った後、宗一は占い師とミストの他にもう一人いた人物へ話しかけた。


「あれが、切り札なの?」


「んー、まあな。我が息子ならやってくれるだろ。まあ無理なら無理でも母さんがいれば絶対に死なないだろうし。そしたら我が愛しの愛娘の出番だな。今の所、その可能性が高いけどな」


「私なら、勝てる?」


「それは何とも。ま、自分の子供を死なせるような事はしないさ。いざとなったら俺が死んでもどうにかする」


「パパは無理しちゃダメ」


「あいあい。そんじゃーな」


 そう言うと宗一は意識を無くしたように倒れ出す。


「あれが、お兄ちゃん……。楽しみ、どっちが強いかな」

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