魔法処女

「た、種ちゃん先生!」


 恭介は、これはどういう仕掛けなのか、説明を求むといった表情で、櫻子を見やった。

 すると櫻子は満足気に笑って、


「どうやらうまくいったみたいね? ようこそ、こちら側へ」


 と、言った。


「こちら側もそちら側も……マジどうなってんすか?」


「名前はどうしようかしら?」 


 櫻子は恭介の問い掛けを無視して、


「プリティー恭介じゃああれだし……人前で呼ぶ時は……そうね、プリティーキョーコでいいわね?」


「いや、名前なんてどうでもよくて! マジでどうなってんすか?」


「だからさっきも説明したでしょう? 瀬奈くんを竜座の魔法少女候補生にしたって。わたしの血と魔力で苗を誤認識させてね」


 どうやら恭介は、本当に魔法少女になったらしかった。


「――って、そんな非現実的なこと言われてあっさり信じられるわけないでしょ!」


 確かに一瞬で衣装は魔法少女コスに早変わりした。


 しかしそれにはトリックがあったかもしれない。例えばこう……それ自体忘れているが催眠術的なモノを掛けられていて、着替えている時間の記憶も忘却しているとか……魔法よりはそちらの方が現実的な気がするが……どうなんだろうか?


 以前、ミスター・エムが色葉の件で学校に訪れたことがある。その際、櫻子と接点ができ、彼女に頼まれていつの間にやら催眠術に掛けられていたなんて可能性もあったのだ。


 いや、しかし何のために……? 恭介が魔法少女になったと信じ込ませて何の得があるのだろうか?


「トリックなんてないわよ?」


 櫻子が恭介の心を見透かしたように言う。


「簡単に信じられないのは最もよね? その辺は今からじっくりと時間を掛けて――」


 コンコンという引き戸を揺らし、叩くノック音に櫻子は言い掛けていた言葉を止めて、


「あら、きたのかしら……?」


「えっ? 他にも誰か呼んで……?」


「ええ、そうよ」


 櫻子はにこっと笑うと引き戸の向こう側にいるであろう人物に向かって、


「いいわよ、入って」


 と、促し言った。それに慌てる恭介。


「えっ! ちょ……ちょっと!」


 恭介の今の格好はふりふりな魔法少女ルック。こんな姿を他人に見られたら、恥ずかしくてお嫁に行けなくなってしまう。


 室内で、パッと隠れることが可能そうな場所は、カーテンに巻かれるくらいしか思いつかなかったが、そんな猶予はなかった。


 ガラガラッと引き戸が開け放たれたのである。


「――えっ?」


 戸を開け放ち、恭介の姿を見て固まった人物は、誰であろう、色葉だった。

 知らない人物よりは、色葉に見られたのはまだマシといえよう。兎にも角にも弁解に努めることにした。


「ち、違うから! 色葉! これには訳があって、だな……」


「えっ? あ、あの……」


 若干引き気味に、恭介と櫻子の顔を交互に見やる色葉。


「俺は別に趣味でこんな格好をしてるわけじゃなくて、だな――」


「ええ、そうよ、志田さん。これは演劇部の衣装なの」


 と、櫻子は恭介の言葉を遮り、言った。


「な、何言ってんすか種ちゃん先生?」


 恭介は演劇部でも何でもない。そんなことは当然、色葉も知っているはずであり、そもそも男である恭介が魔法少女コスの衣装合わせに付き合っている意味が分からない。


 しかし色葉は「ああ、そうでしたか……」と納得したような表情で頷いて、


「……それで種田先生? わたしに用件というのは何ですか?」


 と、恭介の件に特に疑問を抱いている様子もなく訊いた。


「ええ、それなんだけどね、彼女が志田さんに演劇部に入って欲しいんだって? どうする?」


「ああ、それで彼女はわたしの名前を知っていて……お誘いしていただいてありがとうございます」


 色葉は恭介に頭を下げて、


「でも、わたしお芝居なんて考えたことなくて……申し訳ありません」


「えっ?」


 恭介がその色葉の他人行儀な様子に眉をひそめていると、櫻子が言う。


「そんな気を遣わないでいいわよ、志田さん。用はそれだけ。ありがとね、戻っていいわよ」


「は、はい……それでは失礼しました」


 二人に一礼し、退室する色葉。


「えっ?」


 やはり不自然であった。明らかに色葉は、最初から最後まで、恭介を恭介と認識できていない様子であったのだ。


「お、おかしくないっすか? 種ちゃん先生……あの色葉の態度?」


「おかしくないわよ。だって彼女には、瀬奈くんが別人に見えているのだもの」


「……はっ?」


 櫻子の話を詳しく聞けば、魔法少女に変身した恭介は、魔法少女エフェクトにより、別人に見えているとのことであった。

 ただし、恭介をプリティーキョーコと認識している櫻子にはエフェクトがかからず、男の恭介が魔法少女コスしているようにしか見えないとのこと。


「つ、つまりそういう設定……ということですね?」


 おそらくは色葉までも巻き込んで、恭介を騙しにかかっているに違いなかった。何のためにそんな盛大なドッキリを仕掛けているのかは不明であるが。


「まだ言うのね? まあいいわ。すぐに信じさせてあげるから」


 櫻子がそう言うとコンパクトを取り出しパカッと開いて、何やら呪文のような言葉を唱え始めた。


 そしてその瞬間である。


 彼女の身体が光の帯に覆われて――


「魔法少女プリティーサクラコ。サクラサラサラ華麗に見参!」


 櫻子は恭介と同じ魔法少女コスに一瞬で早変わりし、ポーズを取って言った。


「…………」


 ポカンとなり決め顔の櫻子を見やる恭介。


「どう? 信じてくれた?」


「い、いえ……その前に……は、恥ずかしくないんすか?」


 瞬間、櫻子は顔を真っ赤らして、


「う、うるさいわね! ほ、ほっといてよ!」


 と、言った。




 仕切り直しにか、魔法少女プリティーサクラコこと櫻子はコホンと一つ咳払いしてから、


「と、とにかく行くわよ?」


「へっ? 行くって……どこに?」


「まあ見てなさいって」


 櫻子が言って右手を掲げると何もない空間に、錫杖のようなものが現れ、それをつかむ。


「うをっ、何すか、それ?」


「わたしの魔法のステッキよ」


「えっ? 俺のと形が全然ちが……ってか、魔法少女っぽくないっすよ?」


「わたしもはじめは瀬奈くんと同じ型のステッキだったわよ。ステッキは使用者の特性に合わせて一緒に成長するのよ」


「そう……なんすか……?」


「ええ、とにかく行くわよ」


 櫻子は言うとくるくると頭上で錫杖を回し、とんっと床に音を響かすように錫杖の先を叩きつけた。


 その瞬間だった。


 世界から色が消えた。

 恭介と櫻子以外は、モノクロになってしまったのである。


「こ……えっ? ど、どうなって……? これって……?」


「断絶世界よ。世界を切り取って隔離させた空間らしいわ」


 断絶世界――魔法少女候補生同士の戦闘で外部に影響を与えぬために作り出された閉鎖空間。現実世界を忠実に再現されているが、色は消え去り、生き物は存在せず、普段なら聞こえてくる雑多な音もなくなったこの世界は、現実世界をコピーして生み出された疑似空間であったのだ。


「いい加減、これで信じる気になったかしら? 自分が魔法少女になったって事実を」


「は、はぁ~……ま、まあ……」


 まだ混乱しているが、さすがに認めざるを得ないようだった。


 進路指導室を出ても櫻子の説明通りで、そこは恭介がよく知る学校ではあるものの、人も、色も、音も完全に消えていた。

 これが夢でなければ、やはり櫻子の言う言葉を信じるしかなかった。


「よかった、それなら瀬奈くん、構えて」


 その場で、ざっと錫杖をこちらに向けて構える櫻子。


「えっ? か、構えるって……?」


「行くわよ!」


 その瞬間である。


 錫杖の頭に光が収束していくのが分かった。


 そして――


「竜(ドラゴン)の牙(ファング)!」


 どんっ! と勢いよく放たれた光の牙が恭介に襲い掛かる。


「うをっ!」


 すんでの所でかわす恭介。


 次の瞬間、背後でちゅごぉ~んと爆発音、そして爆風。


 怖々と振り返って見れば、壁にどでかい穴が開いていた。


「なんっ……死にますって! あんなの当たったら死んじゃいますって!」


 恭介は、〈竜の牙〉とやらを放った櫻子に抗議するように言った。


「大丈夫よ、魔法で障壁を張れば。もしくはあなたも撃ち返して相殺するって手法もあるわね?」


「えっ? 俺もできるんすか? それ?」


 ちょっと興味が湧き、訊いてみる恭介。


「そりゃ瀬奈くんも魔法少女だからね? 教えてあげるわ。とはいえ休み時間はもう終わるから放課後ね」


 そんな訳で恭介は、ヌードモデルの件と交換条件に、魔法少女として櫻子に協力することとなったのであった。

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