恭介、吃驚する。

「恭ちゃん、起きて……恭ちゃん……?」


 色葉が快適な眠りを妨げ、揺り起こしてきた。


「……ん~だよ、色葉……? また人の部屋に勝手に……俺はまだ、寝足りなくて――」


 恭介はそこで意識が混濁する前の光景を思い出すと慌てて跳ね起き、周囲を見回して、


「い、色葉! ダッチワイフの化け物! ダッチワイフの化け物は……!」


 と、色葉に両肩をガッと掴み、問い質した。


「恭ちゃん? 寝ぼけてるの? ダッチワイフの化け物って……何?」


「えっ? あ……ありゃっ?」


 恭介は、ダッチなワイフを使用しようとした瞬間、押し返された。

 何が起きたか呆気にとられる中、恭介はダッチワイフの化け物に背後を取られ、そのまま締め落されて……


「……ゆ、夢かよ」


 淫夢からの悪夢であることが判明し、心底ほっとする恭介。

 しかしどうしてダッチワイフの化け物の夢なんて見てしまったのか、そもそもどこからが夢だったのか、それすら曖昧であった。


 いや、まあ実の姉がダッチワイフをプレゼントしてくるなんてよくよく考えてみればあり得ないし、そこからもう夢だったのだろう。


 現にベッドに横たわっていたはずのビニール人形は、跡形もなく消え去って――いなかった。


「ゆ、夢じゃ……ない?」


 なぜか空気が抜けてぺちゃんこになっていたものの、人形はだらりと服を着たままベッドに寝かせられていたのである。

 少なくとも姉にダッチワイフをプレゼントされたのは事実であったらしい。


 空気が抜けているのは、栓が外れてしまったのか、それとも途中で破裂でもして、それで気を失って変な夢を見たのか……


 どちらにせよ触った感触とかビニール人形のそれではなかったから、そのあたりから夢であったと思われた。

 仮に夢でなかったとしたら、どういう事態が考えられるだろうか?


「もしや……ダッチワイフの怨霊……?」


 お天狐様曰く、恭介にはそういうのを視る資質があるらしい。

 即ち、今まで捨てられてきたダッチワイフの霊が、恭介が譲り受けたダッチワイフに乗り移って……とかであったら怖いが、まあ夢だろう。


 それに霊が乗り移っていたことより、もっと怖いことがあった。

 それはこの場に色葉がいることである。


 もしも色葉にこの人形について言及でもされたらと思うと自然と冷や汗が溢れ出る。


「ねえ、恭ちゃん?」


 恭介はその問い掛けに、ぎくっとして顔だけを色葉に向けた。


「な……何すか……色葉さん?」


「その潰れた人形だけど……」


 やっぱり触れてきた色葉。そりゃそうだ。こんなのが目に入ればスルーできるはずもない。


「ああ……これね? これは……ねぇねのだ。ねぇねの」


「藍里さんの?」


「そうそう。服をね、コーディネートするのにこの人形に着せて選んでたわけよ。何で俺の部屋にあるかは謎だけど」


「へー、おちんちん弄ってたんじゃないの?」


「!」


 額にじんわりと冷汗が滲む。

 色葉はこのビニール人形の用途を把握しているご様子であった。


「いや、違うよ、色葉……これはそーいうんじゃなく、ねぇねのだから」


「ふ~ん、じゃあ何でおちんちん出してるの?」


「へっ? わっ!」


 慌てて身体を折り曲げ、両手で覆って大切な部分を隠す恭介。


「な、何でや!」


 何も穿いておらず、どうやらずっと露出したまま色葉と話していたらしい。


「恭ちゃん? 溜まってるなら、色葉が協力してあげよっか?」


 色葉が今更ながら頬を赤らめ、照れたように言ってきた。

 協力とやらが何のことかは気になったが、


「で……出てけぇ~っ!」


 恭介は、そんな色葉を怒号し、追い返したのだった。



          ◆



 色葉は自室に戻ると気が抜けたように壁に背をもたせかけて、


「よかった……無事で」


 と、安堵のため息を吐いた。


 本当は、恭介のすべてを受け入れるつもりであった。

 色葉は目を閉じて、身体を震わせて待っていた。


 しかしその時である。


 恭介が色葉の耳元で囁くように言った。


「……ゆ、結愛……」


 ――と。


 お人形さんだけでは物足りず、気分が乗らなかったのだろう。


 恭介はその時、結愛とそっくりな女優さんのDVDを流していた。

 気分を盛り上げるため、たっぷりと感情移入させていた結果の呟きだったのだろう。


 もしその呟きがなければ、多分今頃は互いに初めてを失っていた……と思う。


 しかしその言葉を呟かれては、さすがにダメだと思った。


「何でよりにもよって結愛さんの名前を……」


 玩具として使用されるのはいいが、結愛の代用としてされるのは気持ち的に耐えられなかったのだ。

 だからその瞬間、色葉は恭介の圧し掛かってきた身体を押し退け、唖然とした彼の後ろから飛びつき、チョークスリーパーで意識を飛ばしたのである。


 恭介の部屋で以前読んだことのある格闘マンガの知識と、勢いだけでやった。

 その場から離れるための策であったが、優愛への嫉妬も少し加わり、力が入りすぎてしまった気がした。

 慌てて着替えを済まし、覚醒に努めると、恭介はあっさりと目を覚ました。


 こんなことであれば、恭介が眠っている間にもう少しおちんちんと戯れておくべきであったかもしれない。


 目覚めなければ救急車を呼ぶ必要もあるかもしれないという焦りもあり、その間に色葉がしたことといえば、露出していたおちんちんに手を合わせ拝むという行為にとどまるのみであった。

 とにかく、そんな訳で色葉は、恭介に怒鳴られその現場を何とか誤魔化し……切れたかどうかは不明だが、その場を後にしたのだった。


 しかし、考えようによってはこれでよかったのかもしれない。


 やはり初めては、互いに確認し合ったうえでやるべきであろうし、そもそも自分たちにはまだ早すぎる行為であったかもしれないからだ。


 恭介と自分は例えばキスすらしたことのない、例えばおちんちんを握っただけで頬を赤らめてしまうようなプラトニックな関係だ。


 まずは順序を考えて、ファーストキスから始めよう。


「キス……どんな感じなのかな……?」


 いつもおちんちんのことで頭がいっぱいで、キスにまで気が回らなかった。

 当面の目標は、キスに定めることにする。


 そしてその欲求をオナニーにぶつけることにする。


 今日は恭介にたくさん触れられた。


 色葉は恭介に優しく触れたれた感触や、這った指の感覚を思い起こし、オナニーすることにした。

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