占い師

 櫻子は、パンツを穿いていなかった。


 別に今回はおパンツ強盗に盗まれたわけじゃなかったし、忘れたわけでもなかった。

 自身の意志で穿かなかったのである。


 教壇に立ち、生徒たちの視線を集める。

 穢れなき生徒たちの眼差し。


 もしここでバレてしまったらと思うと恥ずかしく、櫻子の内なる部分からどくどくと溢れ出て、止らくなっているのが感じられた。


 今日の放課後、竜の苗保持者第二位の魔法少女候補生と相対する予定であり、万全を期すためだったが、このままならすぐに魔力が満ちそうであった。

 朝方、恭介が訪ねてきた際、第二位の保持者が想定していた志田色葉ではなく、姉の志田里緒奈であるということが判明した。


 このまま放置しておいて相手方のレベルが上がると厄介なため、今日の放課後に奇襲をかけると恭介に告げた。


 すると彼は何とか話し合いで解決できないかと言ってきた。


 無論、拒否した。


 櫻子は、里緒奈のことを一度見かけたことがあった。

 聡明そうな女性であり、下手したら恭介の方が丸め込まれ兼ねない。

 そんな訳で恭介を里緒奈の許に話し合いに行かせるなんて戦力を無償で提供することになり兼ねず、何があってもできやしなかった。


 それに例え相手が知り合いだからといって、話し合いという選択肢は端からないのである。


 魔法少女候補生となった少女たちには何かしら願いがあり話し合って解決できないのは分かりきったことだからである。


「今日中に決着をつけないと……」


 恭介と里緒奈……対話の時間を与える前に彼女を倒す必要があった。


 幸い、この調子であれば魔力が満ちるのも時間の問題であった。

 これで恭介の協力を得て二人で掛かれば負けることはないと思う。

 ただ、櫻子は里緒奈とまともな手段で戦うつもりはなく、万全の態勢で挑むのは念のための保険に過ぎなかった。


 櫻子は婦警さんにやられたことを里緒奈にするつもりであったのである。卑怯者のそしりを受けようと、知ったことではない。


 まずは勝つこと。


 勝たなくては琥珀を闇の中から救い出せないのだから。



          ◆



 何年振りとなろうか、里緒奈は久々に隣町のアーケード商店街に訪れていた。


 近所に次々とできた大型スーパーのせいもあり、子供の頃より更に廃れ、人通りもまばらとなっている。


 里緒奈がこの寂れた商店街に足を運んだのは、地域密着型の商店街に貢献するため買い物をしに来たわけでなく、恭介に電話で呼びつけられたからだった。

 妙に深刻なトーンで大切な話があると切り出され、尚且つ急ぎであるとのことで、恭介の呼び出しに応じてやることにしたのだ。


 しかしなぜこんな廃れた商店街を待ち合わせ場所に選んだのか、その辺は謎だった。

 というか、待ち合わせ場所に五分遅れて到着したというのに、指定されたモニュメントの前に恭介らしき人影は見当たらない。


 人を呼びつけといて遅刻とはどういう了見であろうか?

 里緒奈は少し腹立たし気に携帯電話を取り出し、恭介に電話した。


『――あっ! もしもしリオ姉?』


「ええ、今どこよ?」


 と、わざと苛立たしさを声音に乗せるように里緒奈は問い掛けた。


『す、すんません。もう着きましたか? 今そっちに向かってますんで! 十分で行きます!』


「人を呼びつけておいて遅れてくるとはいい度胸じゃない? 五分で来なさい。それ以上は待たないわよ」


『えっ? あっ……はい、急ぎますんでそっから……商店街から離れないでください!』


 慌てた様子で言い放ち、電話は切れた。


 しかし本当に、どういった用件で呼びつけたのか、仮初の恋人関係になってから恭介が里緒奈を呼びつけるなんて始めであったのだ。


 とにかくベンチにでも腰掛けて待たせてもらうことにした。


「ちょっとそこのお人……?」


 ベンチに腰を下ろそうとした瞬間、そんな自身に呼び掛けるような声が聞こえ、そちらに顔を向けた。


 声の主は全身を紫色で固めた神秘的な印象を与える衣装を身に纏った女性であり、水晶玉やらの小道具も加わり、一目で占い師であると察することができた。

 周囲を見回すも人影はなく、フードを目深にかぶった占い師の顔がこちらをまっすぐに向いていることから、彼女が自身に声を掛けてきたのは間違いない様子だった。


 里緒奈は少し気だるげなに立ち上がり、占い師の女性に歩み寄ると、


「……わたしに何か用ですか?」


 占い師は紫色のルージュが引かれた唇の隅を歪め、そしてその唇を徐に開かせる。


「……あなたは今、人生に迷っていますね?」


「いえ、特に」


 きっぱりと答えて踵を返して里緒奈は去る。


「――って、ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて引き止めてくる占い師。


 先ほどまで演出しようとしていた神秘性はどこへやらである。

 占い師なんて適当に誰にでも当てはまりそうなことを抽象的な表現で言って、客を信じ込ませて金を巻き上げるのが仕事だろうに、こうなってしまったらおしまいだろう。


 とりあえず里緒奈は占い師に胡散臭げな視線を送りつつ、


「……はい? 何でしょうか?」


 と、訊いた。


「あ、あなたは大きな願いを実現さすべく邁進している……違いますか!」


 必死である。


「違いますね。失礼します」


「いや、ちょっと待ってください! あなたにはそういう相が出ているのです! いいから座って、わたしの占いに付き合って下さい!」


「遠慮するわ。人と待ち合わせをしているのよ」


「じゃ、じゃあその待ち時間だけでいいのでよかったら占わせてください! 無料で構いませんから!」


 里緒奈は訝し気な表情で、占い師を見やる。


「無料……ですか?? 対価もなしに占ってあなたに何か得があるの?」


「はい。先日から占い業を始めたんですがお客さんが全然来なくて……練習もしたいし、当たれば呼び水になり得るかと思いまして……お願いできませんか?」


 打算ありきの無料であるらしかった。


 しかしこんな廃れた商店街でお客さんが来ないと嘆くのはいかがなものか。どう考えても見通しが甘すぎる。立地条件が最悪すぎる。どうして占いを好む客層をこの立地で取り込めると思ったのだろうか?


「まあ……いいわ。わたしの彼氏がくるまで付き合ってあげるわ」


 里緒奈は占いの類は別段信用しているわけではないが、遊びとしては嫌いではなかったりした。それに無料であるし丁度良い時間潰しになる。


「あ、ありがとうございます。ではそちらに座ってください」


 占い師のお姉さんが里緒奈を対面に座るように促した。


「それで……何を占って下さるのかしら?」


 里緒奈は腰かけると同時に、占い師を真っ直ぐに見据えるようにして言った。


「はい……占って欲しい案件はありますか?」


「いえ、ないわね……」


「そうですか……では、全体を見ていきましょう」


 占い師はそう言うと、眼前の水晶玉に手をかざしつつ、


「先ほども言いましたがあなたは今、一つの願いを叶えるために日々邁進している……違いますか?」


「……そうね……当たっているといえば当たっているわ」


 里緒奈は今、魔法少女候補生として日夜同じ候補生たちと戦闘を繰り返していた。

 そのことを言っているのであれば正解かもしれないが、どんな人間であろうと何かしら目先の目標くらいあるだろうし、占い師は誰にでも当てはまることを言っているに過ぎなかった。


「そうですか……では次に恋愛について占ってみましょう」


 恋愛――先ほど彼氏を待っていると発言したため、それについて不安がらせるようなことを言って来るのだろうか?


 占い師は水晶玉の前に両手をかざしつつ、


「なるほど……あなたの彼氏さんの姿が視えてきました……若い……もしかしてまだ学生さんでしょうか?」


「んっ……」


 里緒奈は眉を顰めた。


 恭介のことであれば大正解である。


「あまりよくないものが視えますね」


 占い師は暫し黙考して、


「言い難いのだけれど……ずばり言ってもよろしいかしら?」


 と、里緒奈に訊いてきた。


「構いません。続けてください」


「わかりました。ではあなたに忠告させてください。今現在付き合っている男性とはお別れなさい」


 本当にずばり言ってきた。


「……理由を訊いても?」


「はい。あなたが今お付き合いしている男性はあなた以外にも付き合っている女性かいます。二股……いえ三股……おそらくは今後も増えていくと思われるからです」


「…………」


 はてさて、どうしてそんなことが分かったのか?

 当てずっぽうにしてはぼかさずにピンポイントについてきていた。

 偶然か、それとも事前に里緒奈は恭介のことを漏らすような発言をしていたのか?

 偶然や事前に情報を得ていたというわけでなければ、本当にそういった能力があるということとなる。


 魔法少女がいるこの世界であるから、そういった類の能力があっても不思議ではないが。


「聡明なあなたには、もっと相応しい男性が近いうちに現れます。この水晶玉に両の掌をつけてください」


「……なぜです?」


「これから出会う、運命の男性の姿を頭の中に映し出して差し上げます。さあ、どうぞ……」


 占い師は水晶玉に手を付けるよう里緒奈に促す。


「……これに手を付ける? 電気がパチッと走る仕組みとかじゃないでしょうね?」


「そんな仕掛けはございません。手を付け目を閉じ深く念ずれば、あなたの未来のパートナーの姿が視えてくることでしょう」


 こんなものに手をつけて将来のビジョンが視えてくるというのか?


 里緒奈は訝し気に何の変哲もない水晶玉を覗き込む。


「わかりました」


 彼女が本物の能力者かどうか確かめたくなった。

 仮に違うというなら、その時はその時である。


 里緒奈は一息ついてから水晶玉に手を付け、静かに瞼を落した……


「深く念じてください? よろしいですか……?」


「はい……」


 里緒奈は素直に従って、そう答えた瞬間である。


 カチッ、カチャリ。


「?」


 その物音と手首に感じたひんやりとした感触にハッとし、目を開けた。


「……これは……どういうつもりかしらね?」


 どういう状況か、里緒奈の両の手首には、玩具の手錠が嵌められていたのである。


「ふふっ……これであなたはもう魔法少女に変身できなくなったでしょ?」


「!」


 魔法少女……どうしてその単語が……?


「そう……そういうことだったのね……」


 占い師がフードを脱ぐ。


 そして里緒奈は、魔法少女に変身を遂げた占い師に、断絶世界へと誘われる。


「……あらっ? お出迎え?」


 敵は二人か?


 占い師だった魔法少女の背後にもう一人の魔法少女が控えていたのである。


 用意周到。占い師は里緒奈の変身を防ぐため手錠をかけて断絶世界に引き込み、更に二人で迎え撃とうと画策していたのである。


「悪く思わないでね。こっちもなりふり構っていられなくてね」


 占い師はそう言うと、錫杖のような形をした魔法のステッキを、里緒奈に向けてきたのだった。

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