先っちょだけ

 櫻子が車を緩やかに発進させた。


 助手席に同乗していた恭介は、サイドミラーに映る、徐々に小さくなっていく婦警さんの姿を見やりながら櫻子に問い掛ける。


「……よかったんですか?」


「何がよ?」


「ほら、あの婦警さん、探知のスキルに長けてたんでしょう? 協力してもらった方がよかったんじゃないですか?」


「危険だわ。それに彼女の特殊スキルはゲットしたから問題ないわ」


「ゲットって……えっ? そうなんすか?」


「ええ、竜の苗を取り込む時にスキルを引き継いだの」


「な~んだ、そういうのあるんすね?」


 そういえば共鳴リングもそういった類のものであった。これで竜の苗刈の効率が上がるというもの。


「ただ、劣化コピーになってるはずだからどこまで探索できるかが問題なのよね……」


 櫻子は片手でハンドルを握りながらドラゴンレーダーを取り出し、カチッとやって――


「!」


 その瞬間、櫻子はガッとブレーキを踏み込み、キーッとタイヤを激しく摩擦音を立てながら強引に車を停めさせた。


「な、何やってんすか、種ちゃん先生……! あ、危ないじゃないっすか!」


 恭介は飛び出しそうになった心臓を押えつつ、レーダーを食い入るように見詰める櫻子に抗議した。


 後続車があったらあわや大惨事である。


「そ、それどころじゃないわ、瀬奈くん……ち、近くにいるわ……」


「えっ? いるってまさか……」


「この魔力値……おそらく現在二位の魔法少女候補生よ」


「ま、マジっすか? 俺らの戦いに気付いてこっちに向かってるってことですか?」


「いいえ、変身もしてないし動きもないから大丈夫だと思うけど……」


 変身をしていないのにレーダーに反応しているのは、レーダーがバージョンアップしたためである。


 櫻子は少し考えてから車を発進させて、


「瀬奈くん……この候補生の身元を確かめるわよ」


「えっ? バトルになったらどうするんです? 魔力だってさっきの戦いで結構消費してるんじゃないんですか?」


 ただでさえ勝算は低いというのに、魔力が尽きかけた今の状態では危険すぎると恭介は思ったのだ。


「心配ないわ。こっちが変身しなければ気付かれやしないし……素性がわかれば戦いを有利に運べることだってできるかもしれないでしょ?」


「ま、まあ、そうかもですけど……」


「だったら突き止めに行くわよ? 瀬奈くん、悪いけど誘導してもらっていいかしら?」


「は、はぁ~……じゃあ……」


 恭介は櫻子からレーダーを受け取って、


「えっ? あれっ? ここって……?」


 強力な魔力の発信源に目を瞬かせ、カチカチッと画面を拡大表示させる。


「瀬奈くん? どうかしたの?」


「あっ……えと……ここ俺んちの隣の家でして……」


「瀬奈くんの? 瀬奈くんの家のお隣さんてどんな方なの? 何か詳細な情報があれば教えて!」


「ど、どんな方っていうか……種ちゃんも知っていて……い、色葉の家です」


 と、恭介は苦い顔で櫻子に言った。



          ◆



 部屋の窓から屋根を伝って色葉の部屋の前まで訪れる。


 恭介は深呼吸してから、ゴンゴンと窓ガラスを少し強めにノックした。


「…………」


 反応がない。遮光カーテンで中の様子が窺えないが、もしかしたらまだ寝ているのか、もしくは部屋にいない可能性もある。仕方ないので電話で呼び出してみようかと思っていると、中からガタガタと物音が聞こえてきた。


 そしてカチャリとかかっていた鍵が下ろされ、窓が開き、パジャマ姿の色葉が顔を出した。


「おはよー。恭ちゃんがこっちにくるなんて珍しいね?」


 恭介の方から訪ねることは滅多になかったので色葉はそう言ってきた。


「お、おう……まあな」


「それで恭ちゃん? こんな朝早くからどうしたの?」


「ああ、ちょいと訊きたいことがな……今、時間いいか?」


「うん。いいけど……ちょっとだけ待ってて。部屋散らかってるから」


 色葉は窓をピシャッと閉め、シャーとカーテンを引き直し、待つこと暫し――


「ごめん、待たせちゃって。入っていいよ」


 と、カーテンから顔だけを覗かせて言った。


「こっちこそ。悪いな、突然押しかけて」


 恭介は窓枠を跨ぐとカーテンをひょいっと手で払って色葉の部屋に入って、


「ぶはっ! を、をいっ! なぜ穿いてない!」


 色葉はなぜかパジャマの下を穿いていなかった。


「えっ? 暑いから寝る時は、い、いつもこの恰好だよ?」


 さも当然といったような表情で言う色葉。


「いや、さっきは穿いて……なかったっけ? っていうか、だったら部屋の片づけする前に穿け……よ……って、こらっ!」


 恭介の目が色葉の胸元に釘付けとなった。


 なぜか先ほど応対した時には見えていなかった胸元が開いていたのである。


「お、おま……やっぱさっき脱いだろ! そんで胸元開けたろ!」


 色葉はそれを指摘されるとぱっと胸元を押えて顔を真っ赤に染めて、


「なっ……ま、まるでわたしが恭ちゃんを誘惑するためにわざわざ脱いだみたいじゃん! わたしはそんな淫乱じゃないもん! 恭ちゃんはわたしがそーいう女だと思ってみてたの! ひどいよ!」


「ああ……いや、そんなつもりじゃなくて……こっちも目にやり場に困るっていうかさ……」


「そんなの知らないもん! 大体色葉が色葉の部屋でどんな格好してても勝手でしょ! 文句あるなら出てってよ! 今すぐ出てってよ!」


「いや、ごめんて……とりあえず話だけ……すぐ済むからさ……なっ?」


 恭介が宥めるにように優しく言うと、色葉はちょっと怒ったように顔をぷいっと横に背けて、


「何よ? 用があるならさっさと言ってよ!」


 と、それでも話を聞く体勢を作りつつ言った。


「ああ、じゃ、じゃあ訊くけどよ……」 


 恭介は色葉のすらっと伸びる足やパンチラ、谷間から覗く胸の谷間などをチラチラしつつ、訊く。


「え、えと……ある人から頼まれごとをしたんだが……お前、竜の苗とかいうのを持ってたりするのか?」


「竜の苗……えっ? 竜の苗って……恭ちゃんが何でそのこと知ってるの? わたし言ったっけ?」


 と、色葉は少し驚いてように訊いてきた。


 やはり当たりらしい。


「ちょっと小耳に挟んでな、うん……」


 男である恭介も竜と苗の保有者であるとは思うまいから他人から聞いたことにするのが一番であった。


 しかし本当に保有していようとは……


「さて、どうしたものかな……」


 恭介は明朝した櫻子とのやりとりを思い出していた。


「志田さんが……志田色葉さんが現在二位の候補生ってことでいいのね?」


「はい、色葉の奴は足繁く天狐神社に通っていましたから」


「竜の苗を相当な勢いで掻き集めてるわね……ちょっと厳しいかも……正直、もう少しレベルをあげてから挑みたい相手ではあるわね」


「えっ? まさかこれからカチコミかけるつもりじゃないでしょうね?」


「いえ、さっきも言ったけど今日は素性の確認ができたそれでいいわ。魔力を万全な状態にして挑まないとさすがにね」


「挑むつもりなのは変わらないんですね?」


「そりゃ放置していい相手ではないもの」


 現在、櫻子たちが竜の苗を保有している割合は色葉に次いで三番目だったりする。


 つまり上は一位と二位の色葉のみであるが、放置している合間に一位と二位の色葉がぶつかる可能性があった。そうなると竜の苗がどちらかに吸収され、それこそ手が付けられない相手になるため、今のうちに対処しておきたかったのである。


「それはわかりますが相手が知り合いだとなかなかどうして……」


「別に戦わずに竜の苗を移管する方法もあることにはあるわよ?」


「えっ? どうやって?」


「彼女から魔法少女の権利を剥奪すればいいのよ」


「剥奪……ですか?」


「ええ、魔法少女はその……男性経験があるとなれないから……瀬奈くん、志田さんと付き合っているのよね?」


「!」


 それはつまりそういうことをしろと言っているのだろうか?


「た、種ちゃん先生……? それ本気っすか? 冗談で言ってるんすよね? そういった行為は櫻子ちゃん自身が否定していましたもんね?」


「ええ、確かに……けど先っちょだけなら――」


「いや、ダメっしょ!」


「わかってるわ。冗談よ。瀬奈くんが志田さんのことを一番に考えているのなら別だけど、軽く弾みにそういうことを進めるつもりはないわ。例え後で記憶が消去されるとしてもね」


「記憶が消去されるって何すか、それ?」


「魔法少女の権利を失えば記憶を失う。それに則した記憶も一緒に消去される。ただそれだけの話よ」


「なる……ほど……」


「だからって瀬奈くん、変なことをしちゃダメよ」


「し、しませんよ、俺は……」


 もしかして煽っているのだろうか?


「とにかく瀬奈くん、今日はありがとうね、助かったわ」


 そして櫻子に車で家に送ってもらった恭介は、そのまま色葉の許に訪れたのである。

 竜の苗を保持している様子の魔法少女候補生である色葉の願いは恭介に関することだとお天狐様が言っていた。

 願いの内容によっては全力で阻止する必要があったし、櫻子の願いの方を優先してあげたかった。

 だがそうだとしても恭介は、色葉を敵にし、戦いたくなかった。彼女を傷つけたくなかったのだ。戦わずして済むのであれば、話し合いで解決できるのなら、それが一番だった。


 では戦って竜の苗を入手するのと、先っちょだけ挿入して苗を入手するなら、どちらがよいだろうか……?


 そんなの考えるまでもなかった。

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