色葉、怒る。
漫画喫茶にて、結愛とちゅっちゅっしているのが色葉にばれてしまった。
しかしまだ言い逃れはできる。コックリさんがしてないと言っている以上、コックリさんの答えを尊重し、それを見間違いという方向に持っていくのである。
「え、え~っと、だな……防犯カメラの映像は荒くて……な?」
恭介がしどろもどろになりつつ言い訳するのを無視し、色葉は姉の里緒奈に問い掛ける。
「お姉ちゃんはどう思う? 何でコックリさんが反対の答えになったか説明できる?」
「さあね? 恭介くんの言う通り、防犯カメラ越しでそう見えただけじゃない? コックリさんの答えは正しいのでしょ?」
「うん……」
「ならそういうことでしょ? それともコックリさんに欠陥があったとでも言いたいの?」
「違うよ? コックリさんに問題はない」
「だったら……」
色葉は首を横に振って、
「そうじゃないよ、お姉ちゃんの訊き方に問題があったんだよ」
「……わたしの?」
「そう。お姉ちゃんはコックリさんに恭ちゃんがファーストキスを結愛さんとしたかどうか訊いた……だからいいえと答えた。恭ちゃんのファーストキスはその前に奪われていたから……そうでしょ、お姉ちゃん?」
色葉の推理にぎくっとなる恭介。
逆に里緒奈の方は冷静であり、肩をすくめて、
「……さあ? どうかしらね? 仮にそうだとしても、キスくらいなら家族としていても不思議ないかもしれないわね?」
「わたしもその可能性は考えたよ? おばさまや藍里さんかなって。けど違う可能性もある。だから確かめるの。コックリさん、で」
色葉はそう言うと、指の置いたままになっていた十円玉をしっかりと見据え、コックリさんに問い掛ける。
「コックリさん、わたしの質問にお答えください。恭介ちゃんのファーストキスの相手は、お姉ちゃんですか?」
「色葉!」「!」
その質問に面を食らう里緒奈と恭介。
そしてコンちゃんは、驚く二人の思考を読み取り、答えを出した。
十円玉は『はい』の上に鎮座している。
「やっぱり……お姉ちゃんだったんだね?」
色葉が神妙な面持ちでことのほか冷静な口調で言った。
どうやら色葉も何かしら察していたらしく、それは正解だった。
恭介の初めて唇を重ねた相手は、紛れもなく里緒奈であったのである。
「お姉ちゃんが恭ちゃんのことを庇うのはおかしいかなって思ってもしかしたらと思ったけど……お姉ちゃんは結愛さんが恭ちゃんとキスしたことを隠したかったんじゃなくて、他の相手……自身にまで言及されることを恐れてああいう訊ね方をした……そうなんでしょ、お姉ちゃん?」
「それは違うわね、色葉……わたしはただ、恭介くんが既に九条さんと経験済みと知って、それを知ったあなたが幼児退行するのを防ぎたかっただけよ。まあ……その様子だと、杞憂に過ぎなかったみたいだけどね」
と、里緒奈は色葉が幼児退行しなかったことに安心したように言った。
「結愛さんと恭ちゃんがキスしててもある程度の覚悟はしていたつもりだよ? ただ、お姉ちゃんは色葉のこと応援してくれるって……それなのに……」
色葉はそこでキッと里緒奈を睨み付けて、
「裏で恭ちゃんに何かしてたんなら許せない。どうしてお姉ちゃんが恭ちゃんとキスしているの?」
と、責め立てるように言った。
「勘違いしないで、色葉……キスしたのは子供の頃の話よ? 当然色葉は恭介くんと同じく子供であったし、年上であるわたしに興味が行くのは当然のことでしょ?」
「つまり恭ちゃんからお姉ちゃんにキスしたってこと?」
「ええ、そうよ。そうだったわよね、恭介くん?」
「えっ? いや、それは……だって……」
今すぐこの場から逃げ出したかったというのに、振られてどきまぎとなる恭介。
「え~っと、いつだったかしら? 確かわたしが中学三年の……ゴールデンウィークの最終日だったわよね? 恭介くんがうちに訪ねて来て――」
ゴールデンウィーク最終日、恭介は志田家を訪ねた。
「あら、恭介くん? どうしたの? 色葉ならお友達と遊びに行って留守よ」
出迎えてくれたのは里緒奈だった。
「うん、いいよ。忘れ物取りに来ただけだから」
恭介は、里緒奈しかいない志田家に上がり込んだ。
そして昨日遊びに来てなくした玩具の部品を探し出す。
「何を落したの? お姉ちゃんも一緒に探してあげるね?」
そう言って里緒奈が膝を落した瞬間だった。
ちゅっ。
恭介は里緒奈にキスをしたのであった。
「なっ!」
「えへへ」
不埒な行為をしたくせに悪びれた様子もなくにやける恭介。
里緒奈は、そんなファーストキスを唐突に奪った少年の頬を力いっぱい引っ叩いたのだった。
「あの時はびっくりしたわ。いきなりしてくるんだもの?」
里緒奈が恭介に冷たい視線を浴びせながら言った。
「……そ、そうなの、恭ちゃん? お姉ちゃんにしたの?」
と、身を乗り出して色葉。
「い、いや……まあ……そう……なんだけどね、それには色々と事情がありまして……」
「事情? どうして? 色葉じゃなくてどうしてお姉ちゃんにしたの?」
「あ、ああ……ですからその前日にリオ姉に、き、キスされて……次は俺からしていいよと言われまして……つ、つい……」
その時のキスがとても気持ちよく、里緒奈の唇を見たら、ついまたしてしまいたくなったという感じであった。
「お姉ちゃん! やっぱり先に手を出したのはお姉ちゃんじゃない!」
「違うわよ、色葉……恭介くんがわたしにキスされたと言ってる日は家族旅行でうちには誰もいなかったのよ」
色葉は眉を顰める。
「……何それ? どういうこと?」
「さあ? 恭介くんは夢でも見ていたのでしょうね」
と、ちらりと里緒奈は恭介を見やってきた。
「は、ははっ……」
どうやらそのようだった。
あまりにも生々しく、夢には思えなかったが、その日、里緒奈は家にいなかったのは事実なので、その通りなのだろう。
家族旅行をしてきた写真を見せられ、色葉の証言からも納得するしかなかった。
今思い出すと夢に出てきた里緒奈は不自然過ぎたからやはり夢なのだろうが、脳が蕩けるようなキスの感覚は未だに薄れず残っており、未だに夢とは信じられないほどであった。
そして恭介はその夢に惑わされ、翌日、里緒奈にキスしてしまったのである。
「恭ちゃん! どうして色葉じゃなくてお姉ちゃんとそんな夢見てるの!」
「えっ? ま、まあ……夢なので何とも……」
さすがに夢までコントロールできないし、それが恭介の奥底なある願望であるか何なのかは全くの不明であった。
「お姉ちゃんも! どうして恭ちゃんの夢に出張って、勝手に恭ちゃんにキスしちゃったの!」
「わたしにまで噛みつく? それこそお門違いもいいところよ、色葉……?」
「そ、そんなのわかってるもん! お、お姉ちゃんのおたんこなす!」
色葉は里緒奈を罵ると、立ち上がってリビングからダっと飛び出て二階に駆け上がった……かと思ったら戻ってきてリビングに顔だけ出して恭介に向かって言う。
「恭ちゃんのおたんちん!」
そしてどこかに消えたかと思ったら玄関のドアが開いてパタンと閉じる音。
「あ、あいつどこへ……」
恭介は慌てて立ち上がった。
「恭介くん? どうするつもり?」
「い、いや……何か、追っ掛けた方がいい雰囲気かなと思って……」
「放っておきなさい」
「えっ?」
「今あの子に何を言っても無駄よ。頭が冷えたら勝手に戻ってくるでしょ?」
どうやら里緒奈的には色葉が幼児退行しなかったため、それで良しとしたらしかった。
確かに今恭介が追い掛けても火に油を注ぐだけになってしまうかもしれなかった。
話すなら少しだけでも間を開けて、冷静になってからの方がいいかもしれない。
それに、恭介は他に気になることがあった。
それは水分を吸収したオムツが激しい運動に耐えられるような設計になっているかどうかである。
そんな訳で恭介は、里緒奈の言葉に従う体で、色葉を追い掛けるのを断念したのであった。
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