決着

「おめでとう、サクラコ……キミの勝ちだ」


 訳が分からなかった。


 感情と魔力が爆発したと思った次の瞬間、QBがフレイヤとの間に割って入ってきてそう言ってきたのである。

 まだ何も終わっていなかったのに、である。


 呆然と立ち尽くしていると、フレイヤが言ってきた。


「完敗よ、櫻子……さん? わたしの竜の苗を受け取ってくれるわね?」


「ど、どうして? まだ、勝負は終わってないのに……?」


「覚醒したあなたに勝ち目なんてないわ」


「勝ち目はない? でも……あなたはまだ、本気を出していないわよね?」


「いえ、出していたわ。全力でやって覚醒前のあなたを抑え込むのがやっとだったわ」


「ど、どうしてそんな嘘を……? あなたはまだ、恥装にすらなっていないじゃない?」


「違うわ、櫻子さん……わたしにはね、恥装がないのよ」


「えっ?」


「恥装は恥ずかしいと思う心を魔力に転換させる仕組みなのは知っているでしょ? わたしは例えどんな恥装であろうと恥ずかしいとは思わないの。戦闘中は、ね」


 フレイヤは常に闘争心が恥辱心を上回り、例えば全裸であろうと恥辱よりも勝ちたいという想いが強く出て、恥装の効果を得られない体質であるとのことだった。

 フレイヤは、そういう意味で魔法少女としての素養がまったくなく、魔力を極力抑え、その類い稀な格闘センスだけで今までの戦闘を乗り切ってきていたらしかった。


 QBが、フレイヤではなく里緒奈の方を目に掛けていたのもそのためだった。

 フレイヤは、己に魔法少女の素養がないことは薄々感づいており、そんな折、彼女の前に現れたのが、魔法少女候補生となった櫻子であったのである。


「櫻子さん? あなたがわたしの正体に気付いた時、あなたはわたしに竜の苗を託そうとしたわよね? わたしも……同じだったのよ」


 フレイヤは、自身と同じ願いを持った櫻子が覚醒し、自身を上回る力を持ったなら、すべてを託そうと考え画策していたらしかった。

 やはり彼女が櫻子たちの前で有紀のことを悪く言ったのは、ヒール役を演じ、櫻子たちを発奮させるのが目的らしかった。


「わたしの力では限界がある。だからQBに協力してもらったの。あなたがそれで覚醒してくれるのであれば、あなたにすべてを託そう……と、そう思ってね」


 QBは強い魔法少女を育成するのを目的としていたので、櫻子が格闘センスだけで勝ち進んできたフレイヤを超えるのであらばと彼女の提案に乗ったらしかった。


 櫻子はそれに納得し、地面に落ちていた絆創膏を見やりながら、


「じゃあ……その絆創膏を用意したのもQBだったのね?」


 丸出しな状態を恭介に凝視され、あまつさえそんな場所を写メまで撮られ、恥ずかしさが限界突破した櫻子であったが、改めて股間を確認してみれば、しっかりと絆創膏は貼りついたままであったのだ。


 即ち、QBが何らかの能力で絆創膏を用意したと思ったのである。


 しかしその櫻子の考えは間違っていたらしく、


「違うよ、サクラコ……それを用意したのはキョーコだよ」


 と、QBが言った。


「えっ? 瀬奈くんが偶然に落したということ?」


「え~っと、落したというかそれとなく置いたといいますか……それが一番、種ちゃんの魔力を引き出せるかなぁ~、って……」


「わざと置いたってことなの? でも、剥がれたと言ってわたしを惑わしたのはフレイヤよ?」


「ええ、それは彼の案にわたしが乗せてもらったからよ」


 と、答えるフレイヤ。


「えっ? あれっ?」


 櫻子は困惑し、恭介とフレイヤの顔を交互に見やる。


「それってどういう……? 二人はずっと前から面識があったってこと……なの?」


 二人は櫻子を覚醒させるため、話し合ってそれを実行したらしかった。


 つまり二人はグルであったわけだが、いつから繋がりがあったのだろうか? まさか学校に訪ねてきた時から、二人は密に連絡を取り合っていたりしたのだろうか?


「ああ、違いますよ、種ちゃん先生!」


 恭介が櫻子の考えを否定するようにそう言って、どういうことか経緯を説明してくれた。


 先程の話の通り、フレイヤは、同じ志を持つ櫻子を覚醒させ、竜座の魔法少女に据えたいと考え、QBに相談していた。

 どうやら恭介をマジック・ウォールから解放する際、QBがフレイヤの件を恭介に語り、協力を仰いだらしかった。

 そうして恭介の思いついた作戦を、テレパシーの使えるQBがフレイヤに伝え、それに乗っかりフレイヤが実行したということであった。


「正直言って、それも最後の手段として考えていたの……でも実行せずに済んでよかったわ。できれば女性としてそんな真似はしたくなかったからね」


 さらっと怖いことを言うフレイヤ。


 恥ずかし固めで覚醒しないようであれば、本当に絆創膏を恭介の前で剥ぎ取ることも視野に入れていたらしかった。


「そ、そうですか……覚醒してよかったです」


 心よりそう思った櫻子に、フレイヤは申し訳なさそうに続けて言う。


「櫻子さん、あなたにすべて押し付けるような形になるのは心苦しいけど、後のことは頼むわ。わたしの竜の苗……受け取ってくれるわね」


「は、はい……」


 本来なら自身の手でと考えていたかもしれないし、悔しい感情もあっての決断かもしれないので、櫻子はそれを謹んで受け入れることにした。


 それはそうといつまでおパンツを被っているのだろう? フレイヤは真剣な話をしている最中、ずっとおパンツを被ったままであったのである。

 だが、まあ、いいだろう。フレイヤが櫻子の羞恥心を煽るためにやっているということは、恭介もわかっていることであるから、敢えて今、触れる必要性はあるまい。


「ありがとう、櫻子さん……」


 フレイヤはふっと微笑むと胸に手刀をずぼっと食い込ませ、櫻子たちをギョッとさせる。


 そして彼女はそのまま竜の苗を中から強引に取り出すと、櫻子へとそれを移行させた。


「櫻子さん……わたしの憧れである早川琥珀先輩のこと……お願いします」


「え、ええ……任せておいて」


 と、表情を引き攣らせつつ答える櫻子。


 これでフレイヤは断絶世界から消え去り、魔法少女であった時の記憶も抹消されるのである。


「あっ! そうか……その前にこれもお返ししないと……」


 フレイヤはそれまでずっと被り続けていたおパンツを外し、櫻子に差し出して来て、


「櫻子さんのパンツ……お返しします」


「なっ! それは……!」


 敢えて触れないでいたというのに、今更である。

 櫻子は慌てて恭介の視線を確認し、


「フレイヤさん! それ……わたしのじゃないですよね?」


 と、恭介に聞こえるよう、フレイヤに念を押すように言った。


「いえ、櫻子さん。これは正真正銘、櫻子さんの――」


 そしてそこでタイムアップ。

 フレイヤの姿は消失し、彼女の手から一枚のショーツが地面にパサリッと落ちた。

 

 「ち、違う……からね!」


 櫻子は落ちたショーツを拾い上げると、釈明するように恭介に言った。


「あ、はい……わかってますから」


 顔を背ける恭介は、言葉とは裏腹に、まったく信じてくれている様子はなかった。

 彼を信じ込ませるにはどうするか、本当ならフレイヤに説明してもらえばよかったが、例え現実世界に戻ってもその辺の記憶をごっそり失った彼女にはそれももう不可能だろう。


 櫻子は、ショーツを見詰めて考えていると、


「あ、あれっ? こ、これって……」


 あることに気付き、恭介を手招きして呼び寄せる。


「えっ? な、何すか、種ちゃん先生?」


 櫻子は頬を染めつつ、自身のショーツを差し出し、教え子に言う。


「せ、瀬奈くん? このパンツの匂いを嗅いでみてくれる?」


「ええっ! お、俺はそういう趣味ないっす!」


 櫻子は逃げようとする恭介の腕をガシッとつかんで引き寄せると、羽交い絞めにしてそのまま手にしていたショーツを恭介の鼻と口を塞ぐように押し当てる。


「ふんぐっ!」


 もしかしたら息を止めているかもしれない。

 一分程この状態を保つことにすると、


「ぷはぁ~……すぅ~、はぁ~」


 やはり息を止めていたらしく、耐えられなくなったようで、櫻子のショーツで口と鼻を覆ったまま、荒く呼吸を開始した。


 とりあえずこんなものかと恭介の拘束を解き、彼に恥じらいつつ問い掛ける。


「ど、どう……だった? わたしのパンツの匂いは……?」


 恭介は気まずげに目を泳がせつつ、


「あ、ああ……はい。何と言いますか……種ちゃんの排泄物はとても食欲をそそるスパイシーな香りがして……」


 その瞬間、櫻子はカッと目を見開き、


「カレーよ! フレイヤ鈴木がわたしのパンツにカレーを塗ったくったのよ! わかった? わかってるわよね!」


「そ、そんな剣幕で怒らなくても……ちょっとしたジョークなんすから」


「怒るわよ! こんな時に冗談なんていらないわよ!」


「そ、そうすっね……あ、俺、ちょっと……」


 櫻子は、逃げるように後退り、距離を取り出した恭介を呼び止める。


「瀬奈くん? どこへ行く気? ここは断絶空間の中なのよ?」 


「はい。種ちゃんのステッキを回収してきますんで、ここで待っててください」


 櫻子の小言を聞きたくないための方便か、恭介はそう言うと一目散に駆け出した。

 それを腰に手を当て仁王立ちで見送る櫻子。


「まったく、もう……」


 しかし誤解は解けたようなのでよしとすることにする。


 とはいえ、よくよく考えれば誤解を解く必要性は全くなかったのかもしれない。


 なぜなら恭介は、これで魔法少女関連の記憶をすべて失ってしまうからだ。

 櫻子が恭介の前でしてきた恥ずかしい行為は恭介が魔法少女の資格を失うと同時に彼の中からすべて抹消される。


 公園にて絆創膏三枚で歩いているところを目撃されから、いろいろ考えた結果、それがベストであると考え彼を引き込んだのである。


「今までありがとうね、瀬奈くん……」


 彼がいなければここまでこれていなかったろう。

 その点は感謝しかない。


 しかしいつまでも自身の恥ずかしい記憶を有したままに彼を放置しておくわけにはいかなかった。

 竜座の魔法少女にほぼ確定した今、もう彼の力を借りる必要性はない。


「せっかくだし、試してみようかしらね……」


 櫻子には、竜の苗と一緒にフレイヤから引き継いだガントレットがあった。

 せっかくなので恭介で試し撃ちしてみることにしたのである。


 櫻子は、ガントレットを嵌めた両腕を伸ばし、手の甲だけを合わし照準を合わす。


「さようなら、プリティーキョーコとしての瀬奈くん……」


 そして、恭介の背中に向け、〈竜の牙〉をぶっ放ったのだった……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る