恭介、苦しい言い訳をする。

「まさかとは思うけど……恭ちゃんが穿くの?」


 恭介の手にする成人用オムツを指さし、色葉が言ってきた。


 色葉の涙を目にし、テンパりすぎてそこまで気が回らず、結愛の件の疑いを晴らすため、普通にオムツを持ち出してしまったのである。


「い、いや……こ、このオムツは、だな……」


 恭介は収まりのいい答えを導き出すため、普段使用しない脳味噌をフル回転させて考えていた。


 正直に、結愛がペアルックしたいから購入させられたという回答は、結愛の名誉を傷つけてしまう恐れがあるので避けたかった。


「あ、ほらっ! う、宇宙飛行士もオムツするじゃん?」


 恭介は言ってから自問自答する。

 宇宙飛行士がオムツするから何なのだろうか、と。


 別に恭介は宇宙飛行士を目指しているわけでないし、何かトイレがいけないようなミッションに携わるわけでもない。


「え~っと、だから宇宙飛行士のコスプレ用だよ!」


 言い訳が苦しかろうと、恭介は、もう強引にそれで押し切ることにした。


「宇宙飛行士のコスプレ? 宇宙服はないのに?」


「い、いや……ハロウィンの……そう! ゾンビウィルスにやられて地球を脱出した宇宙飛行士が、宇宙服を脱いだ後にゾンビ化した宇宙ゾンビのコスプレだからな! ま、まあ……よくよく考えたら恥ずかしいので多分、止めるけどな!」


「何その設定? 本当は結愛さんと赤ちゃんプレイするために購入したんじゃないの?」


「……ち、ちげーよ! んなわけ……ないって!」


 慌てて否定する恭介に訝し気な視線を投げかける色葉。


「本当のこと言ってよ? もしそうなら色葉の前でも赤ちゃんしてくれたら許してあげるから」


「いやいやそれはないから。マジでないから」


「そっか……わかったよ、恭ちゃんがそこまで言うなら信じるよ」


 と、色葉がようやく納得してくれたのか、それとも単に追及を諦めてくれただけなのか、そう言ってくれた。


「そ、そうか……信じてもらえて何よりだよ、ははっ……」


 疲れがどっと押し寄せたように乾いた笑みを浮かべる恭介。

 色葉はチラッと恭介の部屋の置時計を見やってから、


「じゃあさ、恭ちゃんの言うことを信用する代わりに色葉の部屋に来てよ?」


「はっ? どうして?」


「たまには色葉の部屋であそぼ?」


「……う、う~ん?」


 何か魂胆があるのかもしれないが、それでもこれ以上この件に触れずにいてくれるのであらばここは色葉に従うべきかもしれないと恭介は思った。


「わかった。んじゃ行くか?」


 そんなわけで恭介たちは色葉の部屋に場所を移すことになった。


「まあ、こっちからのが近いしな……」


 別にしっかりと玄関から訪ねて行ってもよかったのだが、面倒なので窓から出入りする色葉を見習い、そのまま続くことにした。




「恭ちゃん、ちょっと待ってて」


 恭介が窓から色葉の部屋にお邪魔するのとほぼ同時に色葉はそう言うと部屋を出て行った。

 恭介は色葉の部屋に座り込み、室内を見回す。


 色葉と入れ替わって数日過ごしていた部屋。


「新しい下着、増えたりしてないかな……?」


 一瞬、タンスを漁ってみたい衝動に駆られるが、恭介は紳士であり、かつ色葉がいつ戻るか不明である状況なので断念。


 色葉をそのまま待つこと暫し――


「んっ? 戻ってきたかな……?」


 ドアの向こうから聞こえてくる足音が近づいてきたのである。

 そしてガチャリとドアが開いて、


「ごめんね、恭ちゃん。待たせちゃって」


 と、色葉。


「あら、恭介くんも来てたの?」


「は……い?」


 なぜか続いて里緒奈も姿を見せ、恭介は眉を顰める。


 里緒奈はそのまま部屋に入るとパタンとドアを閉めて、


「それで色葉? 用件は何なの?」


 里緒奈もどういう理由で召集されたのか聞かされていなかったらしく、妹の色葉にそう問い掛ける。


「うん、実はね、お姉ちゃん、恭ちゃんの清いおちんちんと唇が結愛さんに穢されたかもしれなくて――」


「い、色葉ちゃん!」


 恭介は慌てて色葉の言葉を遮って、


「何言ってんの! 違うよね? 誤解だって説明したよね? 俺の言うこと信じてくれるって言ったよね?」


「うん、色葉は恭ちゃんのことを信じるよ。でもお姉ちゃんはどう思うかなって?」


 と、色葉は里緒奈を見やりながら言った。


「そうね……もしそれが本当だったなら、恭介くんの彼女として、そして九条さんの副担任として捨て置けないわね」


「す、捨て置けないってリオ姉! 違うからね! 俺は別にやましいことは何もしてないからね!」


「やましいことはしてないけどやらしいことはした、と?」


「ち、違いますって! 何もしてないんですって!」


「本当に? まだ童貞なの?」


「そうっすよ!」


 胸を張って言うことでもないが、恭介はきっぱりと言い放つ。


「じゃあ、九条さんとキスもしてないのね?」


「えっ? は……はい。し、してないっす……よ?」


 と、後ろめたさが手伝ってか、少しばかり歯切れ悪く恭介は言った。


「なるほどね、わかったわ」


 里緒奈は納得したように頷くと、色葉に向き直り、


「それで色葉? あなたはどうしたいの? 恭介くんは否定しているわよ?」


「うん、わたしも恭ちゃんのこと信じたいけどこのままだと完璧には信じられないから完全に信じるために嘘発見器みたいのに掛けようかと思って。お姉ちゃんにもそこで協力してもらおうかと思ったの。いい? お姉ちゃん?」


「嘘発見器? よくわからないけど何を協力しろ、と? 嘘発見器を体感できるような施設があるから今から車を出せという解釈でいいのかしら?」


「ううん、嘘発見器は今お友達に連絡して持って来てもらってるとこで……」


 そこで色葉はチラッと時計の針を一瞥し、


「そろそろ約束の時間だから来る頃だと思うんだけど……」


 と、そう言ったその瞬間である。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


「あ、来たかも。ちょっと迎えに行って来るね」


 と、色葉は部屋を飛び出し、階段をパタパタと慌ただしく駆け下りて行った。


「……恭介くん、色葉の前で嘘を吐き通せる自信は?」


「う、嘘ってなんすか? お、俺は本当にやましいことなんて……」


「九条さんとキス……したのでしょ?」


「い、いえ……別に……したつっーか……」


 どきまぎとなる恭介。


「恭介くんは嘘を吐くのに向いていないのよ。嘘発見器とは言っても子供が入手できるということは通販で買えるようなちゃちな代物でしょう。でも最近のおもちゃはおもちゃといっても侮れないからしっかりと反応が出るかもしれない。そうなったら……所詮おもちゃだから精度は一〇〇パーセントではないってことにして乗り切るしかないでしょうね?」


「え、え~っと……リオ姉はもしかして俺に味方してくれるんすか?」


「恭介くんがキスしてることがバレたら色葉がまたショックで幼児退行しかねないからね」


「そ、そうすっね……」


 恭介は里緒奈の唇を見ながら言った。

 つまり今里緒奈にキスしても黙っていてくれるのだろうか?


 そんな不埒なことを考えていると、


「戻って来たわよ、恭介くん。気を引き締めて掛かりなさい」


「は、はい……」


 例え反応が出ても嘘発見器の方が誤作動しているという毅然とした態度で臨むわけだが、里緒奈がフォローもしてくれるかもしれないというのもあり、多少心強かった。


 そしてドアが開いて色葉、そしてもう一人、が姿を現す。


「お邪魔しま……あ、瀬奈君もいたんだ?」


 恭介を見て、その人物――天狐神社の巫女さん、神田清音が言った。


「お、おう……お前なのかよ? つーか嘘発見器とやらは?」


 清音はそれらしいものを持参している様子はなかったのである。


「……嘘発見器?」


 清音は里緒奈と目が合うと、軽く会釈をして、


「ああ、嘘発見器って説明したんだね? それで色葉さん? どこに用意すればいいの?」


「はい、清音さん。そこのテーブルにお願いします」


 清音は色葉にそう言われると、


「うん、いいよー」


 と、畳まれている用紙を懐から取り出し、テーブルの上に広げて見せた。


「えっ? これって……」


 その広げられた用紙に書き込まれた『はい』や『いいえ』や五〇音順に並んだ文字列、そして鳥居のマークはどう見ても……


「これ、コックリさんよね?」


 と。里緒奈もそれに気付いたらしく、そう指摘した。


 どうやら色葉の言う嘘発見器とは、コックリさんのことであるらしかった。

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