依子、注意する。
「いらっしゃ……あ、色葉ちゃ~ん?」
木下依子がバイトを務めるインターネットカフェ『遊感』に知った顔――志田色葉が見えた。
「おはようございます、依子さん。本当に、バイトしてられるんですね?」
「えへへ、まあね~」
と、少し照れながら色葉に言った。
「どうですか、大変ですか?」
「そんなことないよ~、ただ、ミスの度に一緒の朝倉君には迷惑かけちゃてるけど~」
休憩時間で今は留守にしているが、依子は朝倉雄大とともにバイトを始めたのである。
「そうですか……でも依子さんがバイトとかびっくりです」
「えへへ、わたしも~、けどお金がいるからね~」
依子は高校を卒業したら、家を出ようかな、と考えていた。
しかし、両親はあまりいい顔をしてくれそうになかった。おそらく金銭面での援助は期待できない。
よってバイトをすることにした。
母にその旨を伝えたら、父がよいならいいんじゃないかしら、と言った。
そして父に訊ねたら、バイトなんかしなくてもよいという答えが返ってきたものの、するのであれば、親戚が経営するインターネットカフェ『遊感』で働いてみなさいと言われた。
更に一人でバイトさせるのは心配であったのか、母は自身の古い友人の息子――朝倉雄大にまでバイトの声を掛け、引き受けてくれたらしかった。
雄大とは小学生の頃までは仲良く遊んでいた。
母の中ではその時の記憶が強く残っていたらしく、今回の件に繋がったと思われた。
しかしそれは幼少の頃の話であり、小学生の時分に自身がバカであることをからかわれて泣いてしまった経緯があり、それ以来、ちょっと苦手意識ができてしまったのだ。
それでも一緒にバイトをしていればとろい自分を何かと手を貸してくれ、頼もしく思っていたのだが……
「あ、そういえば……」
その雄大に先ほど言われたことがあった。
今日、クラスメイトの瀬奈恭介が彼女さんと一緒に遊びに来ているが、お客さんのプライバシーにかかわることだから、クラスの奴には内緒にしておけよ、と。
しかし色葉は例外であった。
何故なら彼女は二人のキューピット役であり、二人の仲は既に承知していたからである。
「色葉ちゃ~ん? 今ね~、瀬奈くんが彼女さんと来てるんだよ~」
「えっ! 恭ちゃんが……!」
と、色葉が驚いたように言った。
「う~ん……カップル席で……あっ~……えへへ……色葉ちゃ~ん? ちょっとこっちきて~」
依子は色葉にカウンター内に入ってくるように手招きして見せた。
「えっ? そっちに入るんですか? 何でですか?」
「いいから、いいから~、面白いものが見えるから~」
「はぁ~、部外者の自分が入ってもいいものなのですか?」
「よくないけどいいよ~」
依子は笑顔でそう言うと、カウンターに侵入してきた色葉に、防犯カメラの映像を見せて上げた。
とはいえ防犯カメラは上部から全体を映した荒い映像であり、しっかりと瀬奈恭介と彼女さんと認識はできず、依子は教えてあげる。
「見えづらいけどこの席が瀬奈君だよ~」
「なっ!」
色葉はガッとモニターを押えて、
「ま、漫画喫茶って、こんな卑猥なことをする場所なのですか……!」
「え~、違うよ~……たまに~、そういうカップルがいるだけだよ~。ちゅっちゅっくらいなら見逃すけど、それ以上だと厳重注意か退店……繰り返したら入店禁止かな~」
「だ、だったら今すぐ止めさせてきてください!」
「え~、これくらいなら~」
「よ、よくありません! は、早くしてください!」
色葉が怒りを露わに言ってきた。
さすがにこの二人の仲を取り持った彼女としては、二人に清い交際を守って学生らしいお付き合いをしていってもらいたい様子だった。
「う~ん、色葉ちゃんがそんなに言うんだったら行って来るね~」
そんな感じで依子は、チュッチュッしている二人に警告を出しに行くことにした。
「……ありっ?」
依子が戻るとそこから色葉の姿が消えていた。
代わりにカウンターには休憩時間が終了して戻った雄大が立っていた。
「朝倉君? 色葉ちゃんは~?」
「帰った」
「え~、もう帰っちゃったの~?」
ちょっと寄って行ってくれるのかと思ったら、本当に依子の様子を見に来ただけらしかった。
「ああ……つーか、何でカウンターに志田を入れた? まさか受付をさせてたのか?」
「え~、違うよ~。いくらわたしでもそんな非常識な真似しないよ~。瀬奈君が彼女さんとちゅっちゅっ始めたから見せて上げただけ~?」
「ちゅっちゅって……」
雄大は眉を顰めて、
「それを志田の奴に見せたのか?」
「えへへ、そだよ~」
「…………」
雄大は困り顔になり、深く嘆息してから依子に言う。
「ば~か……」
小学生以来、久し振り雄大の口から聞いた。
「あうっ……」
本当のことかもしれないが、理由が分からず、ちょっと……凹んだ。
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