びーちくぱーちく

 里緒奈は両手でぺしぺしっと教鞭を弄びつつ、コンクリートの地面をヒールで踏み鳴らし、こちらに歩み寄る。


「――って、ちょっと待った! そこでスト~プ!」


 櫻子は慌てて手を出し、制止を掛けて、


「こ、このままやってもわたしにはまったくの勝ち目がないわ」


「……降参するつもりかしら? あなたには、最終恥装の実験台になってもらわなくては困るのだけど?」


「だ、誰も降参する何て言ってないわ! 前言を撤回させてもらうだけ。さっきプリティーキョーコは戦わないって言ったけどあれは嘘! 二人でかからせてもらうわ?」


「端からそのつもりだったのでしょ? 何を今更」


 どうやら里緒奈は、戦闘には参加していなかった恭介にもずっと注意を払い続け、警戒を怠っていなかった様子であった。


 よってこの宣言により里緒奈が動揺することなど欠片もなかった。


「と、とにかくそういうわけだから作戦会議ね? 一分だけ……ほんのちょっとだけ待って!」


「いいわ。好きになさい」


 櫻子は、余裕をぶっこいて言う里緒奈に感謝しつつ、ダっと恭介の許に駆け寄る。


「んんっ? どうし……あっ……」


 走ってくる櫻子を見てどきまぎと視線を反らす恭介にハッとし、片手で胸を押えつつ、


「目、閉じなさい!」


「えっ? あっ……はい!」


 恭介は言われた通りにぎゅっと目を瞑って、


「ど、どういう状況で……? ってか、リオ姉の衣装普段通りなのに何であんな魔力値に……?」


 距離や角度的に、恭介は里緒奈の最終恥装の意味にまだ気付いていないらしかった。


「せ、説明している暇はないわ」


 櫻子は恭介の後ろに回り込んで、彼の両目を両手で覆った。


「えっ? な、何? あんま密着されると……えっ?」


 櫻子の胸が恭介の背中に当たっていて、


「う、うるさいわね……だ、黙りなさい!」


 赤面しながら言った。


 こちらだって恥ずかしい。恥ずかしいが、里緒奈を一撃で仕留めるために魔力を補充するにはちょうど良く、更に胸を押し付けるように身体を密着させる。


「ふぎっ……た、種ちゃん……先生?」


 恭介の身体が強張り、心臓の鼓動さえ伝わってきそうだった。


「種ちゃんじゃない。協力なさい、プリティーキョーコ……」


 と、櫻子は恭介の耳元で囁くように言った。


「へっ? 協力はしますけど、こ、この状態でどうしろと……?」


「普通にしてくれてればいいわ」


「ふ、普通にって! この状態で普通にってどういうことです?」


 櫻子は恭介の問い掛けを軽く無視して、里緒奈に顔を向け、声を張り上げる。


「いいわ! 来なさい! 準備が整ったわ!」


 里緒奈はこちらにゆっくりと歩み寄りつつ、櫻子たちを見ながら怪訝そうに言う。


「準備? 準備というのは? 何がどうできたというのかしら? わたしには戯れているようにしか見えないけど?」


 確かに傍目から見たら、恭介を後ろから「誰~だ?」と戯れているようにしか見えず、まったく戦闘準備か整っているようには思えないのは櫻子も承知していた。


 しかしこれでよかったのである。


「プリティーキョーコ……いいわよ。見なさい。彼女の最終恥装を……」


 櫻子は、里緒奈が至近距離まで近づいたところで、恭介の両の目から塞いでいた手をどけてやった。


「えっ? どうすんです? マシで、これ?」


 眼前の里緒奈にビクッと身体を震わす恭介に、櫻子は言う。


「見なさい。彼女の最終恥装を……」


「最終恥装って……ただ……あをっ!」 


 ようやく彼女の最終恥装に気付き、あたふたと顔を背ける恭介。


 櫻子は、そんな彼の頭をがしっと掴み、里緒奈をしっかりと見据えるようにぎぎぎっと向かせて、


「志田里緒奈先生?」


「んっ?」


 里緒奈は櫻子の呼び掛けにピタッと足を止め、顔をしかめる。


「なるほど。わたしを嵌めようとしていたのだし、こちらのことはある程度は調査済みというわけね?」


「そういうことです。ところで志田先生? こちらの彼女……誰だかわかりますか?」


 里緒奈はジッと恭介の顔を見やりつつ、


「んっ? もしかしてあなたたち……うちの生徒だったりするのかしら?」


 里緒奈にはしっかりと魔法少女エフェクトがかかっている様子であった。


「違いますよ、でも彼女のことはよく知っているはずです。教えてあげましょうか? 彼女の名前を?」


「えっ? な、何を言っちゃってるんですか、種ちゃん先生?」


 どきまぎとする恭介をよそに、櫻子は里緒奈に告げる。


「彼女の……いえ、彼の名は、瀬奈恭介……ご存知ですよね? あなたの彼氏である瀬奈恭介くんです」


「えっ……恭介……くん? そんな馬鹿なこと……が?」


 そこで里緒奈の表情が固まる。


「なん…で……? 男の子が……魔法……」


 どうやら恭介を恭介と認識させてあげることで、魔法少女エフェクトの解除に成功したらしかった。


「そんな……だって……わたしは恥装を……」


 そこで里緒奈は今の状態が最終恥装だと思い出したらしく、胸を両手で覆ってしゃがみ込み、


「い、いややややぁぁぁぁっっっっっ!」


 悲鳴と共に、魔力を大きく膨らませて――






 里緒奈は、QBに竜座の魔法少女候補生の中で誰よりも乙女でピュアであると称されていた。


 魔法少女は処女しかなれない。


 女子高、女子大に通い、今は母校の聖泉女子で教員を務める里緒奈は、その見た目とは裏腹に、実は誰よりも乙女で、男性に免疫がなかったのである。

 何なら櫻子と同様、まともに男性の手を握ったこともなかったかもしれないし、男性に裸を晒したことなども当然なかったのだろう。


 彼女の狼狽えっぷりが半端なかった。

 あの爆発的な魔力を自身に向けられていたら一溜りもなかったに違いない。


 しかしそうなる前に、櫻子は動いた。


 取り乱した彼女の隙をつき、一撃を入れるのは赤子の手をひねるよりも容易かった。

 卑怯な手であったかもしれない。

 彼女の敗因は、いるはずのない男性の前で最終恥装になったこと。


 最終恥装にさえならなければ、結果は逆となっていただろう。


 即ち、この竜の苗争奪戦に勝利を収めたのは櫻子の方であった。

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