恭介、結愛とペアルックする。

「お、おっはよ……」


 いつもの通学路で待ち合わせた恭介は、いつもの制服姿ではなく、私服の結愛と朝の挨拶を交わす。


「お、おはよう……」


 今日は通学のために待ち合わせたのではなく、休日デートのための待ち合わせだった。


「えと……瀬奈君? ペアルック……してくれた?」


「お、おう……よ」


 と、視線を反らし、ぎこちない笑みで答える恭介。

 傍目から見たら初々しい高校生カップルであるが、この二人、実はオムツを穿いていた。


 結愛に関してはいつものことであるが、恭介に至ってはデビュー日。物心ついてからのオムツデビュー記念日であったりした。

 無論、オムツを穿いていかないという選択肢もあった。

 しかしオムツを穿けばキスをしていいとのことでの迷いに迷った挙句の決断だった。


 そして今尚、恭介は揺れていた。


 恭介はオムツを穿いてきた。即ち結愛にキスしていい権利が発生している状態であった。

 では、このままキスしていいかといえばそれはまた別の問題であったのだ。


「結愛……オムツは穿いてきた。ただ……キスしたくて穿いてきたわけじゃない。だ、だから……キスはしない」


 結愛は少し驚いた表情になっていた。

 正直、キスはしたい。だからオムツを穿いてきた。


 ただそれには問題があった。


 結愛の彼氏としてキスするのはいいかもしれないが、色葉の彼氏としてはあまりよろしくないからである。

 仮に結愛とキスしようと、色葉に言わなければばれないかもしれない。しかし結愛とはキスをしていないと嘘を吐いてしまった以上、自重すべきであろうとも思っていたのだ。


 ただ直前までその判断は揺れていて、オムツを穿いてきてしまった。

 というかそう宣言しても尚、後悔に揺れていた。

 だからここで、本当にキスしたくなる前に、この段階でその欲求を断ち切ることにしたのだ。


「オムツは購入したからペアルックとして今日は穿いてきたけど……多分、これっきりだから……その……とにかくキスするために穿いてきたんじゃないから……いいよな?」


 結愛は少し俯き加減に、


「う、うん……」


 と頷いて見せた。

 これで今日のキスはなくなった。

 勿体ないけど仕方ない。


 しかしそうなるとキスは高校を卒業するまでお預けになってしまうかもしれなかった。


 二人……里緒奈を入れてしまえば三人彼女がいる弊害だ。誰かだけ贔屓するのは童貞気質の高い正真正銘の童貞である恭介にできるわけがなかった。

 自分だけいい思いをしたところで、最終的に誰かとは別れなければならなくなり、そう考えると申し訳なく思い、あまり積極的になるわけにはいかなかったのだ。


 とはいえ、子供が出来るような真似をするわけでなく、キスくらいならいいんじゃないかという思いもあるのも事実だが……そんな感じで徐々にエスカレートしていき歯止めが効かなくなったら終わるかもしれないし、やはりここは抑制すべきなのである。


「え、えと……瀬奈君? 今日、遊園地……行くの……やめよっか?」


 結愛が申し訳なさそうに言ってきた。


「えっ? き、気分でも悪いの?」


 それともキスの件が気にでも障ったのだろうかと恭介はおずおずと訊いてみた。


「ああ、ううん。ち、違うの……」


 結愛は燦々と照りつける太陽を、手でひさしを作りながら見上げ、


「今日も暑くなりそうで……待ち時間とかも大変そうだし……涼しいところで過ごせたらなって……いきなり予定変更したらダメ……かな?」


「……別にダメじゃないよ。うん」


 てっきり結愛が気分を害したのかと思っていたが、そうでなくて一安心。


「ごめんね、急に予定変えちゃって……」


 特に行き先は決まっていないが、ここに留まっていても仕方なく、漠然と駅の方向に向かうように、恭介たちは歩き出した。


「じゃあ、どうすっか……」


 駅に到着までに決めなくてはならぬ。


「せ、瀬奈君はいつも……どんなところでお友達と遊ぶの?」


「どこっつわれても……あ、じゃあさ、ラウンドZEROにでもいく?」


 と、恭介はボウリングの玉を転がすような動作を小さく取って言った。


「あ、う~ん……で、できれば二人っきりになれる空間で遊びたいな」


「二人っきり? カラオケとか? 俺はあんま歌わんけど……カラオケならラウンドZEROにもあるよ?」


 ラウンドZERO――ボウリング場ではなく、ボウリングやバッティングセンター、ゲームやカラオケ等が楽しめる大型の複合アミューズメント施設である。


「そ、そうじゃなくて……瀬奈君この間、漫画喫茶に行ったって話してた……よね?」


 先日、朝倉に「ちょい付き合え」と唐突に誘われ、同行したのである。


「わたし、漫画喫茶に一度行ってみたいと思ってて……ダメ……かな?」


「ダメではないけど……デートするような場所なのか、あそこは……?」


「えっ? でも……調べたらカップルシートとか……あったよ?」


 漫画喫茶、学生のデートにはお値段的にもお手頃であるし、周囲に人もいるからあまりはしゃげないが、二人っきりの個別スペースでのんびり過ごすことができ、確かに悪くないデートスポットなのかもしれない。


「なるほど……ほんじゃいくか……?」


「う、うん……」


 結愛は頷くと、恭介にくっつくように寄り添い、手の甲と甲が触れたかと思ったら、少し汗ばんだ手をそっと絡めてきた。


 恭介はちょっと気恥ずかしくて周囲に人がいないのを確認してから、その手をぎゅっと握り返した……




「いらっしゃせー」


 恭介たちが訪れたのは、『遊感』という名のインターネットカフェだった。


 そして恭介は、受付カウンターに佇む、受付としては微妙に愛想が足りない男の顔を見て、軽く驚く。


「えっ? 朝倉? お前……ここで何してんの?」


「見ればわかんだろ? バイトだよ、バイト」


 恭介が通う東雲高生もよく利用する鉄道路線の合間にある駅前のお店である。知り合いに遭遇しても不思議ないことであるが、さすがに受付で出迎えられるとは思ってもみなかったのである。


「き、聞いてねーぞ」


 恭介は会員証を出しながら顔を引き攣らせつつ言った。

 どうやらこの間、『遊感』に誘われたのは、バイト先の視察を兼ねてのことであるらしかった。


「そりゃ言ってねーからな。つーか瀬奈? その娘は……」


 朝倉が後ろの結愛に視線を送ってから、


「……彼女か?」


 と、訊いてきた。


「あ、ああ……まあ……な」


 下手に隠しても仕方ない。朝倉は口が堅い男だ。ここは正直に白状して、これ以上噂が広まらぬように努めるべき状況だろう。


「そうか……お前の彼女か……つーか、意外過ぎんだろ?」


「ま、まあ俺には釣り合わなくらい可愛いからな」


「ああっ? そーじゃねーよ。俺はてっきり、お前は志田のことが好きなのかと思ってたからよ」


 と、朝倉は結愛に気を遣ってか、小さい声で恭介にだけ聞こえるように言ってきた。


「お、おう……まあ勘違いは誰にもあるよ。ははっ……」


 恭介は入学当時からつい色葉を目で追っていたかもしれないが、そこまで見抜いていようとは、相変わらず勘が鋭い奴である。


「それはそうと朝倉? 今日のことはクラスの奴らには黙っててな?」


 こんな可愛い彼女がいると知られたら暴動が起きかねないし、一緒のクラスの色葉にも何か申し訳ない。


「ああ……と、それよりとっととプランとか決めてくれ。次が来たらしい」


 朝倉は出入り口を見やりながら言って、


「ペアシートでいいのか?」


「ああ……うん」


 恭介は店内見取り図の空いているペアシートから適当な番号を選択してから後ろの結愛に問い掛ける。


「時間は……どうする?」


 長時間いるならパック料金の方がお得なのである。

 諸々を恭介に任せていた結愛は身を乗り出し、両金プランを見やって、少し考えてから、


「え、延長もできるんだよね? じゃあ……と、とりあえず三時間パックでお願いします」


 三時間もいれば延長することもそうなさそうではあるが、一時間だと短いような気もするし次が三時間であったので妥当な選択だったろう。


「かしこまりました――と、瀬奈? 席の場所はわかるよな?」


「えっ? ああ、大丈夫じゃね? 多分」


 恭介がそう答えつつ伝票を受け取ると、朝倉がひょいっと軽く頭を下げてきて、


「ごゆっくりどうぞ」


 と、見送ってくれたのであった。


 朝倉に頭を下げられることなど過去になく、新鮮だったので写メに残したかったが怒られそうだったので止めた。

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