恥装
「…………」
「…………」
断絶世界にきたものの、なぜか対峙したまま無言で見つめ合う二人。
プリティーユアも初エンカウントなのか、どう戦闘を開始すればいいのか段取りがよく分かっていないのかもしれない。
つーか、櫻子はどのタイミングで割り込んでくれるのだろう? そもそも恭介の役割は、レベルの低い魔法少女候補生とエンカウントし、断絶世界へ誘い込むまでが仕事であり、戦闘は櫻子が引き継いでくれるはずだったのだ。
「本当に、来てくれるんだよな……?」
恭介は、首から駆けたペンダントのリングを手で触って確認した。
このリングは、魔法少女の捜索に出る前に櫻子にもらったものであり、恭介はその時の彼女とのやりとりを思い出していた。
「瀬奈くん。出る前にこのペンダントを身に着けて」
「何すか……これ……?」
恭介は鎖の先に指輪がついたペンダントを受け取り、手で触って確認しつつ、訊いた。
「それは互いの位置情報を確認するためのアイテム、共鳴リングよ。この間、二人組の候補生に襲撃されて何とか返り討ちにしたのだけれどね、彼女たちの限定アイテムを引き継がせてもらったのよ」
囮にした恭介と敵の魔法少女が断絶世界に行ってしまったら追跡はほぼ不可能だが、この共鳴リングがあれば、恭介の位置を特定し、駆けつけてくれるという話だった。
「わたしは普段から指に嵌めておくことにするけど瀬奈くんは無理でしょ?」
「はぁ~、まあ……」
恭介が指輪をしていたら不自然極まりないだろう。
「それだから服の下にでも身に着けられるように加工したのよ」
そんなわけでこの共鳴リングさえあれば、どこにいても櫻子が駆けつけてくれるはずてあったのだ。しかし一向に、櫻子が姿を現す気配は見られなかった。
しかも断絶世界に訪れてしまったら、外部とは遮断され、連絡を取るのも不可能であり、完全に手詰まりとなってしまっていた。
「あ、あのぉ~、こ、攻撃……しちゃってもいいですか?」
プリティーユアが、律儀にもそう訊いてきた。
「あ、ああ……うん。そうだよね? そのためにきたんだものね?」
「そ、それじゃあその……」
プリティーユアはステッキを構え直して、
「竜の牙!」
いきなりの魔法攻撃に面食らう恭介。
「くっ!」
この至近距離からでは回避不能。
一か八か。やるしかない。
「……ど、竜の牙……!」
ステッキから放たれる魔力の牙が、目の前で衝突し、爆発。
衝撃波が恭介たちを襲い、顔をしかめる。
「ふ、ふぅ~、あ、あぶねぇ~……」
何とか切り返せたが、判断が遅れ、相殺が失敗していれば即死じゃなかろうか。というか、これで魔力が回復しない限り、〈竜の牙〉は撃てない。
しかしそれは同レベルのプリティーユアも同じことだろう。
そうなればあちらは単なる女性であり、断然、男である恭介に分があった。
とはいえ結愛の顔をした彼女を、HPが0になるまでステッキやなんやらで殴りつけたりなんかできやしなかった。
「よし、相撲取ろうぜ!」
恭介のその突然な提案に小首を傾げるプリティーユア。
「お相撲って……な、何で……ですか?」
「魔力が切れたらお互いに手詰まりだろ? だからもう相撲でいいんじゃないかなって。殴り合いとかよりかはよさげだろ? 相撲しようぜ、相撲!」
相手に勝てぬと思わせ、負けを認めさせれば、それでも竜の苗は手に入るという話だった。
恭介は小学生の時、町内会の相撲大会で準優勝に輝いたことがあった。相撲なら負けないと思ったのだ。いつ櫻子が駆けつけてくれるか分からない状況であるし、それで決着がつけば、もうそれでいいかなと思ったのである。
「う、う~んと……」
プリティーユアは自身と恭介の身体――といっても彼女の目には、恭介は恭介ではなく、別の女性として映っているであろうが、見比べて、
「わ、わたし……腕力弱いし……運動神経もないですし……ダメです」
「ダメ? 別に負けても魔法少女の権利なくなるだけだしよくない?」
「よ、よくないです。勝利は譲れません。わ、わたしにはどうしても叶えたい願いがあるんです」
「んっ? 願いって?」
「魔法少女として勝ち続けたら得られる願いです」
恭介は目を瞬かせてから、
「んっ? あれっ? 何それ?」
「えっ?」
「へっ?」
暫し顔を見合わせる二人。
「あ、あの……もしかしてご存知ないんですか? 魔法少女として頂点に立てば女神様が何でも一つだけ願いを叶えてくださるというお話を」
「……ま、マジで?」
「はい。本当です」
彼女はどう見ても嘘を吐いているように見えなかった。
「な、なるほど……それで恥ずかしい恰好をしてまで種ちゃん先生はハッスルしてたわけか……」
合点がいった。そんな特典があるなら必死になるのも頷ける。櫻子が恭介に真実を語らなかったのは、大方、恭介が欲を出し、苗を横取りされるのを恐れてのことだろう。
つまり恭介はあまり櫻子に信用されていないのだろう。まあ、三股を掛けたり妹ちゃんを脱がせたと思われているようだし当然と言えば当然かもしれないが。
しかし、そうなると気になるのは櫻子の願いだった。まさか世界征服とか不老長寿何て願いを叶えようとかしているわけはないと思うが……
「ちなみにプリティーユアさん? 君の願いって何?」
「そんなの、今から倒されるあなたに教える道理はありません」
「倒されるって……俺が? えっ? もしかして相撲取る気になったの?」
「違います。魔法で倒します」
「いや、魔法は一発で打ち止めでしょ? お互いにさ」
「はい……だから……は、恥ずかしいですけど、最終恥装で挑ませてもらいます!」
プリティーユアは羞恥の色を滲ませた表情でそう言うと、バッと魔法少女コスを脱ぎ捨てた。
「えっ? な、何して……」
彼女は魔法少女コスを脱ぎ捨て、全裸に……いや、見えてはいけない部分を最低限隠しただけの、櫻子がほぼ全裸歩行していた時と同じ、絆創膏三枚というあの出で立ちになったのである。
それにポカンとなる恭介。
プリティーユアは顔を真っ赤にし、もじもじとしながら、
「そ、そんなに見ないでください……そんなに見詰められたら……わ、わたし……わたし……恥ずかしくて、もう……」
消え入りそうな声音で言いつつ、魔法のステッキを両手でぎゅっと握り、恭介に向け力ある言葉を放つ。
「ど、竜の牙!」
「わぁっ!」
既に魔力切れであったはずのプリティーユアの〈竜の牙〉をすんでのところでかわす恭介。
「な……何で……? 魔力はもう……こんな早く回復するなんて……あっ!」
恭介は思い出す。
それが竜座の魔法少女の特性であるのだ、と。
竜座の魔法少女は脱げば脱ぐほど強くなる。
恥ずかしい思いをすればするほど魔力と基礎能力が向上するのである。
「やっべ……あれ本当だったのかよ」
恭介はあの櫻子の話は、趣味の全裸歩行が恭介にばれ、それを正当化するための嘘も混じっているかと思ったのである。
「そ、それなら勝ち目ねーじゃん」
〈竜の牙〉を一発撃つ力も残っていない恭介には既に打つ手はなかった。
「だったらすることは一つ!」
恭介は踵を返して駆け出した。
「えっ? ど、どこに行くの? まだ勝負は……ま、待って!」
待つわけがない。三十六計逃げるが勝ち。
恭介は、櫻子が来るのを信じて逃げまくることにしたのである。
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