弁明

 恭介は部屋をおん出された。


 おそらく繭子が着替えをしつつ、何があったか事情聴取を受けているものと思われる。ぶっちゃけこのまま逃げ出したいというのが本音であったが、繭子があることないこと言って、更にややこしくなるのも困るので逃げ出すわけにもいかなかった。


 そうして暫く待たされた後、ドアが中から開け放たれる。


「入りなさい」


 櫻子が険しい顔つきと静かめだが重々しい口調で恭介にそう促す。


「そこに座って」


 自身の目の前に座るように櫻子は指を差し、言った。


「は、はい……」


 素直に従いに、床の上に正座する恭介。横目で確認すれば部屋着に着替え終えた繭子がざまぁみろといった目でこちらを見下ろしていた。


「妹から事情はすべて聞いたわ。瀬奈くん。あなたって人は……三股だけでは飽き足らず、わたしの妹まで……どういうつもりなの?」


「ど、どういうって……妹ちゃんに何を言われたか知りませんけど、誤解したりしていませんか?」


 櫻子は怪訝そうに顔を歪めて、


「誤解? 何が誤解なの? 嫌がる女の子の服を無理矢理脱がせるのに誤解も何もないわよ?」


「ち、違うんです! つ、つまりは――」


 恭介は伏せて置きっ放しだったスケッチブックを拾い上げると、バッと掲げて、『ドッキリ! 大成功!』と物々しく描かれた文字を見せつけた。


「何なの……それ?」


「はい。つまりはちょっとした悪戯のつもりでしたことでして」


「なっ! い、妹に悪戯しようとしてたってこと!」


「ち、違います!」


 恭介は繭子の方をチラッと一瞥してから、


「実を言いますと僕、妹さんに脅迫されていまして……」


「繭子に脅迫ですって?」


「は、はい、それで無理やりヌードモデルにされまして……その仕返しにちょっとだけ困らせようとしただけなんです。別に本当に裸にするつもりなんて毛頭なかったんです」


 櫻子は振り返って、


「……そうなの? 繭子?」


「だ、騙されないでよ、櫻子姉さん! わたしがモデルを探してたら瀬奈君がやってくれるって快く引き受けてくれたからお願いしただけ。そしたら俺の裸を見たんだから次はお前もって無理やり脱がされて……本当に恥ずかしくて……わたし……わたし……」


 と、涙ながらに櫻子に訴える繭子に慌てる恭介。


「ちょ、ちょい待て。泣くのは卑怯だぞ。そもそも事の発端はお前が俺を脅迫して脱がせたからで」


「はっ? はぁっ? 脅迫って何よ? わたしが何をしたって言うのよ?」


「いや、だからそれは――」


 恭介はそこまで言うとハッとして固まり、ぎぃ~と首を巡らし冷たい表情をした櫻子の顔を見やった。


 ここで真実を語るべきかどうなのか? 


 仮にすべてを話すとしたら体育館倉庫で色葉におしっこを掛けられている姿を動画に収められ、強請られた事実をも伝える必要がある。

 しかしそれは色葉の名誉のためにも避けたかったし、それ以前に証拠動画は先ほど漫画の件と引き替えに削除済み。脅迫されていた事実を証明する手立ては……録音データはあるがそうすると色葉のことまで知られてしまって、それはできないと恭介は思った。


「……瀬奈くん? 何か言うことは?」


 と、ことのほか静かな口調で訊いてくる櫻子。


「え、え~っと……その……」


「瀬奈くんはうちの妹を全裸にして悪戯しようとしていた……そうよね?」


「で、ですから違いますって! そもそも自分も妹さんにがっつりと裸見られてますし」


「むしろあなたが見せつけてきたのでしょ? 繭子は嫌がっていたのよ! 三股したり強制猥褻しようとしたり……どこまで性根が腐っているんです? 親御さんが知ったら泣くわよ?」


「いや、そんな事実はないですから! ていうか裸見られるの俺だって恥ずかしかったですし」


「そう? 反省の色がまったく見られないわね? だったら職員会議にかけて停学処分か……最悪は退学にして自らが犯した罪をじっくりと見つめ直してもらうことにするわよ?」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、退学って!」


「何? 自主退学する?」


「し、しませんって!」


 停学程度ならまだしも退学はキツい。世間体というものもあるし、そんなことで両親に迷惑を掛けたくなかった。


「どちらにせよあなたのしたことは犯罪です。職員会議にかけて必要なら警察に――」


「なっ!」


「ね、姉さん、そこまで話を大きくしなくても!」


 と、間に入ったのはそれまで傍観していた繭子で、


「結局は未遂に終わったし……」


「でも繭子……わたしが帰ってなければ今頃あなたは瀬奈くんにひどいことされていたかもしれないのよ?」


「それは……絵の上達のためとはいえ、瀬奈君を家に招き入れてしまったわたしの落ち度かもだし……今回の件は野良犬にでも噛まれたと思って諦めるから」


「の、野良犬って……」


 ひどい言われようであるが、繭子が擁護してくれそうな雰囲気もあったので成り行きを見守ってみることにする。


「でも……櫻子姉さん? 必要以上に話を大きくしたら変な噂が立っちゃうかも……そっちの方が困るよ」


「噂……確かに……そうね……」


 服を脱がされ掛けただけと主張しても、恭介が退学にでもなればそれ以上のことをされたと勘ぐる者も出てその噂が広まり、繭子のこれからの学校生活に支障をきたす可能性があるかもしれないとの主張である。


「けど繭子? 本当にこの女の敵である瀬奈くん許しちゃっていいの? 後悔はしない?」


「うん、今後も絵の上達のために協力してくれるっていうなら……今日のことは水に流そうって思う」


「ん……んんっ?」


 繭子の物言いに恭介は眉をひそめた。


「い、いいよね? 瀬奈君?」


 これ以上ことを荒立てたくなければ継続してモデルをしろと繭子は脅迫してきているのである。


「はっ、ははっ……協力したいのは山々だけどよ、また二人っきりになっちゃうし……ねえ? ダメっすよね、種ちゃん先生?」


 と、恭介は作り笑いを浮かべつつ、櫻子に拒否を促すようにして問い掛ける。


「二人っきり……そうねぇ~……」


 櫻子は眉間に皺を寄せ、暫し黙考してから、繭子に向き直り、


「今のあなたには瀬奈くんの協力が必要なの?」


「う、うん。ダメ……かな?」


「いえ、あなたがそうしたいならそうなさい」


 恭介はそんな種田姉妹のやりとりに「何でそうなるんだ?」と狼狽しつつ、


「種ちゃん先生、それはおかしい。おかしくないっすか?」


「何が? 繭子はあなたを許してあげようとしているのよ? 何が不満だって言うの?」


 完全に恭介が悪者にされていることに関しては、とりあえず目を瞑ることにして、


「さ、さっきも言いましたが二人っきりだとほらっ……また問題が……起こすつもりはありませんよ! けど変な誤解が生じてもあれですし……ねえっ?」


「その心配は無用よ。二人っきりにはさせないから」


「はっ?」


「これから瀬奈くんがモデルをする際は、わたしが監督役を務めさせてもらいます」


「えっ?」


 なぜかそんな流れになってひどく困惑した。


「で、でも、まあ……」


 この場さえ乗り切れば、後はいろいろ口実を作っていなせば何とかやり過ごせるんじゃね、と思った恭介はそれを承諾したのだが……


「じゃ、じゃあ瀬奈君? せっかく監督役の姉さんもいることだし、これからヌードデッサン……付き合ってくれるよね?」


 繭子がにっこりと笑って、そう言ってきたのであった。

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