ペニー君とミギッテちゃん

「……い、色葉……頼みがあるんだが……」


 恭介は意を決し、言う。


「お前の竜の苗……こっちに譲ってくれねーか?」


 話し合いで何とかなればやはりそれが一番なのだ。


「えっ? どうして恭ちゃんがそんなの欲しがるの?」


 男である恭介が竜の苗を欲しがるのは不自然であるし、真実を話せばこちらの竜の苗が奪われるかもしれぬ。自身が魔法少女候補生である事実も隠しておくべきだろう。


「ちょっと頼まれたんだ。竜の苗がどんなものかしれないが色葉から回収してきてくれないかってな」


「ふ~ん、誰から? 藍里さん?」


「うんにゃ、ねぇねじゃねー。ってか、名前は伏せるけどちょっとその人に恩があってな。とはいえお前もはいそうですかって俺にその竜の苗とやらを簡単には渡せないだろう? どうだろう、ここは交換条件ということで?」


「? 交換条件って何それ? どういうこと?」


「あー、何だ? お前は天狐神社でどんな願いをしたんだ?」


「えっ?」


 ちょっと驚いたようになった色葉は、頬をほんのり朱色に染めて、


「べ、別に恭ちゃんには関係ないでしょ」


「いや、交換条件って言ったろ? つまりお前の竜の苗とその願いを俺が満たすことで交換しようじゃねーか、って話なんだが……?」


「えっ? あっ! これって……もしかしてまたわたしの願いを神様が叶えてくれたってこと?」


 やはり色葉がした願いは恭介に関するものだったらしく、色葉は顔を輝かせて言った。


「どうとってもらっても構わんが……俺にできることならってことだぞ? この前みたいに身体を入れ替えてくれって言われても無理だし行き過ぎた行為もNGだ」


「うん、その辺は大丈夫……」


 どうやら色葉の願いは恭介単独で叶えてやることが可能であるらしかった。

 これで戦わずして済むならそれに越したことがないわけだが……


「それで色葉……お前はどんな願いをしたんだ?」


 問題はそこだった。到底不可能な願いなら諦めて別の手段を取るしかないだろう。


「子供っぽい願いだけど……いいかな?」


「いいけど……何だよ?」


「うん、笑わないで聞いてくれる? 恭ちゃんとお人形さん遊びみたいなことしたいなって……ダメかな?」


「んっ? お人形さん遊びって……」


 何だそりゃ、楽勝じゃないかと心の中でガッツポーズを取る恭介。

 もっと無理難題を吹っ掛けられるかと思っていたが杞憂であったらしい。


 おそらく幼児退行をしたせいでそういった幼稚性が目覚め、子供の頃できなかったそんな欲求が湧き上がったのだろう。しかし今更そんなお願いを恭介にするのは恥かしく、神社で手を合わせたのだと思われた。


「いいぞ色葉。お人形さんごっこ。それくらいならいくらでも付き合ってやんよ」


 こんなことで竜の苗が手に入るなら定期的に付き合ってあげてもいいくらいであった。


「じゃ、じゃあ、ちょっと待ってね……」


 色葉はお尻をこちらに向け、机の引き出しを漁り、一冊のノートをひっぱり出してきて、恭介に差し出した。


 そのノートの表紙にマジックで書かれた『ペニー君とミギッテちゃん』の文字に恭介は眉根を寄せる。


「色葉? 何これ?」


「台本だよ。この日のために色葉が書き上げたの」


「ほぉ~……本格的なんだな?」


 恭介はノートの表紙をめくって色葉・作、人形劇『ペニー君とミギッテちゃん』の台本に目を落す。



 第一話・お隣のペニー君。



「はじめまして。僕、ペニー君。隣に引っ越してきたんだ。よろしくね」


「わたしはミギッテちゃん。こちらこそ仲良くしてね。ところでペニー君。顔色悪いけどどうしたの?」


「引っ越しの車に何時間も揺られてたから酔っちゃったんだ。トホホ」


「吐けば楽になるよ。わたしが背中をさすってあげるね」


「ありが……ありがと……お……お、オロオロオロ……」


 ペニー君はミギッテちゃんに背中を擦られ勢いよく吐瀉。



「…………」



 第二話・ペニー君、奈良漬を食べる。



「えー、ペニー君、奈良漬食べて酔っちゃったの?」


「うん、そうみたい。キモヂワルイ……」


「吐けば楽になるよ。わたしが背中をさすってあげるね」


「ありが……ありがと……お……お、オロオロオロ……」


 ペニー君はミギッテちゃんに背中を擦られ勢いよく吐瀉。



「…………」


 恭介は無言で数ページ進めてみることにする。



 第十四話・ペニー君、注射で泣きそうになる。



「ミギッテちゃん、僕、泣かなかったよ? ねえ、偉い? 僕、偉いよね?」


「うん、ペニー君は偉いよ。褒めてあげるね? 頭を出して。撫でてあげるから」


「うん、撫でて。撫でて……お、オロオロオロ……」


 ペニー君はミギッテちゃんに頭を撫でられ勢いよく吐瀉。



「…………」



 第十五話・ペニー君、怒髪天を衝く。



 青筋を立てまくり、怒りを隠せていないペニー君。


「どうかしたの、ペニー君?」


「うん、聞いてよミギッテちゃん。実はね、うちの郵便受けにマヨネーズが流し込まれていたんだ。許せないだろ? 犯人を、絶対に捕まえてやるんだ!」


「確かに許せないけど落ち着こうよ、ペニー君? そんなんじゃ心が疲れちゃうよ?」


「わかってるけど怒りがおさまらないんだ、あの犯人のせいでね」


「吐けば気分も落ち着くよ? わたしが背中をさすってあげるか吐いてみて」


「えっ? そうなの? じゃあお願いして……お、オロオロオロ……」


 ペニー君はミギッテちゃんに背中を擦られ勢いよく吐瀉。



「…………」


 更に数ページ進める。



 第二十二話・ペニー君、ノロウイルスにかかる。



「吐いて悪いものを出しつくさないと……オロオロオロ……」


 ペニー君、自力で三回ほど吐瀉。



 恭介は「う~ん」と唸りつつ、ノートから顔を上げ、色葉に言う。


「なにこのゲロオチのオンパレード?」


 どのページをめくっても、ペニー君はまるで吐くダイエットに取り憑かれるOL並に吐きまくっていらっしゃったのだ。


「ペニー君は吐くことで精神が安定する設定だから常に嘔吐しちゃうの」


「……設定って……斬新すぎるだろうよ?」


 すると色葉は少し顔を赤らめ視線を泳がせつつ、


「かもしれないけど恭ちゃんと色葉が愉しめるものをって書いてたらこうなっちゃんだもん」


 魔法少女となって頂点に立てばその願いは叶うと色葉はこの台本に全力で取り組んだらしいが、この台本を二人で演じてどう愉しめというのだろうか?


「あれっ? もしかしてこれ人前で演じるつもりとかじゃねーよな?」


「そ、そんな恥ずかしい真似できるわけないでしょ!」


「おう、そーだよな? シュールすぎるし」


 ゲロ吐きまくりの人形劇なんて子供たちに見せたらドン引きだろう。


「これはあくまでも恭ちゃんとの二人遊びだから。一応、ミギッテちゃんの指人形は作ってあるんだー」


 言うと色葉は再び机の引き出しをガサゴソと漁ると振り返って、右手をグーにして恭介に向けてきた。


「えへへ」


 色葉は少し照れたように笑うと握っていた拳を恭介の顔の前でぱっと広げて見せて、


「わたしミギッテちゃん。今日はよろしくね、恭ちゃん」


 と、人差し指に嵌められた、女の子を模して造られた指人形を声に合わせて動かしつつ言った。


「お、おう……よ、よろしくな、み、ミギッテ……ちゃん? そいで……ペニー君の指人形は?」


 おそらく恭介がペニー君をやればいいのだろうからそう訊いた。


「ううん、ペニー君は恭ちゃんに直接マジックで描き込むの」


「ああ、なるほど……」


 どうやら恭介の人差し指辺りに直接書き込むらしかった。


 色葉は手にしたマジックの蓋をきゅぽんと外して、


「じゃあ色葉がペニー君のお顔を描いてあげるから……恭ちゃん? お、おちんちん出して?」


「んっ?」


「おちんちん出して」


「ん、んん~っ?」


 恭介は色葉の言葉に頬の筋肉をピキピキと引き攣らせたのだった。

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