色葉、満足する。

 子供の頃、色葉は悲しい時があると、よく公園に訪れてブランコに揺られていた。

 その度に恭介は、泣きじゃくる色葉を恭介が迎えに行っていたのである。


 だから今回も、とそう思って近所の小さな公園に訪れてみたのだが……


「……いないか……やっぱり……」


 日の暮れた公園には人っ子一人いやしなかった。さすがに子供の頃のままと言うことはなかったらしい。


「どうすっかな……」


 まだそこまで心配するような時間帯ではないし、里緒奈が言うように、頭が冷えたら帰ってくるかもしれない。

 また、今日は友達の家に泊まる可能性だってあるだろうから、戻ってないだけかもしれない。しかし何の連絡もなしに、遅くまで帰ってこないと、何らかの事件に巻き込まれる可能性もあり、不安で仕方なかった。


 やはりあの後に追うべきだったかとちょっぴり後悔するが、もう後の祭りである。


 恭介は、もう一度、色葉の携帯電話を鳴らす。


『おかけになった電話は電波の届かない場所におられるか、電源が入って――』


 結果は案の定であった。

 さて、本格的にどうすべきか? 今からだと見つけるのは難しいかもしれないが、幾つかは他にも心当たりがあったので、探しに行くべきか……

 いや、着信を拒否しているだけで、もしかしたら入れ違いで既に帰宅している可能性だってある。


 とりあえず里緒奈に電話し、それを確かめることにした。


『……もしもし、恭介くん?』


「はい、色葉は帰りましたか?」


『いえ』


「連絡は?」


『いえ、連絡がつかないの』


 どうやら里緒奈も接触を試みてはいたらしい。ああは言ったものの、やはり心配はしているようだ。


「そっすか……」


『……恭介くん今家なの? 何か外っぽいけど?』


 後ろの物音から判断してか、里緒奈が訊いてきた。


「ちょっと……公園に来ています」


『公園? もしかして色葉を探してくれてるの?』


「あ、いや……色葉も帰りづらくなってるだけかもしれませんし……いるとしたらここかなって思ったんですが……外れでした」


『そう……ごめんなさい、恭介くん。ありがとう』


「いえ、もしかしたら友達の家かもしれないんで、色葉の友達に連絡とってみて、そちらに行ってないか確認してみます。それでも居所掴めなかったら……ちょっと他にも探し行ってきます」


『ええ、助かるわ……じゃあわたしは駅に行って訊いてみるわね?』


「駅?」


『電車に乗っていたら捜索範囲的に無理でしょう? 駅員さんが色葉のこと覚えているかもしれないから訊くのよ』


「ああ、なるほど……んじゃ、頼みます」


 と、そんなわけで二人は色葉の捜索に乗り出すことになったのだった。


 とりあえず恭介の方は、まず色葉の友人……特に仲良くしている依子たちに連絡を取ることにした。

 とはいえ依子たちの電話番号は知らない。


 しかし副担任の種田櫻子の連絡先は知っているし、おそらくそこから辿れると思って電話した。

 出なかった。

 仕方ないので依子とバイトが同じの朝倉に連絡したら、辛うじて依子の電話番号だけは知っている様子だった。


 事情を話すと朝倉は協力してくれて、依子経由で色葉が頼りそうなクラスメイトに訊ねてもらうことにした。

 更に中学時代の友人の方も、結愛に頼んだ。


 しかし両方とも、いい回答は得られなかった。


 また、里緒奈の方も最寄りの駅に訪ねて行き、確認する。

 駅員さんはいつも挨拶する色葉のことは覚えているらしく、どうやら電車には乗っていないであろうということで恭介は、当初の予定通り、他に探しに行くことにした。



          ◆



 色葉は、おかげさまでじっくりとショタ恭ちゃんとのお風呂タイムを堪能することができた。


 今は狭い浴槽に足を曲げて向かい合い、湯船に浸かっている。

 色葉は、先ほどまで恭介の可愛いおちんちんのことで頭がいっぱいになって鼻息を荒くしていたわけであるが、今は憑き物が落ちたようにすっきりとした表情となっていた。


 逆に恭介の方は、のぼせているのか恥ずかしいのか、顔をほんのりと赤く染め、どこが落ち着きなく、そわそわしている様子であった。


「ね、ねえ……リオ姉ちゃん?」


「んー? 何かな、恭介くん?」


 と、満面の笑みで訊き返す色葉。


「う、うん……えと……さっきさ、何であんなことしたの?」


「あんなことって?」


「……き、キス?」


 恭介は普段は口にしない言葉を恥かしそうに発音してから、


「そ、そーいうのって、恋人同士がするんじゃないの?」


 と、上目遣いに訊いてきた。


「恭介くん? 実はね、恭介くんとお姉ちゃんは、将来的に恋人同士になるんだよ?」


「えっ? そうなの? そんなの……わからないでしょ?」


「ううん、そう決まっているの。それで恭介くん? 恭介くんはお姉ちゃんにキスされて嫌だった?」


「へ、ヘンテコな気分になったけど、全然嫌じゃなかったよ」


「そっかー、だったら恭介くん?」


 と、色葉はぐいっと顔を恭介に近づけると、恭介の額に、チュッと優しくキスをした。


「えっ? り、リオ……姉ちゃん?」


 色葉はふっと優しく恭介に微笑みかけて、


「……今度は、恭介くんからしてね?」


 と、言った……





「…………」


 眠気眼で目をパチクリとさせ、暗くなった周囲を見回す色葉。


 ショタ恭ちゃんと一緒にお風呂した後、恭介を監禁することなくそのまま返した。

 その後、自身の寝室で仮眠を取ることにしたのだ。

 夢の中で眠るというのもおかしな話であるが、途轍もない眠気が襲われたためである。


 そして眠った。

 即ち、目が覚めたら過去の過去の自室はずてあったが、そんなことはなかった。


 目の前に広がるはジャングルジムが消失した夜の公園。


「ああ、やっぱり……」


 がっくりと肩を落す色葉。この様子であると自身は、ブランコに座ったまま、器用にもそのまま居眠りしてしまったらしかった。


「本当に、夢だったんだよね?」


 自身に疑問符を投げ掛ける色葉。

 夢にしては、妙にリアルな気がしたのである。


 キス……そしておちんちんに触れた感触が、まだ残っているような気がした。


「もし夢じゃなかったら……」


 自称未来人と会っていないことになり、即ち、末等すら当たっていないであろうロト6の抽選券もまだ財布の中に入っているはずであった。

 色葉がそれを確認するため、バッグからお財布を取りだそうとしたその瞬間だった。


「あらっ?」


 何かがバッグからぽとりと地面に落ちたような気がした。


「何かしら?」


 色葉はそれを拾い上げると、目を丸くさせた。


「えっ? こ、これって……」


 それは自身の持ち物ではなかった。

 しかし、色葉はその物体に心当たりがあった。


 そしてその時、遠くから、聞き覚えのある男女の話し声が微かに届き、色葉はハッとして顏を上げた。

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