恭介、姉のバイトを引き受ける。
帰宅した恭介は、制服を脱ぎながら小さく呟く。
「あー、とうとう明日か……」
結愛とペアルックデートの期日が明日に迫っていた。
「さて、どうすべきか……」
オムツを穿いて行くべきか、行かないべきか、それが問題だった。
恭介はキスがしたかった。オムツを穿いて行けばしてもいいらしい。
色葉との件もあるが、正直、キスくらいならいいかなという気持ちもあったりした。
「でもなぁ~……」
一応は付き合っているわけだが、片方だけそんな感じになっていくと、やはり気まずさだけが残る気がした。
それに、これ以上、色葉に嘘を吐きたくなかった。
「んー?」
恭介はその足音に振り返る。
そして足音は部屋の前で止まり、コンコンとノック音。
「恭く~ん? おかえりー? ちょっといいー?」
姉の藍里がドアを開け、にこにこ顔を覗き込ませてきた。
「な~に、ねぇね?」
「うん。恭くん? お姉ちゃん、恭くんに頼み事があるんだけどいいかな~?」
「あん? 何?」
「うん、ちょっとお姉ちゃんの部屋まで来て~」
恭介の手を取る藍里。
「えっ?」
藍里に手を引かれ、恭介に断る暇も与えられず、そのまま強引に藍里の部屋まで連れていかれた。
「んっ? えっ! ええっ?」
姉の部屋に入って目に飛び込んできたそれに――ベッドの上を占拠していた人型の物体に、恭介は目を丸くする。
藍里のベッドの上には、肌色率の高いビニール人形が横たわっていたのだ。
「ああ、それは編集さんからもらった資料用だよ?」
どうして姉の部屋にあるのか、恭介が唖然としていたら、訊く前に藍里がそう答えてくれた。
恭介も現物を見るのは初めてだが、それは伝説に聞く空気なる嫁、ダッチなワイフであったのだ。
藍里はプロのエロ漫画家さんであり、新作のダッチワイフが人間になる読み切りを描くため、編集部から送られてきたものであるらしかった。
「でね、恭くんにお願いなんだけど……使用してるとこ見せてくれるかな?」
「はぁ?」
「何かね、絵に臨場感が足りなくて……お姉ちゃんに、これ使ってるとこ見せてくれないかな?」
「そ、そんなんダメに決まってんでしょ?」
姉の前でダッチワイフを使用するなんてどんな罰ゲームかって話である。
「じゃあ、バイト代出すよ? 恭くん、プラステ4……だっけ? 新しいハード機欲しかったんでしょ?」
「そ、それはまあ……欲しいけど……」
若干気持ちが揺らぐ恭介であったが、バイト風景を考えるとぞっとし、首をぶるぶると強く振り、
「な、ないって。絶対に、ないですわ」
姉の前でそんなこと、ちょっとでも考えてしまった自分が怖い。
「断られちゃった。お姉ちゃん、しょんぼりんこ」
と、がっくりと項垂れる藍里。
「いや、わかるよね? そんなの断るって誰だってわかるよね?」
「それでも恭くんなら……恭くんならやってくれるって思ったの?」
「……お、弟にヘンテコな期待を寄せるのは止めてくれないかな? じゃ、じゃあ他に用がないなら俺も部屋に戻るから」
「あー、待って。待って。まだ頼みたいことがあるから」
「も、モデルならやらないよ?」
「モデルじゃなくて買出しを頼みたいの。いつもの画材屋さんに。頼めるかな?」
「えっ? だったら先にメールでもくれれば学校帰りに寄ったのに」
「ごめんね、急に必要なことに気付いちゃって。頼まれてくれるかな、恭くん? お釣りは取っといてもらっていいからさ」
と、五千円札とお買い物リストを差し出し言って来る藍里。
五千円札――リストにある品をすべて買ってもかなり余る。いいお駄賃である。これに関しては断る理由もなかった。
「しゃーない。わからなくてもそのメモ見せればお店の人が見繕ってくれるんだよね?」
「うん」
「わかった。他に夜食とか買ってきた方がいい? コンビニで揃うものなら買ってくるけど?」
「そう? じゃあ――」
そうして恭介は藍里のリクエストを聞き、お使いに出掛けることにしたのだった。
◆
「あれ、恭ちゃん?」
帰宅途中の色葉は、駅の構内で恭介とばったりと出くわした。
「おう、色葉……今帰り?」
「うん……」
色葉は疑いの眼差しを恭介に向けて、
「もしかしてこれから結愛さんとデート?」
「い、いんや。ちげーよ。ねぇねに頼まれてお買い物。岡地町の画材店。今日はもう自転車で往復するのがめんどいから電車で行くだけだよ」
そういえば恭介の姉である藍里は、どの雑誌に掲載されているかはなぜか教えてくれなかったが、漫画を描いているという話だった。
「んじゃ、乗り遅れるから」
恭介は色葉に断りを入れ、構内を早足で駆けて行った。
「そっか、恭ちゃん、しばらく帰らないのか……」
色葉は時刻表を見つつ計算する。
これから電車に乗り、画材屋さんに行って家に戻るまでは、早くても一時間は掛かり、家を空ける。
つまりは恭介のお部屋でオナニーをしていいよということだった。
早くお家に帰りたい。
しかし走るとオナニーに影響がでるかもしれない。
万全の態勢で臨みたいので、走って体力が消耗させるような愚行は犯さず、それでも足早に帰路についた。
「さて……」
心身ともにオナニーの準備は整った。
色葉は恭介の部屋に移るべく、屋根を伝って恭介の部屋に向かった。
「窓の鍵、開いてるといいけど……」
もしも閉まっていたら、この爆発しそうな感情をどこにぶつけていいか分からなくなってしまう。
色葉は恭介の部屋の前まで訪れると、そっと窓に手を掛けて確かめるが、鍵は掛かっていない。
「よ……し……」
なるべく音を立てぬよう、静かに窓をスライドさせる色葉。
「お邪魔し――」
色葉は恭介の部屋に顔を覗き込ませた瞬間、ハッとし顔を引っ込め、壁に貼りつくように身体を隠した。
「う、嘘……? 藍里さん……かな?」
藍里と思しき人影が、色葉の目に飛び込んできたのである。
恭介の部屋のお掃除でもしていたのだろうか……?
というか気付かれてしまったろうか?
「ま、マズい……」
緊張に心臓が大きく脈打った。
恭介が不在の部屋に何をしに訪れたか、変に勘繰られたことであるし、恭介に伝えられて普段からこうして侵入していることがばれたら今後のオナニータイムに影響がでるやもしれなかった。
となれば正々堂々恭介の部屋に遊びに来たと印象付けるべきだろう。
更には藍里から不在時の訪問については恭介に伝わらぬようにそれとなく言い含める必要もあった。
「お、落ち着け、色葉……わたしならできる!」
色葉は呼吸を整え、「よしっ!」と勢いをつけて窓をガラガラッと開け放ち、
「恭ちゃんいるー?」
普通に遊びに来ましたという風を装いつつ、明るいトーンで言った……
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