結愛、キスの条件を提示する。
「瀬奈君、あのお店だよ……」
結愛に言われ、視線の先を追って見た。
そこにあったのは『クナノナ』というジーンズやカジュアルな服などを取り揃えた若者向けのショップだった。
「ほうか……クナノナって何か売ってたっけ?」
特におしゃれ等に興味もなく、服屋さんにそう通うわけでないのでアクセサリーとかも揃えているかは不明であったのだ。
「まあ、いいや……行くか」
「えっ? 瀬奈君? どこ……行くの?」
小首を傾げ、不思議そうに問い掛けてくる結愛。
「どこって……クナノナでお買い物だしょ?」
「う、ううん……お隣……だよ?」
恭介は「んっ?」と眉を顰めて確かめるようにお隣のお店を指差して、
「……隣って、ドラッグストア……だぞ?」
そこは全国にチェーン展開する『hrl』というドラッグストアであったのである。
「うん、そう……いつもわたしが利用してるドラッグストア……だよ」
「えっ? ペアルックは? 何を買いに来たんだ、一体?」
「う、うん……とにかくここで買えるものだから」
「そう……なのか?」
よく分からないが、恭介は結愛に付き従い、『hrl』に入店した。
「えと……こっち……だよ?」
結愛に店内を案内され、そこへ辿り着く。
「んっ? こ、これって……」
恭介は、目の前にある商品に目を瞬かせる。
間違いなくそれは――
「う、うん……成人用の紙オムツ……わたしが穿いてるのとお揃い……だよ?」
「い、いや、ちょっと待て! そのペアルックはおかしい! どう考えてもおかしいぞ!」
抗議する恭介に結愛は不満そうな顔つきをする。
「で、でも……瀬奈君、身に着けてくれるって……」
「た、確かにそうかもだが……」
傍目から気付かれないようなペアルックなら構わないと思っていたのは確かだった。
とはいえそれがオムツだとは夢にも思わなかったのである。
「そ、そもそも俺は着ける必要がないですし!」
「で、でもわたしは着けて欲しいから……」
「いや、だから――って、んんっ?」
ちょっと興奮して大声を出し過ぎてしまったか、店内に複数の客がこちらを見てひそひそやっているのに気付いた。
「あのカップル、着ける着けないって何をもめてるのかしら?」
「ほら、あれよ。明るい家族計画――」
「あらイヤだ。まあ男の子だものね」
主婦っぽいおばちゃんたちのそんなやりとりである。
「つーか、明るい家族計画ってどこかで聞いた響きで……」
恭介は目に入った特売品のその商品と明るい家族計画という響きが完全に合致し、ハッとした。
どうやらあのおば様方は、若い学生カップルの男の方が全力で避妊具を装着するのを拒否してる図であると誤解していると気付いたのである。
とりあえず辺りを見回すも知った顔はなく、それは不幸中の幸いといったところか。
とはいえおもくそ地元なわけでこんなとこで揉め続けていたらよからぬ噂が立つ可能性がないとは限らなかった。
「い、行くぞ、結愛……!」
恭介は結愛が指定したオムツをパッとつかみ取り、一直線にレジに向かって直進し、会計を済ますため、オムツをポンッとレジに置いたのだった。
「お、オムツ……勢いで買っちゃったのはもう仕方ないけど……」
恭介は、店外に出ると結愛に愚痴るように言った。
他のお客さんの目を気にし、とりあえずその場から離れたいがためオムツを購入したものの、それを穿く気はさらさらなかったのだ。
いずれはお世話になる可能性はあるものの、今の恭介には必要がないものであったからである。
「それに……俺の部屋、ねぇね……姉貴が掃除してくれたりするから見つかったりすると色々と勘繰られそうなんだが……?」
本当は色葉に部屋を荒らされる可能性があるので部屋に置きたくなかったのだが、とりあえず結愛にはそう言った。
「……そ、そう……だね? じゃあ……わたしが預かるけど……一枚だけわたしておこう……かな?」
「一枚って?」
「こ、今度のデートでペアルックしたい……から」
どうやら結愛は本気らしかった。
「ぺ、ペアルック……結愛ちゃん、よく考えてみようか? それオムツである必要性はないよね? どうだろう? 難易度下げてTシャツとか……まずはその辺からチャレンジしてみませんかね?」
恭介は、妥協案としてそんなプランを提示してみた。
「え、えと……瀬奈君? またキスとかしたくない?」
恭介は、恥じらいつつ言う結愛の柔らかな唇の感触を思い出して、
「……き、キス……?」
と、息を呑み込んだ。
「……し、してもいいよ?」
「えっ? えっ? いや……」
恭介は慌てて周囲を見回して、
「さ、さすがにこんなとこじゃ……人の目もあるし」
人の目を憚らずそんなことをしちゃう度胸は恭介にはなかった。
「べ、別にここでってわけじゃないよ? 今度のデートでのお話……ね? 瀬奈君はキスとかしたく……ない?」
「そ、そりゃまあ……したいかしたくないで言ったら……したいと答えざるを得ないけど」
結愛とは一度したきりで、ご無沙汰であったのである。
始めからそんなことをしていなければともかく、一度してしまってその感覚を味わってしまったのなら、もう一度したいと思うのは仕方のないことであった。
「じゃあ……今度のデートでしても……いいよ?」
「えっ? ま、マジで……?」
「うん、でも一つだけ条件があるんだけど……」
「じょ、条件……?」
結愛は「う、うん……」と小さく頷くと、自転車のカゴに放り込んであった成人用オムツを指差して、
「こ、今度のデートで、ペアルックしてくれたら……キス……してもいいよ?」
と、キスの条件を提示してきたのだった。
◆
恭介たちの放課後デートを尾行しようとした色葉であったが、自称未来人のせいでいきなり出鼻を挫かれた。
「こっち……だと思うんだけど……」
ちょっとばかし早足で駆け、立ち止まると周囲を見回した。
歩いて行った方向からこちらで間違ってはいないと思うが、完全に二人を見失っていた。
もう追跡は不可能だろうか……?
「どうしよう?」
色葉はどうしたものかと思案し、携帯電話を取り出した。
恭介に電話をして後ろから聞こえてくるかもしれない雑音から居場所を突き止めようかと考えたのだ。
「……そんなの……できない」
二人が放課後デートすることは結愛に知らされているのに色葉がその最中に電話を掛けたら変に思われるかもしれなかった。
やはり今日のところは断念せざるを得ないだろうと思ったその時である。
「あれっ? あの自転車……」
とあるお店の入り口脇に、恭介が使用している型と同じタイプの自転車が止められているように見えた。
ちょっと離れていたので違うかもしれない。
というかそのお店というのがデートで訪れるようには思えない全国にチェーン展開されている単なるドラッグストアであるからおそらくは違うだろう。
とはいえこのままだと気持ち悪いので、それだけ確かめてから、実りのなさそうな尾行を中止するか判断することにし、駆け寄る。
「う~ん」
色葉はドラッグストアに止められていた自転車を眺め、渋い顔をする。
「やっぱり、恭ちゃんのっぽい……」
ドラッグストアで買い物しているということか?
中に入って確認したいのは山々であるが、入店したらこんな狭い店内であるから即バレしてしまうだろう。
とりあえず色葉は窓ガラス越しに店内を覗き込んでみて――
「ふわっ!」
慌てて色葉は駐車スペースに停められていた軽自動車の陰に身を潜ませた。
いたのである。二人が。そして買い物を終えたのか、手に何か商品をぶら下げた恭介が言う。
「お、オムツ……勢いで買っちゃったのはもう仕方ないけど……」
オムツを恭介が購入した? どういうことだろう? 恭介の家には赤ん坊なんていないはずだが……色葉は更に耳をそばだて、恭介の声に集中する。
「それに……俺の部屋、ねぇね……姉貴が掃除してくれたりするから見つかったりすると色々と勘繰られそうなんだが……?」
「……そ、そう……だね? じゃあ……」
ダメだ。
これ以上は遠ざかっていく二人の会話は聞き取れない。
気になるからといってこの場を飛び出したらすぐに見つかってしまう可能性が――
「……色葉ちゃん……よね?」
色葉は後ろから突然かけられた声にビクッと身体を震わし、表情を引き攣らせたまま振り返る。
「……あっ……ち、千代さんのお母さん……こ、こんにちは」
ちょっとした顔見知りであった。何度か家に遊びに行ったことがあるお友達――中学生の同級生である藤野千代の母親である。
「……こんなところでどうしたの? もしかして具合でも悪いの?」
駐車場で蹲っていたためそう見えたらしい。
「あ……いえ……靴の紐がほどけてしまって……」
色葉は靴ひもを結び直すような仕草をし、ゆっくりと立ち上がる。
「そう? 薬を買いに来たとかじゃないの?」
「は、はい。心配いりません」
色葉は答えつつ、恭介たちに存在が認識されていないかと振り返り、確認する。
とりあえずはこちらの存在を気にする様子もなく、二人の姿は遠ざかって行き、ホッと胸を撫で下ろす。
「あらっ? もしかしてあのカップル……色葉ちゃんのお知り合い?」
色葉の視線を目ざとく捕えてか、千代ママが訊いてきた。
「いえ……そういうわけでは……ありません」
恭介も結愛も千代の同級生ではあるわけだが、千代の家に遊びに行ったことはないであろう二人のことは覚えてはいない様子であった。
「そう……あのカップル千代や色葉ちゃんたちと同世代よね? なのにもうあんなこと……ちょっと不安になっちゃうわ」
と、頬に手を当てて顔を苦く歪める千代ママ。
「あんなこと? 不安……ですか?」
訳が分からず訊き返す色葉。
「う……ん、色葉ちゃんに言うのは何だけどさっきあのカップル店内でもめていたのよ。どうやら男の身勝手が過ぎてね」
「えっ? 恭……じゃなくて、あの男の子がどうかしたんですか?」
「ええ、女の子と一緒に避妊具を買いにきたようなのだけどね、男の子がそれを着けるのを頑なに拒否していたのよね」
「えっ!」
「同じ年頃の娘を持つ親として心配で。色葉ちゃんはしっかりしてるから大丈夫だとは思うけどうちの娘は頭が緩いから……色葉ちゃん? 千代に彼氏とかいたりするのかしら?」
「千代さんに? い、いえ……そんな話は聞いたことありません」
とはいえ高校に入ってからは知るところではないが。
「そう? もし今度会ったら千代に言っておいてくれないかしら。親のわたしより色葉ちゃんの言うことの方が聞きそうなのよね、あの娘は」
「は、はぁ……」
「それじゃあ色葉ちゃん、娘といつまでもお友達でいてね」
「はい。それは……こちらこそです」
と、にこやかに言って頭を下げた色葉であったが、内心穏やかではなかった。
何しろ恭介と結愛が既にそういう関係にあったかもしれなかったからだ。
それに恭介は避妊具の購入を拒否し、代わりにオムツを購入したらしかった。
「も、もしかして……結愛さんが……」
色葉はその答えに行きつき、あわあわとし出した。
「う、うそ……結愛さんが恭ちゃんのおちんちんで、着床しちゃってるってこと……なの?」
避妊具は必要なくてオムツが必要――つまり妊娠しているから避妊具なんて必要なく、生まれてくる赤ちゃんのためにオムツを用意したという可能性が出てきたのである。
もしそうならキスどころの騒ぎではなかった。
「恭ちゃん、嫌だよ……恭ちゃんのおちんちんは色葉のためにあるのに……」
信じたくはなかったが不安要素はある。最近の恭介は結愛のことばかり考えておちんちんをイジッているのを色葉は知っていた。
どうやら無垢だった恭介のおちんちんが結愛に穢されてしまったどうかを調査する必要があるらしかった。
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