恭介、窮地に立たされる。

 恭介は結愛との漫画喫茶デートを早々に切り上げた。


 オムツの吸水性を確かめるため、だだ漏らしたわけだが、替えのパンツもなく、更にはベロチューしているところをクラスメイトにばれ、遊んでいる気分ではなくなったためである。


「噂が拡がんなきゃいいけど……」


 結愛みたいな可愛い子と付き合っているだけでもギルティなのに、個室でちゅっちゅっしていたのが学校の野郎どもに知れたら大事だ。


 それ以上に、色葉の耳に入れるわけにはいかなかった。

 この間、キスはまだしていないと嘘を吐いてしまったばかりなのに、自分からではないにしろ、このことが知れるのはあまりよろしくなかった。


 一応、朝倉と依子には口止めしたのだけれども、不安しかなかった。

 朝倉はともかく、依子は前科があったからだ。


 とはいえもう二人を信用するしかなかった。


「はぁ~、憂鬱だ……」


 パンツのある我が家が見えてきた。とにかくパンツに穿き替えてからだ。

 恭介は自宅玄関のドアに手を掛ける。


 その時、尻ポケットの携帯電話が鳴った。


 タイミング的に先ほど別れた結愛だろうかと思って着信画面を見やり、恭介は顔をしかめた。


 色葉からであったのである。


 もしや早速依子が口を滑らせたとは思いたくなかったが、ちょっとばかし電話に出るのに躊躇われた。


「居留守使っちゃおっかな……」


 しかしそんなことしたところでお隣さんだ。すぐにばれるのは目に見えている。


 恭介はどうしたものかと隣の色葉の自宅を見上げ、ビクッと身体を震わした。

 二階の窓に張り付いた冷たい表情の色葉が、携帯電話を片手にこちらを見下ろしているのが分かったからである。


 これはすぐに出るしかなかった。


「は、はい……も、もしもし……?」


『…………』


「おーい、も……もしもし?」


『……早かったね? 遊園地デート、楽しかった?』


 と、色葉が少し低めのトーンで言ってきた。

 色葉は恭介たちが遊園地に行くことを知っていた。


 しかし依子から既に何かしら情報を得ている可能性もあったし、正直に言うべきだろう。


「あー、色々と予定が変わって漫画喫茶に行って……たんだわ」


 先に話して他にやましいことはなかったと堂々とした態度で接するだけである。

 とはいえ問題は、一番隠したいキスの件を依子が話してはいないかどうかである。


『ふ~ん……恭ちゃん? ちょっと訊きたいことがあるんだけど……うちに来てもらっていい?』


「えっ? 何? 訊きたいことって?」


『うん……電話だとちょっと……鍵は開いてるからそのまま入って来て』


 色葉は一方的にそう言うと、こちらの都合も聞かずに電話を切った。

 先程まで二階の窓から見えていた色葉の姿も消えている。


 どうやら恭介を迎えるために一階に移動しているものと思われた。


「……だ、大丈夫かね……」


 どういう用件かは不明であるが、ずっと避け続けることは不可能である以上、タイミング的にも嫌な予感しかしないが腹を括るしかなかった。

 暫し志田家の玄関ドア前まで精神統一し、


「よ、よしっ……」


 レバーハンドルを握ってゆっくりと引くと、


「いらっしゃい、恭ちゃん。上がって」


 玄関に色葉が立っていて恭介を出迎え、いつもより素っ気なく言った。

 それはいいのであるが、何故かその彼女の足元には白いもふもふこと天狐神社のコンちゃんが……


「もしかして、お前……また神田とか呼んだりした?」


「ううん、呼んではないけどさっきまで会ってはいたよ? わたしには視えないけどコンちゃんをレンタルしてきたんだ。恭ちゃんには視えるんだね?」


「まあ……つーか、な、何でさ? またコックリさんでもする気か?」


「うん。そうだよ? それとも……都合が悪かったりする?」


「いや、都合悪いっつーか……さ?」


「じゃあお姉ちゃんも待ってるから上がって」


「……り、リオ姉も?」


 気は進まないがここまで来て拒否ったら余計に怪しまれるだけ。

 渋々であるが色葉に従うことにして、志田家のリビングに顔を出した。


 リビングでは里緒奈がラフな部屋着で寛いでいた。


「リオ姉……こ、こんちわっす」


 今日、彼女は一歩も外に出ていないのか、すっぴんだ。基本的に姉妹であるから色葉と顔のパーツパーツが似ているわけだが、メイクを落すとそれがより際立つように思えた。


 そして威圧感も消え去り、優し気で、どちらかといえば普段からすっぴんで過ごして欲しいと個人的には思えるほどであった。


「あら、恭介くん? いらっしゃい。どうしたの、珍しい?」


「えっ? あ、あれっ……?」


 里緒奈の反応に、隣の色葉の顔を見やる恭介。

 色葉は里緒奈も待っていると言ったが、そんなことはなかったらしい。


「お姉ちゃん? ちょっとだけ付き合ってもらっていい?」


「付き合うって……」


 里緒奈は神妙な顔つきの恭介と色葉の顔を交互に見比べて、


「……えっ? 3P?」


「ち……違うよ、お姉ちゃん! コックリさん。コックリさんに付き合ってもらいたいんだけど……いい?」


 里緒奈は眉根を寄せて、


「コックリさん? 前したじゃない? 今度は何を訊きたいというの?」

「前回と同じ。恭ちゃんが結愛さんとどこまでいったかコックリさんで確認しときたいなって」


「確認したいって……そういえば今日、恭介くんは九条さんとデートしてきたんだっけ?」


「えっ? はい……まあ……漫画喫茶にちょろっと」


「色葉? 今後、恭介くんが九条さんとデートするたびにそんなことする気? いい加減にしないと恭介くんに嫌われちゃうわよ?」


「それは……うん。でも今回はどうしても確かめておきたいことがあって……お姉ちゃんは部屋にいてくれればいいよ。協力してくれなくても恭ちゃんと二人でするから」


 部屋にいれば里緒奈の思考もコンちゃんは読み取れるし、見届け人と言うところか?


「まったく……」


 里緒奈は面倒くさそうに一つため息を吐いて、


「誰も協力しないとは言っていないでしょ? ただ今回限りよ。あなたもこれで最後になさい」


「うん……」


 どうやら今回のコックリさんさえ乗り切れば今後は言及されない模様。色葉はどういう経緯かコックリさんに全幅の信頼を寄せていた。


 つまりコックリさんの答えを上手く誘導することさえできれば、逆に色葉に対して印象操作を行えるという考えもできるのである。

 前回は里緒奈がそれをしてくれた。だが今回は状況が違う。依子から何か情報を得ている可能性があったのだ。


 色葉が尊重するのはコックリさんの答えであり、上手く誘導してくれれば誤魔化せるかもしれない。

 とはいえこんなことを繰り返していては、いつか綻びが出るであろうし、結愛にキスされてしまったことは白状してしまった方がいいような気もした。


 しかしこれが最後のコックリさんなのであればやはりそれでよいのだろうか……?


「……準備できたよ?」


 恭介が色々と考えを巡らしている隙に、色葉がコックリさんの準備を整えた。

 準備と言っても、コックリさんの占い用紙をリビングのテーブルの上に広げただけであるが……


「それで何を訊きたいの? 今回もわたしが質問するけどそれでいいわね?」


 里緒奈が主導権を握るためか、色葉が行動に出る前に訊いた。


「うん。お姉ちゃん、わたしが聞きたいのは前と同じで、恭ちゃんが結愛さんとエッチなことやキスをしたかどうか……だよ?」


「そっ……それじゃあちゃっちゃっと終わらすわよ」


 里緒奈はそう言うと、手順にのっとりコンちゃんことコックリさんを呼び出し、まず一つ目の質問をした。


「コックリさん、わたしの質問にお答えください。恭介くんは九条結愛さんとエッチをしましたか? もししているようでしたら『はい』にお進みください」


 無論、その問いに十円玉が到達した場所は『いいえ』の文字の上であった。


 問題は次の質問だ。

 もし漫画喫茶の一件を耳に入れているとしたらあまりよろしくなかった。


 とはいえ恭介はどうすればいいか分からず、考えあぐねている内に、里緒奈が次の質問を始めていた……


「コックリさん、わたしの質問にお答えください。恭介くんはファーストキスを九条結愛さんとしましたか?」


 恭介がドキドキとしながら見守る中、無論、十円玉が到達したのは『いいえ』の文字の上であった。


 恭介はその結果に怖々と色葉の顔を窺うも、彼女は眉一つ動かさず、その表情は読み取れなかった。


「色葉? これで満足? 終わりよ……いいわね?」


 里緒奈がさっさと締めようとして言った。


「ううん、お姉ちゃん? まだ……終わってないよ? ね、恭ちゃん? おかしいよね?」


「えっ? な、何が……?」


「だって今日、結愛さんとキスしてたよね?」


「!」


 やはり依子から情報が筒抜けとなっていたと恭介は思ったが、実際は違っていた。


「恭ちゃん? わたしもね、漫画喫茶にいたんだよ?」


「えっ……」


 どうやら依子がお漏らししたわけでなく、依子のバイト先である漫画喫茶に遊びに行き、ちゅっちゅっしている現場を防犯カメラ越しに見られていたらしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る