露出狂に至る経緯

 昼休み、恭介は副担任である種田櫻子に呼び出されていた。


「し、失礼しま~す……」


 ノックし進路指導室の引き戸をゆっくりと開け、中を覗き込む。

 どんよりとした室内に櫻子は待機しており、両肘を机につけ、手を組んだまま、視線だけを動かしてこちらを見やる。


「え、え~っと……」


「……座って」


 と、低いトーンで促す櫻子。


「は、はぁ~……」


 恭介は緊張した面持ちで、櫻子の前の席に腰掛ける。


「――で、誰かに話したりした?」


 ジッとこちらを見やりながら問い掛けてくる櫻子に、恭介はわざととぼけたように、


「さて? な、何の話……ですかねね?」


 と、探りを入れるように言ってみる。


「も、もちろん……昨晩の話だけど?」


 どうやら櫻子は、昨晩の出来事を他人の空似などでは済ましたりして誤魔化す気はないらしかった。


「……で、ですよね?」


 衝撃的な出来事でしっかり脳裏に焼き付いてしまった彼女の姿を思い返す。

 やはり昨日見たあれは夢ではないらしかった。


 漫画原稿の締め切りに追われた姉に頼まれ、夜食の買出しに出た恭介は、ショートカットのために森林公園を突っ切っていると、裸の――正確には絆創膏で大切な部分のみを隠しただけの櫻子と遭遇したのである。


「えっ? た、種ちゃん……先生?」


「い、いやああ~っっっ!」


 その時は理由を聞く前に、櫻子は一目散に逃げ出してしまった。


 露出癖。


 おそらく櫻子にはそういった性癖があるのだろう。

 この間ノーパンだった件もおそらくはそれが理由で、スリルを味わうために普段からノーパンで授業をしていて……


 恭介はそこでハッとし、ごくりと生唾を飲み込み、薄化粧で一見は清純そうな櫻子の顔を見やった。

 もしかしたら今もノーパンなのかもしれぬと思ったのである。


 そう思うと何か股間がむずむずしてくる。


 とにかくその辺の趣味に関して理解を示して一切公言しないと誓い、彼女に恩を売るのが得策だろう。

 その条件で妹さんの前でヌードモデルを二度とやらないと上手く交渉できれば恭介はとりあえずよかったのである。


 さあ、交渉の始まりだ。


 恭介は呼吸を整えるように、息を大きく吐き出してから、


「え、えと……た、種田先生……お、俺、種田先生が野外露出の趣味があるのはわかりました」


「べ、別にそんな趣味はないわよ! か、勘違いしないで! っていうか、何で急によそよそしくなってるの! 今まで通り種ちゃん先生って呼びなさいよ!」


「えっ? えー?」


 理不尽すぎる。以前は種田先生と呼べと言っていたのに、今度は種ちゃん先生に戻せとか。

 いや、急に距離を取られて彼女はドン引きされたと思って混乱してそう言っているだけかもしれないが。


「と、とにかく瀬奈くん。あれには深い理由があるの」


「えっ? 露出狂に理由……ですか?」


「だ、だから、そうじゃ……! と、とにかく最後まで聞きなさい」 


「は、はぁ~……」


 とりあえず黙って聞くことにする。


「そもそもあり得なかったの。あなたがわたしを認識するなんて……」


「ど、どういう意味ですか? あんな格好で……素顔のままで歩いてればわかりますよ」


 確かに先に目が行くのは違う場所であったが。


「そうじゃないの……本当は魔法でエフェクトがかかっているはずだったの……でも魔力が弱まっていたせいで……」


「魔力? な、何の話で?」


「うん、実はね……」


 そして櫻子は、一息ついてから言った。


「実はわたし、魔法少女なの」


 恭介はその櫻子の衝撃な告白に、目をパチクリとさせて、


「……はっ?」


 思わずそう訊き返していた。


 櫻子はキョトンとする恭介を置いてけぼりに、話を続けた。


 櫻子の話に寄れば、どうやらこの地球には、最高八十八人の魔法少女が現存するらしかった。欠員が出たら入れ替わりつつ、八十八の数を保つ。何故八十八かと言えば、魔法少女はそれぞれ星座を司る力を与えられるから……つまりは八十八星座……それだけの魔法少女がいるということ。


 そして先日、竜座を守護星座にする魔法少女枠に欠員が出たため、櫻子は今、竜座の魔法少女候補生をしているとのことであった。


「な……なんすか……その設定は? つか、魔法少女が何で公園で全裸歩行する必要があるんすか?」


 そもそも少女ではない。しかしその突っ込みは無粋かと思って飲み込んだ。


「瀬奈くん。公園でのあれはね、別に好きでしたわけじゃないの。あれは……竜座の魔法少女の特性で、仕方なく……なのよ?」


「特性?」


「ええ……竜座の魔法少女は恥かしい思いをすればするほど魔力が高まるの。実はあの日も直前まで敵と戦っていてね――」


 竜座の魔法少女は恥かしい思いをすればするほど魔力が高まる。

 つまり戦闘中に脱げば脱ぐ程の強くなるのである。


 そして戦闘後、魔力を使い切った櫻子は、次の戦闘に備え、魔力を回復するために、あの姿で公園を一周することにしたとのことであった。


「い、いやいやいや、次の戦闘って……日夜地球の平和のために戦い続けてたんすか? 種ちゃん先生は?」


 さすがに荒唐無稽すぎて突っ込みを入れられずにはいられなかった。


「いえ、戦っているのは同じ魔法少女候補生たちとよ」


 欠員ができた竜座の魔法少女に候補生としてエントリーした少女たち。

 彼女たちは手に入れた竜の苗の欠片とやらを手に入れ、奪い合い、竜座の正統な魔法少女になるため、最後の一人になるまで戦い続ける宿命にあるのだと語って聞かせてくれた。


「た、種ちゃん先生……さ、さすがにその言い訳はないですわ~……いくら露出狂の異常性癖がバレたからって、その嘘はさすがに……」


「だ、だから好きで露出していたわけじゃないのよ! だから……ね? 黙っていてね?」


 恭介は胡乱な目つきで櫻子を見やりつつ、 


「えー、信じますよ。信じますし誰にもこのことは言いません。ですから今後はヌードモデルをさせないと妹さんに伝えてくれますか?」


「なっ! ちょっと何よその可哀想な人を見るような目は! 嘘じゃないんだからね?」


「ええ、信じてますよ。ですからヌードモデルの件をですね――」


 櫻子は恭介の言葉を無視するように、


「ふん、まあいいわ。魔法少女なんて言われても普通は信じないわよね? わたしだって初めはそうだったし……けどこれから起こることを体験すればそうも言ってられなくなるわよ?」


「体験って……」


 もしかして渾身の手品を見せつけて魔法とか言い張るつもりなのだろうか? だとしたら生温かな目で見守るべきなのかと恭介が迷っていると、


「瀬奈くん……今からキミを魔法少女にするわ」


 と、櫻子は何をトチ狂ったか、そんなことを言ってきたのである。


「いや、俺、男ですし」


「わ、わたしだって少女って年じゃないけど魔法少女を名乗ってるし同じよ!」


 どうやら自覚はあったらしく、頬を染めつつ続ける。


「そもそも瀬奈くんに秘密を打ち明けたのは魔法少女にしてこちらに引き入れるため……嫌と言っても協力してもらうわよ?」


 と、彼女は懐から翡翠のような緑色の石を取り出し、机の上にポンと置いた。


「何すか、この石は……?」


「竜座の苗となる欠片の一つよ」


 竜座の魔法少女になるためには、竜座の魔法少女候補生たちを倒し、すべての苗を回収し、取り込む必要性があるとのことだったが……


「魔法少女は穢れなき乙女しかその資格は持てないの」


 穢れなき乙女――つまり少女とは処女のことで、処女なら年齢に上限はない――という設定であるらしい。


「それ以前に女性ではない瀬奈くんには魔法少女になる資格そのものがない。だからわたしの血と魔力を代用し、誤認識させる」


 櫻子はそう言うと、手にしていた安全ピンの針で自身の左手の人差し指をブスリと刺した。


 そして親指で血を押し出すように針を刺した部分を圧迫させ、ぷくっと血の玉を作ると、それを机に置いてあった石に垂らした。


「えっ?」


 どういう仕掛けなのか、石が緑色に発光した。血に化学反応して発光する塗料のようなものを塗ってあったのだろうか?


「さあ、瀬奈くん。これで今日からあなたも魔法少女よ」


 櫻子が言った瞬間、石がバッタのように跳ね、恭介に向かってきやがった。


「なっ!」


 危ない、そう思って右手で庇おうとするも、石は手をまったく傷つけずに貫通し、そのまま恭介の胸に取りついたのだった。


「えっ? どうなって……」


 石は触れることができず、そして体内へと取り込まれた。


 唖然とする中、恭介の身体は全身を淡い緑色の光の帯に包まれて――


「えっ? な、なに……」


 そして次の瞬間、光は弾け飛んだ。


「うをっ! な、なんじゃこりゃーっ!」


 自身が着ている服を見て驚く。


 先ほどまで制服を着ていたはずなのに、今はグリーンを基調とした、ふりふりの可愛らしい衣装に早変わりしていた。


 しかも右手にはこれまたグリーンのステッキ。完全に衣装だけは魔法少女っぽくなっていたのである。


 それは、新たな魔法少女が誕生した瞬間であった。

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