れっすん

「うほっ! で、出たっ! 先っちょから勢いよく迸った~っ!」


 放課後、場所は学校の屋上の造られたモノクロな閉鎖空間で、恭介は〈竜の牙〉を魔法のステッキから放つことに成功した。


〈竜の牙〉の習得は思いのほか容易かった。

 ステッキ両手で構えて、目標物をしっかりと見据え、〈竜の牙〉と口から発すればいいだけであったのである。


「次は魔法の相殺の練習と行きましょうか?」


 と、次のステップに進めようとする櫻子。

 魔法の相殺とは、敵の魔法攻撃を回避できないと悟った場合、自身の魔法攻撃でそれを打ち消すことを言うらしかった。


「魔法の相殺って……種ちゃん先生が撃った〈竜の牙〉をそのままの〈竜の牙〉で打ち消せばいいってことですよね?」


「ええ、そうよ。よくタイミング見て撃つのよ?」


 言うと櫻子は距離を取ってから錫杖を、ざんっと構えて、


「行くわよ。準備はいい?」


「は、はい……」


 息を呑み込み、ステッキを構えその瞬間に備える恭介。

 そして櫻子の口がゆっくりと開かれる。


「――竜の牙!」


 錫杖から、魔力の牙が唸りを上げて恭介に襲い掛かる。


「よし……い、今だ!」


 恭介はタイミングを見計らい、


「……ど、竜の牙!」


 しかし、何も起こらなかった。


 慌てる恭介。

 このままでは迫りくる魔力の牙に、身が切り裂かれてしまう。


「も、もう一度!」


「あっ……」


 恭介が再びステッキを振るおうとした時、思い出したように櫻子が言う。


「瀬奈くんの今の魔力だと、竜の牙の連続使用は不可能だったわ」


「えっ……そんなのって……」


 もう櫻子が放った〈竜の牙〉からの回避は不能。

 魔力の牙は恭介を穿つように着弾し、爆散。


「ぬ、ぬわぁぁ~っっ! がふっ!」


 恭介の身体は後ろに大きく吹っ飛ばされ、柵に背中をダンッ! と強く打ち付け、ドサッと地面に崩れ落ちたのであった。


「いっつぅ~……」


 魔法でやられた痛みか、吹っ飛ばされて屋上の柵におもくそ叩きつけられたせいか、全身が痛む。


「た、種ちゃん先生……ひ、ひどいっすよ……死ぬかと思いましたよ」


 というか魔法少女に変身しておらず、生身で喰らっていたら確実に死んでいたのではないかと思われた。


「ええ、ごめんなさい」


 コツコツとヒールを鳴らしてこちらに櫻子が歩み寄ってきた。


「ったく、マジで勘弁してくださいよ……」


 やれやれと思いつつ、恭介が上体を起こすと、目の前に櫻子が立っていて、すっと錫杖を恭介の顔の前に向けた。


「この距離から、もう一発撃てば、確実に死ぬわね?」


「えっ……」


 恭介は、慄然とした。

 確かにこの至近距離から〈竜の牙〉を撃たれれば一溜りもなかろう。


 そしてもし、端からそれが狙いだったとしたら……


 いや、そんなことはなかろう。

 確かに恭介は、櫻子が全裸歩行を愉しんでいる姿を偶然見掛けてしまった。

 その際櫻子は、顔を見られてもいいように、魔法少女エフェクトをかけていた。

 よって本来なら別人と認識するはずだった。


 しかし直前の戦闘で魔力を消費していたせいか、エフェクトがかかっておらず、恭介にばれてしまったのである。


 櫻子は、それをとてつもなく恥じている様子であった。

 だから口封じのために……


 恭介は緊張に息を呑み込んだ。

 確かにこの閉鎖空間で恭介を殺害し、閉じ込め、放置してしまえば、完全犯罪が成立することだろう。


 だが、いくら恥ずかしい姿を見られたからといって、教え子を殺すなんてことはないと思う。


「た、種ちゃん先生? 俺は種ちゃんのこと……し、信じてますよ?」


 恭介がガクブルしながら言うと、櫻子は小首を傾げて、


「いきなりどうしたの? 身体のどこかがそんなに痛むの?」


「は、はい……早く戻って治療したいかなぁ~、なんて……ダメっすか?」


 恭介は櫻子の顔色を窺いつつ、言った。


「そうね……わかったわ」


「えっ! いいんすか!」


 すんなり言う櫻子に驚く恭介。


「もとよりそのつもりだったし、じゃあ戻るわよ?」


 そう言うと櫻子は錫杖でたんっと地面を叩く。


 瞬間、世界に色が戻った。

 白黒の断絶世界から、現実の世界の屋上に戻ってきたのである。


 どうやら櫻子に殺意はなかったらしく、変な嫌疑をかけてしまったことを申し訳なく思って謝罪することにした。


「す、すんません、なんか……すんません」


「んっ? 何が?」


「い、いえ、こっちの話でして……」


 櫻子には恭介の心の動き何て分かってないのだから、こういう反応になるのは当然の結果といえた。


「そう? それで瀬奈くん? 傷の方はどう? まだ痛む?」


「そ、そりゃ、まあ……」


 恭介は痛む箇所を確認しようとして、


「……って、あれ? 痛くない? 治ってる?」


 いや、しかしあれだけ派手にダメージを喰らって、傷が完全に癒えているということはないはずである。


「もしかして種ちゃん先生が、魔法とかで治してくれたんすか?」


 竜座の魔法少女候補生が使える魔法は〈竜の牙〉のみという話であったが、それは攻撃魔法の話で、実は治癒魔法なんてものがあるのかもしれないと思ったのである。


 しかしその考えは間違っていたらしく、


「単に断絶世界から出たから傷が癒えただけよ」


 と、櫻子は教えてくれた。


 魔法少女候補生による竜の苗争奪戦に死の概念はないらしく、断絶世界から抜け出せば、どんな傷も一瞬で元通り。

 負けたら竜の苗と魔法少女になる権利を奪われ、元の生活に戻るだけとのことであった。


「でも断絶世界から出れば怪我が治っちゃうんじゃ、追い詰めてもすぐ逃げられて戦いが長引きそうなんですけど?」


「大丈夫よ。断絶世界に入ったら、どちらかが倒れるか、もしくは互いに戦闘を中止して、戻りたいと願わなければ抜け出せない仕組みになっているからね」


 つまりは両者が引き上げたいと考えた場合は別であるが、一方的に追い詰めている場合などは、自分がその戦いから逃げ出そうと思わない限り、決着をつくまで戦闘は抜け出せない仕様になっているらしかった。


「だから瀬奈くん。相手の魔法少女は遠慮なくぶちのめしていいからね? 何なら殺しちゃっても問題ないから」


 恭介は表情を引き攣らせる。


「い、いや……そんな物騒な……相手を屈服させればいいんでしょ?」


 相手の魔法少女候補生に心から負けを認めさせれば、竜の苗はこちらのモノになるという話であったのである。


「ええ、でも相手だって本気でしょうし、そうなれば止めを刺す覚悟が必要ってことは覚えておいて? それで本当に人殺しになるわけじゃないってこともね?」


「ああ……はい……まあ、大して戦わないでしょうけど、囮なりに頑張ります」


 そもそも恭介は囮役であるとの話のはずであり、基本的には戦う予定ではなかった。


 櫻子に求められた役割は、相手の魔法少女を炙り出す囮役。

 魔法少女候補生を倒すと、その人物が持つ竜の苗を引き継ぐことができた。

 そうすることで魔法少女は魔力とステッキを強化、成長させるのである。


 しかし櫻子はそうして魔力を強大にし過ぎ、他の魔法少女候補生に戦闘を回避されつつあるのだという。それは魔力を大きくすると広範囲に居場所を指し示すことになり、レベルの低い候補生は魔力の強い櫻子から戦闘を回避する構図が出来上がったからなのだそうだ。


 まあ、勇者だっていきなりドラゴンとか強モンスターとは戦わず、スライム辺りから倒してレベルを上げてくのがセオリーであり、強い敵を避けるのは当然といえた。

 そしてここでレベル1の恭介の登場である。櫻子は、レベルの低い恭介の竜の苗を刈りに現れた候補生を、逆に刈ろうと考えたようであった。 


「つーても、囮ってどうするんです? どうすれば他の魔法少女とエンカウントするんで? もしかしてひたすら歩き回ってですか?」


 恭介は何となくであるが、櫻子の魔力を感じ取ることができるようになった。

 しかしいくら大きな魔力を有していたとしても、数キロ先にいる魔法少女を見つけ出すのはどう感覚を研ぎ澄ませても厳しい気がした。


「ああ、その答えはポーチの中にあるわよ」


「……ポーチ……? ああ、腰の……」


 恭介は自身の魔法少女ルックのウエストポーチを開けて漁った。中にはタブレット端末のような代物が入っていた。


「……何すか……これ……?」


「魔法少女探知機、竜の苗を持つ候補生を探し出す、ドラゴンレーダーよ」


 どうやらこれで竜の苗保有者を見つけ出すことができるらしかった。

 また、魔力が強い保持者だとかなり距離があろうと捕捉でき、レベルが低い者は回避できる仕組みになっているらしかった。


「これ見るに……近くに俺たちしかいないってことですか?」


 今レーダーに映っているのは、恭介たち二つの反応しかなかった。


「今は学校にプライベート結界を張ってるから外の魔力も感知できないけど……どうかしらね」


 恭介の教育のため魔法少女に変身しているが、そのせいでこの学校が特定されても厄介なので、今は外部に魔力が漏れぬよう、学校全体に結界が張り巡らされているとのこと。


 そんなわけで恭介は、魔法少女候補生とエンカウントするため、この姿のまま街に繰り出すことになったのであった。

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