粘着力
「あ、あなた……も、もしかして……フレイヤ鈴木……なの?」
櫻子は逆さにされ、大股を拡げながら、自身を恥ずかし固めで苦しめる彼女に訊いた。
フレイヤ鈴木の試合映像は、闘病中の有紀に付き合って何度か見せられた経験があり、もしやとそんな疑念を抱いたのである。
「ええ、そうよ。だったら……何?」
彼女はあっさりと自身がフレイヤ鈴木であることを認めた。
「あ、あなたの願いがもしわたしのものと一緒なら……フレイヤ……竜の苗をあなたに託すわ」
魔法少女を目指してこの場にいるということは、フレイヤも何かしらの願いを持ってのことと思われた。
そして先日、フレイヤは櫻子とおそらくは恭介を含めて接触してきた。
今までのフレイヤの口振りから、あの時に発した言葉は本意ではなく、こちらを煽り、奮起させるためのものかもしれなかった。
何よりあれが彼女も本心だとはあまり思いたくなかったし、もしそうなら櫻子と同じ願いである可能性だってあると思ったのだ。
「えっ? どうし……フレイ……ヤ?」
フレイヤはなぜか櫻子の拘束を解いたのだ。
そして立ち上がると櫻子を見下ろしながら言う。
「……なかなか甘っちょろい考えをしているわね、櫻子?」
櫻子も苦い顔で体勢を整えつつ、
「甘っちょろい? そんなことは……それでフレイヤ……あなたの願いは何なの? 教えなさい」
「わたしの願い……ふっ、そうね……早川琥珀の再起……わたしは神社でそう願ったわ」
「やっぱり!」
櫻子は嬉しくなった。そして明らかに自身より格上の彼女に託せば、何もかも上手くいく、とそう思った。
「何か勘違いしていない、櫻子? 人の願い何てものは、日々変化するものなのよ?」
櫻子はどことなく不穏な空気を感じ、眉根を寄せる。
「勘違いってどういうことですか? あなたは早川琥珀のためにこの戦いに参加したんですよね?」
「ええ、そうよ。けれど今更あの死にぞこないをリングの上に引っ張り出してきてどうしようっていうの?」
「!」
「確かに早川琥珀はわたしの憧れだったわ。でもそれは遠い過去の話。世界女王になった今、彼女は用済みよ」
「用済みって……それは本気で言っているの! じゃ、じゃあ、魔法少女の頂点に立ったとしたら、願いは……どうするつもりよ?」
「わたしの願いは強い相手と戦うこと……今は魔法少女として強い相手を求め、戦うのが願いと言えなくもないけど……」
フレイヤは腕組みをし、少し考えるような仕草を取ると、ふっと不敵な笑みを浮かべて、
「そうね……頂点に立ったら戦う相手すらいない状態というわけだから、この素敵なイベントを催してくれた神様とやらに戦ってくれるようお願いしてみようかしらね?」
「なっ! そんなくだらないことに願いを……? ふざけないでよ! もっと真剣な願いを叶えたい少女は山ほどいるのよ!」
「優勝のご褒美は勝者の特権……勝者になったら何を願ってもそれは自由……それが嫌なら……そして己の願いを叶えたいのなら、あなたが勝てばいいだけのことよ、櫻子……まあ、わたしに勝てればの話だけどね?」
「くっ……勝つわ……勝って見せるわよ!」
櫻子は凛として立ち上がり、決意を新たに言った。
「勇ましいのはいいけど櫻子……股間の絆創膏……剥げ掛けているわよ?」
「えっ!」
櫻子はハッとし股間を押え、確認する。
とりあえず剥がれている様子は見られなかった。
「び、びっくりさせないでよ……」
安堵して顔を上げた瞬間だ。
フレイヤのヒップアタックが炸裂。
「きゃっ!」
櫻子の身体が大きく弾き飛ばされていた。
更に転がった櫻子に関節を決めようと、フレイヤが手を掛ける。
どうやら絆創膏の話は櫻子に隙を生じさせるための嘘であったらしい。
「くっ……卑怯よ、フレイヤ……!」
「卑怯? 何が? 戦闘中に女であることを捨て切れていないあなたが悪い!」
「そんなの恥ずかしいんだから当然でしょう! いいから、は、離しなさいって!」
「そうはいかないわよ!」
櫻子の身体は仰け反るように下からフレイヤに持ち上げられ、ロメロスペシャルこと、吊り天井固めが決められた。
「いぎっ……ちょっと……痛いって! 痛いって!」
身体を大きく仰け反らしつつ、下のフレイヤに文句を垂れる櫻子。
「そう……だったもっと痛くしてあげるわ?」
そう言うと、更に締め付けをきつくした。
「い、いぎゃぁぁゃっっっっ!」
苦痛に悲鳴を上げる櫻子。
「観客がいるのよ? もっと可愛い声で鳴いてあげたら?」
「そ、そんな余裕、あ、あるわけ……」
カシャリ。
「えっ?」
その音に何事かと思って顔を横に向けたら、近くに携帯電話をこちらに向けた恭介が、無言で佇んでいた。
「こ、こんな時に写真なんて……それ以前にどうしてこんな近くで……?」
QBのマジック・ウォールにて隔離されていたはずであったが、いつの間に解除されたのか、恭介は自由に動き回れる状態であるらしかった。
恭介がピンチに陥った櫻子を助けようとしないのは、何があっても手助けしないよう言い含めておいたせいだからよしとしよう。しかし、それならばせめて動けない櫻子の代わりに魔法のステッキの回収をお願いしたいところであったが、なぜか彼はロメロスペシャルを決められた櫻子の周りをぐるぐると回り、写真を取り続けているだけであった。
「ねえ、櫻子? 訊いてもいいかしら?」
フレイヤが、薄い笑いが含んだような声音で言ってきた。
「な、何よ! 今、それどころじゃないわよ! 離しなさいって!」
「そう……じゃあ、話すわね?」
「そ、そっちの話すじゃないからっ! 離してって言ってるのよ!」
しかし櫻子の抗議はフレイヤに届かない。
「櫻子……あなたの股間の絆創膏だけど……まだしっかりと貼り付いていると思ってる?」
「えっ?」
先ほども剥がれ掛けていると言われた。
パッと見では確認できなかったが、あれは真実であったのだろうか?
「あなたの絆創膏には足りないものがあるのよ?」
「?」
「粘着力よ!」
「ね、粘着力って……」
絆創膏は、今まで一度だって剥がれ落ちたことがなかった。
「いや、けど……」
櫻子は直前、恭介に剃毛させていたことに気付く。もしかするとジェルが絆創膏に浸み込んで、剥がれやすくなっていたかもしれないと思ったのである。
だとしたらこんな体勢でいつまでもいられないわけだが、抜け出そうにもフレイヤがそれを許してはくれそうになかった。
「……櫻子……右側の地面をご覧なさい?」
唐突に、フレイヤが言ってきた。
「な、何よ……? こんな時に……?」
「いいから見てみなさいよ。面白いものがあるわよ?」
と、フレイヤは関節を弱めながら言った。
「面白いものって……こんな時に笑ってる余裕なんてないわよ」
反発しつつも櫻子は、顔と視線を右側の地面に向けた。
「えっ? う、嘘……」
それを目にした瞬間、血の気が引いた。
一枚の絆創膏が落ちていたのだ。
その絆創膏は、股間に貼られていたモノと同じものであった。
つまりは、股間をずっと露出させた状態でロメロスペシャル喰らっていたのである。
「あっ……瀬奈くん! そっちいっちゃ……!」
恭介が、櫻子の足側に回り込む。
そして――
カシャリ。
あられもない姿を、携帯電話にて撮影された。
「い、い、いやああぁぁぁぁっっっっ!」
櫻子は、心からの悲鳴を上げた。
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