おしまい。

 恭介は、色葉が最も立ち寄りそうな場所と範囲を絞り、手分けして回っていた。


 電車や乗り物等の移動手段は考えず、そう遠くまでは行っていないという前提での捜索である。

 色葉はただ帰りづらくなっているだけで、街の近辺にいるはずという目論見で探していたモノの、全く見つからなかった。


 もしかしたら全く見当違いな場所を探しているのかもしれないし、ニアミスはしたが恭介たちの姿を見て隠れた可能性だってあるが、とにかく見つからなかった。


「……リオ姉……」


 街を駆け回って、横断歩道の向こう側に、携帯電話を耳に当てた里緒奈の姿を見つけた。

 青信号になると、横断歩道を渡って、里緒奈の許に駆ける。


「電話……誰からです?」


「母さんよ。家に戻ってないか確認を取ったのだけど……」


 恭介は里緒奈の表情で、察する。


「……やっぱ帰ってませんか?」


「ええ、心配し過ぎだって笑われたけど、母さんは事情を知らないから……」


 どうやら、色葉が家を出た経緯を色葉ママには話していないらしかった。


「どうしましょ? 正直、安全な場所ならどこで一晩明かしてくれても構わないと言えば構わないんすけど、やっぱり変な輩に声とか掛けられたりしないかという不安が残っちゃって」


 以前恭介は、色葉の身体で襲われたことがあり、深夜等、女の子の一人歩きはどう考えても危険であるという認識になっていたのである。


「……他に色葉が立ち寄りそうなお店とかはある?」


「この近辺だと……もう、わかんないっす」


 里緒奈は暫し黙考して、


「……そういえば恭介くん、真っ先に公園に行っていたわよね? あれは……どうして?」


「何となく色葉がそこにいる気がしただけです。昔の色葉ならあそこかなって」


「そう……直感的にそう思ったね? その直感を信じて、もう一度、行ってみましょうか? もしかしたらその時ちょうどトイレに行っていただけかもしれないし」


「いや……もしそうでももういないでしょう? 夜だとあの辺人いなくなりますし、心細くなっても普通、移動しますよ?」


「……かもね? でも最後に寄ってみましょう。どうせ駐在所に行く通り道だから」


 万が一にも事件に巻き込まれていたら心配なためにこうして色葉を探しているが、経緯的にプチ家出的なものであろうし、現状、警察に正式な形で捜索願を出すのは躊躇われた。


 よって里緒奈は、朝の挨拶くらいはする顔見知りの、美人に弱い駐在さんに相談に行くつもりのようだった。




「やっぱり……いませんね?」


 夜の誰もいない公園。こんなところに一人でいたらかなり不安になるだろうし、深夜帯に入れば通りかかった人に不気味がられて通報され兼ねない。


 仮に一度来ていたとしても、そんな場所にずっと居座るとは思えなかった。


「そうね……」


 里緒奈は周辺を見回し、公園に人っ子一人いないのを確認すると、


「とりあえずトイレに行ってみるわ? わたしたちが来て隠れたかもしれないし……」


 確かに女子トイレに隠れられると恭介としてはどうしようもない。

 恭介は女子トイレに入る里緒奈を見守り、戻るのを待つ。


 里緒奈はすぐにトイレから出てきた。


「……ダメ。いなかったわ」


 見つかればいいなとは若干期待はしたけれども、予想通りの答えに恭介は深く落胆した。


「やっぱりあの時に追い掛けとくべきだったかもしれませんね?」


 里緒奈とキスしたのがばれて色葉が飛び出して行って後、すぐに追い掛けて無理にでも連れ帰るべきであったかもしれない。


「何それ? わたしが恭介くんを引き留めたのが原因だとでも言いたいの?」


 里緒奈が突っかかるように言ってきた。


「いえ、そんなことは……例えばの話ですよ」


 あの時、色葉を連れ戻しに行っても頭に血が上った状態では何を言っても無駄であったろうから、あの選択が必ずしも間違っていたとも思っていなかったのである。


「例えばって……大体恭介くん? あなたがあんな軽率な真似をするからいけないんでしょう? 何でわたしにキスなんかしたのよ?」


 里緒奈もこんな事態になって苛立っているのか、過去のことを持ち出し、恭介に怒りをぶつけるように言ってきた。


「いや……キスは……ホントに前日にしていいよって……」


「だからそれは夢の話でしょ?」


 確かにあの日、里緒奈は家族旅行で色葉たちの証言通りなら、その場にいるはずかなかった。


 しかし里緒奈らしき人物に四百円ほど奢ってもらったのは事実だった。


 当時集めていた神話合体ロボフィギュアであるが、あの日遊びに来ていた祖母にもらったお小遣いより、どう考えても二体分ガチャガチャをした数が多く、奢ってもらったのは確かなはずであったのだ。


「もしかして一人だけ別行動して、その隙に一度戻ってから色葉たちと合流したとか……ないですよね?」


「何でそんな時刻表トリックみたいな真似で家族を欺いてまで戻ってきて、恭介くんのおちんちんを洗ったり、キスしなきゃいけないのよ?」


 そう、恭介はあの日、里緒奈の泡に包まれた手で、優しく、丁寧におちんちんを洗われつつ、そのままベロチューをされたのである。


 その時の全身が痺れたような不思議な感覚は未だ鮮明に残っており、アレが夢とは到底思えなかったのである。


「じゃ、リオ姉にそっくりな従妹さんとかいませんか?」


 あの日の里緒奈は、メガネをかけていなかったり、どことなく里緒奈らしくない行動が多く、不審に感じていたのも事実であった。


 とどのつまり、別人ではなかったのかという疑念が湧き始めていたのである。


「同世代でわたしに見間違えるほど似ている娘ってことよね? いないわよ。残念だけど。というかもしいたとしても完全に犯罪よね、それ?」


 確かに、人によっては性的な悪戯となり、トラウマとなる場合もあるかもしれない。恭介の場合も、里緒奈に性的な悪戯をされたなら問題なかったりするが、知らない人であったと知らされたなら、怖いものがある。


「恭介くん? 本当は端からわたしにキスをするためにそんな作り話をしているんじゃないでしょうね?」


 疑いの眼差しで言って来る里緒奈。


「い、いえ、それはないっす。マジで……次の日訪ねて行ったのは、魔神プルートの神具を探すためですし」


 恭介は里緒奈にベロチューされた翌日、神話合体ロボフィギュア・魔神プルート、その脱着可能な武器――神具がなくなっていることに気付いた。

 ベロチューされたせいで頭がボーッとなり、どこで落したん不明であったが、お風呂に入る前に服を脱ぎ、その時が一番可能性があると思って家に上げてもらったのだ。


 そして恭介は、キスの感覚が忘れられずに里緒奈にしてしまったのである。


「魔神プルート? 神具? 知らないわよ、そんなの……それも全部作り話じゃないかと言っているのよ? もしこれで色葉に何かあったらどう責任とるつもりなの?」


 今まで抑えていたのか、それとも恭介が里緒奈を疑うような言動を取ったせいか、里緒奈が噛みつくように言ってきた。


「……な、何かあると困るから今探してるんですよね? とりあえず……駐在所に行きますか?」


「ご、ごめん、二人とも……」


 後ろから弱々しく言ってきたその声に、恭介はハッとして振り返る。


「……い、色葉!」


 頭が冷えたのか、随分としおらしくなった色葉がそこに立っていた。


「色葉、あなた……」


 里緒奈が色葉に詰め寄り、


「今まで何をしていたの? みんなを心配させて、どこをほっつき歩いてたの?」


「どこをって……ずっと公園に……眠っちゃってたみたいで……」


「ずっと? 嘘おっしゃい。恭介くんだって真っ先にここへ探しに来てたのよ?」


「えっ? そ、そうなの、恭ちゃん? わたし……いなかったの?」


「ああ……てか、自分のことだろ?」


 自身のことでどうしてそんなことを訊いてくるかよく分からなかったが、色葉が無事に見つかりとりあえず恭介はホッとしていた。


「それじゃあ恭ちゃん? これ……なんだけど?」


「んっ? えっ? あれっ? これって……?」


 色葉が差し出して来た棒状の……爪楊枝くらいの長さのそれに、恭介は目を丸くした。


「これ、恭ちゃんの?」


「いや……うん。でも……これ、どこにあったんだ?」


「あ、多分、家の洗面所で紛れ込んで……」


「紛れ込む? いや、でも俺がなくしたのは何年も前で……」


「あ、うん! そ、そう……洗濯機の下に転がってたの!」


 と、色葉は慌てたように言い直す。


「洗濯機の下? そ、そうか……や、やっぱり!」


 恭介は興奮気味に色葉からそれを引っ手繰り、里緒奈に見せつけて、


「これですよ、リオ姉! これが魔神プルートの神具です!」


 それはあの日紛失し、志田家に探しに行った代物であった。

 随分と綺麗な気もするが、志田家に神話合体ロボのガチャガチャをする人間がいるわけがなく、間違いないと思われた。


「……で、だから何? それがあったからわたしが恭介くんのおちんちんを洗いながらキスをした……と、そう主張したいの?」


 と、むっとした表情で里緒奈。


「あ、いや、それは……」


 どうやら里緒奈を更に怒らせてしまったのと同時に、そんな夢とも現実とも知れぬことがあったことを色葉に知られてしまうという失態を犯してしまったことに恭介はひどく狼狽した。


 これはヤバイかもしれぬ。これではせっかく落ち着いた色葉の怒りをも再燃させてしまうかもしれないとそう思ったのだ。


 しかしそんなことにはならなかった。


 色葉は恭介と里緒奈にがばっと頭を下げてきて、


「ごめんなさい、恭ちゃん。それにお姉ちゃんも……心配かけちゃったみたいで」


 里緒奈は、ぴくっと片方の眉を吊り上げる。


「もう……いいの? わたしが恭介くんのファーストキスを奪ってご機嫌斜めってたんじゃないの?」


「ちょ、リオ姉……」


 せっかく落ち着いた色葉に、わざわざ煽るような真似をする里緒奈に戦々恐々となる恭介。

 しかし色葉は取り乱したりはしなかった。


「それは……もういいというか……確かにお姉ちゃんや結愛さんとしていたのはショックだったけど、恭ちゃんのファーストキスの相手は、わたしだったし……うん。だから……とりあえずはいいかなって」


 恭介は、「……んっ?」と顔をしかめる。


「いや、色葉……お、俺は……お前とそーいうのはしたことないぞ?」


「うん。それは恭ちゃんが覚えてないだけ」


「えっ? 覚えてないって……眠っている間にしたとかそんな感じ?」


「まあ、そんなとこ……かな? だから恭ちゃん?」


 色葉はふっと優しく恭介に微笑みかけてきて、


「……今度は、恭ちゃんからしてね?」


 その瞬間、どきりとなる恭介。


「……い、色葉……?」


 色葉のその笑顔と言葉が、以前、里緒奈にお風呂場でされた笑顔と重なり、思い出したのである。


 しかしその里緒奈の方は――


「何それ?」


 更に不機嫌そうになっていて、


「わたしの気持ちはどうなるの、色葉……? いきなり恭介くんにファーストキスを奪われて、それを理由にあなたに恨まれ、心配して探し回って、散々振り回された挙句、何を勝手に自己完結しているの、あなたは……?」


「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん……」


 と、しょんぼりして頭を下げて色葉。


「ま、まあ……今日の所は遅いですし……ねぇ?」


 と、里緒奈を宥めて穏便に済ませようとする恭介。


「恭介くん? 大体、今回の件はあなたが発端でしょう?」


「いや、まあ………はっ……ははっ……」


 笑って誤魔化せるならそうしたいところであるが……


「わたしは恭介くんのおちんちんを洗いながらキスをしたのだったわよね?」


「で、ですからその話はもう……」


「いいわ、それで……したことにしてあげる」


「えっ?」


「だから……行くわよ」


 と、恭介の手首をつかんで歩き出す里緒奈。


「ちょ……行くってどこにですか? 帰るんですよね?」


「ええ、帰るわ。帰って一緒にお風呂よ、恭介くんのおちんちんを洗ってキスしてあげるわ」


「ええっ! 何すか、それ!」


「わたしは恭介くんのおちんちんを洗いながらキスした……してもいないことをしたことになっているのが不本意なだけ……だからこれから本当にする……ただそれだけよ?」


「い、いやいやいや!」


 子供の頃ならまだしも、今の里緒奈に同じことをされたら大変なことになってしまう。

 恭介は慌てて里緒奈につかまれた腕を振り払おうとすると、


「そ、それはダメ~ッ!」


 色葉が二人の間に割って入ってきて言った。


「色葉……」


 対峙する色葉をメガネの奥から鋭い眼光で見下ろす里緒奈。


「……お、お姉ちゃんでも、それは許さない!」


 里緒奈の視線に一瞬怯みはしたものの、キッと睨み返す色葉。


「えっ? えっ? ちょっと……」


 一触即発となった二人の合間でおろおろとする恭介。


 しかし――


「ぷっ……くっ……ふふふっっ……」


 いきなり里緒奈が笑い出し、何事かとぽかんとなる恭介と色葉。


「ごめんなさい。ちょっとした冗談よ」


 と、涙を拭きながら里緒奈。


「あ、ああ……な~んだ……」


 確かに里緒奈がそんなことをするわけがない。少し考えれば分かりそうなものであった。


「さあ、今度こそ本当に帰るわよ」


 と、里緒奈が二人を促し言った。


「……ですね?」


 恭介は嘆息混じりに答えると、色葉の方はまだ固まっていることに気付いて、


「色葉……帰るぞ?」


 と、声を掛けた。


「あ……うん」


 どうやら里緒奈の冗談を本気にしてしまったことが急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くし、俯きながら答えたのだった……


「まったく、リオ姉も人が悪いんだから……」


 里緒奈の冗談に恭介は呆れたものだが……



 

 その数日後、里緒奈は恭介のお風呂に乱入してきて、おちんちんを洗って、ベロチューしようとしてくるのだが――それはまた、別のお話。

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