恭介、姉の御礼に困惑する。

「ねぇね、ただいまー」


 恭介は藍里の部屋のドア越しに声を掛けつつ、


「開けるよー」


 と、断りを入れドアノブに手を掛ける。


「う~ん」


 室内から返答があったので、ドアを開け放ち、室内全体をぱっと見回す。


 ない。


 家を出る前にベッドの上に横たわっていたダッチなワイフが消えていた。


「恭くん? どうしたの?」


「いや、何でも」


 おそらく必要なくなったので空気を抜いてクローゼットの中にでも放り込んでいるのだろう。


「はい、ねぇね。頼まれてたもの」


 恭介は画材店で買い揃えた道具一式が入った袋を藍里に手渡す。


「ありがとう、恭くん。ロールケーキは?」


「忘れてないよ。そっちは冷蔵庫」


「そっかー、ありがと。じゃあ、お姉ちゃんも何か御礼をしなくっちゃね?」


「お駄賃ならお釣りからもらってるけど?」


「そーじゃなくて、あっ、じゃあ漫画を描くのに使ったビニールのお人形さんを恭くんにあげるね?」


「い、いや……いりませんけど?」


「でももう、恭くんのお部屋にすぐ使えるようにスタンバイさせておいたよ?」


「えっ? 何をしてんの、ねぇねは……?」


「お姉ちゃんが着古していらなくなった服を着せておいたから、お姉ちゃんだと思って存分に可愛がってね?」


「そ、そんなん使えないって」


「遠慮しなくていいんだよ? 本物のお姉ちゃんに甘えるのはまだ抵抗あるでしょ? だからお人形さんから慣れていってね?」


 藍里はそう言いながら、恭介の背中を押し、部屋から追い出したのだった。


「え、遠慮とかじゃないんだけどな……」


 恭介は、愚痴りながら自室に戻る。


「お、おふぅ~……」


 恭介のベッドに先ほどのビニール人形が横たわっていた。

 しかも藍里のお古を着せられ、ウィッグまで被せられている。


「ブラ……つけてやんのな。つーことは……」


 スカートをめくってみると、案の定、パンティーまで穿かせられていた。

 とはいえ、お人形さんでそういうことを代用する気には恭介はなれなかった。


「とりあえず空気抜いて片すか……」


 空気を抜く栓は、おそらく服の下であろう。

 恭介が服を脱がそうと人形の腕をつかんで持ち上げようとした瞬間だ。


「えっ……」


 ずっしりとした重量感、そして温もりに恭介は目を丸くした。


 ただのビニール素材ではないのか、胸や腹、太腿に尻、順に確かめていったが、どうみてもビニールの感触を超えていた。

 更に抱き心地を頗るよく、その柔らかな肌からは温もりすら感じた。


 藍里が「すぐ使えるようにスタンバイさせておいた」と言っていたから、体温と同程度になるように温めておいてくれたらしかった。

 一見安物に見えるが、編集部から資料用に送られてきたダッチなワイフは、そこらで売っているものではなく、かなり高級な代物なのかもと、恭介は思った。


 気になるパンティーの中身も、何か途轍もなく気持ちよさそうだった。


「ちょっと使っちゃったりしてみよっかな……」


 よくよく考えてみれば、一度も使用せずに箪笥の肥やしにしまうというのは、プレゼントしてくれた姉に失礼ではなかろうか?


「うむ、そうに違いない」 


 そんなわけで恭介は、姉の礼儀に応えるため、それを使用することにした。


「戸締り、戸締り♪」


 色葉突如訪ねてきては困りもんだ。

 窓はしっかりと鍵を掛けておくことにする。


 しかしそれは無駄な用心であったりした。


 何故なら色葉は、既に恭介と同じ空間を共有していたからである。



 時間は少しばかり遡る。



 恭介の部屋に窓から忍び込もうとした色葉は、そこで藍里と思しき人影を見つけ、反射的に身を隠してしまった。


 しかしそのまま自身の部屋に戻っては、藍里に不審に思われてしまう可能性があったため、声を掛けて遊びに来た風を装うことにした。


「恭ちゃんいるー?」


 恭介の姿はもちろんない。

 そして藍里の姿すらそこにはなかった。


「……人形……?」


 藍里であると思った人影は、女物の衣服を着用したビニールの人形であったのである。


 というかこの人形って、もしかして……


 色葉は携帯電話を取り出し、閲覧したことのあるアダルトグッズの販売サイトに繋ぎ、その可能性があるワードで検索した。


「……や、やっぱり……」


 どこかで見覚えがあるような気がしたと思ったら、このビニール人形は、そういうのを目的に使用するものであるらしかった。

 服は……藍里の着古しだろうか? 以前藍里が着ていたような記憶があったので、ゴミを漁り再利用して着せているかもしれなかった。


「そんなことまでして慰めなくったって、色葉に言ってくれればよかったのに……」


 そうすれば、何だってしてあげたのである。

 まあ互いにそこまでの関係ではないので、致し方なかったかもしれない。


 しっかしいつから使用しているのだろう? この間、家探しした時は見つけられなかった。ここ最近は、毎晩使用していたりするのだろうか……?


「いいなぁ~……、わたしもこの人形に成り代わりたい」


 そうすれば、毎晩恭介に……

 想像するだけで身体が内側から火照り始める。


「…………」


 色葉は人形を無言でジッと見詰め、ぽつりと呟く。


「ちょっと、この中に入れないかな……?」


 ――と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る