反撃の狼煙

 そろそろ家を出ないと遅刻する時間帯。その前に忘れ物がないか最終確認。


 恭介は、通学バックに昨日の夜に用意したものを詰め忘れていないかしっかりとチェックする。


「よし、あるな」


 ニヤつきながらバックを閉め、立ち上がった。


「んじゃ、いってきま~す」


 玄関を出てバックを自転車のかごに放り込み、鍵を外そうとしていると、携帯電話の着信音が鳴った。


「んっ? 誰だ、こんな朝っぱらから……?」


 着信画面を見やれば結愛からだった。


「もしも~し、どうったの?」


『あ、お……おはよう、瀬奈君』


「うん、おはよ」


『……え、え~っと、ね……瀬奈君、今日一緒にいけなくなっちゃったから、ま……待たなくていいからね?』


 自転車通学の恭介だったが、結愛と待ち合わせ、そこから駅までの区間、結愛に合わせ、自転車を押して通学していたのである。


「わかった。風邪か?」


『あ、う、ううん……ち、違うの……え、え~っとね、瀬奈君……お、おパンツ強盗って……知ってたりする……かな?』


 おパンツ強盗――ここ最近この界隈で現れているという、女性のおパンツを脱がせて奪う、神出鬼没な変態強盗のことである。


「いや……知ってるけど……急に……なぜその話題?」


『あ、うん……そのね、さっきそのおパンツ強盗に遭遇しちゃって……』


「えっ? な、何それ? だ、大丈夫だったのかよ?」


 と、慌てて訊き返す恭介。


『あ、うん……わ、わたし……パンツ……穿いてなかったからパンツは……無事……だよ?』


「ぱ、パンツ穿いてないって……」


 恭介はそこでハッとなり、


「ま、まさかオムツ! オムツを脱がされ盗まれたのか!」


『ち、ちが……偶然通りかかった人に助けてもらったから……だ、大丈夫だよ?』


「ああ、そうか……そうなのか……」


 ホッと胸を撫で下ろす恭介。オムツが無事で何よりである。


『あ、ご、誤解させちゃう言い方でごめん……なさい。で、犯人は逃げちゃって……今から警察に被害届出しにいくから待たないで先にいってね、って伝えるための電話です』


「わかった。つか、一人で大丈夫か? 不安なら俺もそっちに行くけど?」


『し、心配してくれてありがとうだけど……助けてくれた人も一緒だし……大丈夫』


「そっか……それならいいけど……気をつけなくっちゃだな? 何なら犯人が捕まるまで送り迎えとかしようか?」


『あ……大丈夫。こんな朝方からそーいう人が出ると思わなくて近道に人通りが少ない道を選んじゃっただけだから』


「そっかー、わかった。じゃあ気を付けて」


『う、うん。ありがとう瀬奈君。じゃ、じゃ……また明日』


「はーい。またあした~」


 そうして恭介は電話切ったのであった。


 しかしおパンツ強盗とは……世も末である。




「えっ? 種ちゃん先生休みなん?」


 朝倉の情報によると、櫻子はまだ学校にきていないらしかった。どうやら病院に寄っているらしく、今日は休むかもしれないという話だった。


「んで、こなけりゃ、二限目は自習だってよ」


 二限目は副担任である櫻子の担当教科である国語の時間割となっていたのである。


「そっかー、じゃあ二限目はゆっくりできんなー」


 だが恭介たちの期待とは裏腹に、櫻子は普通に時間までに現れ、二限目の授業からはしっかりと教壇に立ったのである。


「しっかし……何だろ……エロいな……?」


 特別、外見的には変わった様子は見られない。いつものように結んだ髪を右サイドから胸元に流しているし、服装もゆったりとしたシャツにロングスカート。


 いつもは爽やかで清楚な印象を与えている櫻子であったが、熱のせいなのだろうか? 頬を紅潮させ、いつもよりどことなく緩慢な動作となり、仕草もいつもより女性らしく、なぜか普段は感じさせないエロスを漂わしているように見えたのである。


 そしてそんなことを考え、櫻子を観察している間に二限目の終了を告げるチャイムが鳴った。


 休み時間、櫻子の醸し出していた不思議なエロスについて朝倉と童貞談義を交わしたかった恭介であったが、ちょいとばかし用件があったので、廊下に出て、隣のクラスの人の出入りが見える位置を陣取り、待機した。

 実は言うと、一限目の後もこうして待機していた。隣のクラスの人間に頼んで呼び出そうかとも考えたのだが、そうするとかなり迷惑がられる気がしたので、偶然を……あくまで偶然を装うことにしたのである。


 そうして目的の人物――種田繭子が隣の教室から出てくるのを見つけると、ひょいと片手を上げ、笑顔で声を掛けた。


「よお、安達じゃん?」


 しかし繭子は恭介の声は聞こえてませんという素振りですたすたと歩いていく。


「お~い、安達さん?」


 更に無視を続けていた繭子であったが、廊下の角を曲がった瞬間、


「わっ!」


 胸倉をつかまれ、真っ赤な顔をした彼女にぐいっと引き寄せられ、


「ちょ、ちょっと何のつもり? 学校では話しかけないでって言ったでしょ? 基本的にわたしはぼっちなんだからさ!」


「えっ? そうだったん?」


「そうよ!」


 繭子は極度の恥ずかしがり屋さんで、上手く友達を作れず、特に男子とは面と向かって会話すらまともにできないそうな。それなのに隣のクラスの恭介と話していたりしたら変な噂が立つ可能性があり、それを懸念しているらしかった。


「あれっ? 相田とかと仲良かったんじゃないの?」


「ち、違うわよ! ちょっと……落した手紙を見られちゃって……」


 どうやら手紙を書いて呼び出すつもりで下駄箱に投函するつもりだったが色葉のせいでタイミングを逃し、手紙を落して喜久子に読まれ、結果的に喜久子に手伝ってもらっただけとのことだった。


「つーか色葉のせいって何だよ?」


「そ、そうよ……あの娘なんなの?」


「何って……何が?」


「あ、あの娘……なんか……瀬奈君の上履き嗅いで恍惚としてたんだけど……」


「えっ?」


 恭介は表情を引き攣らせる。


「み、見間違えじゃね?」


「見間違えじゃないわよ! 絶対に瀬奈君の下駄箱だったわ! あ、あなたたちどーいうカップルなのよ?」


「いや、気のせいだし……色葉がそんなこと……」


 してないとは言い切れないが、否定しなければならない局面であろう。おそらくは。


「ふん、もういいわよ! っていうか、そ、その前に瀬奈君? 安達って誰よ? わたしの名前は種田なんですけど! 種田繭子なんですけど!」


「いやいや昨日うちに訪ねてきてそう名乗ったじゃん?」


 繭子はぷいっと顔を背けて、


「な、何のことよ? し、知らないわよ、そんなのは……!」


「じゃあ、まあ、いいけど……で、今日のモデルの件だけど……中止だって?」


「そ、そうよ……さっきも伝えたけど、今日はちょっと用事があるの!」


 今日は元々モデルをやる約束となっていたが、急遽予定が入ったとかで、先ほど繭子からその旨を伝えるメールが届いたのである。


「へ~、バイト? それとも他の用事?」


「い、いいでしょ、別に……とにかく今日はなしだから!」


「うん、わかった。モデルなしな」


 恭介はにっこりと笑って言った。




「えっ? 何で……きたのよ?」


 繭子は恭介の顔を見ると、怪訝な表情で言った。


 恭介はその日、学校が終わると恭介は繭子の後を尾行した。用事があると言っていたが、特にどこかに立ち寄るということはせず、真っ直ぐ家路についた。

 家には誰もいないようで、繭子が玄関の鍵を開ける。


 恭介は繭子が玄関の引き戸を閉めて彼女の姿が見えなくなった瞬間、玄関に駆け寄り、ワクワクした顔でインターホンを押した。


 当然、応対のため彼女がガラガラッと引き戸を開け放ち、この驚きの反応となるわけである。


「今日はモデルいいって言ったよね、瀬奈君?」


「それよりも知ってるのか?」


「はぁっ? 何をよ?」


 不機嫌そうに顔をしかめる繭子に恭介はふっと不敵な笑みを浮かべ、用意してきたそれを差し出した。


「こんなホモホモしい漫画を描いてるってことをクラスメイトや家族……種ちゃん先生たちが知ってるかってことだよ?」


「なっ……んで!」


 目を丸くさせる繭子。


 恭介が彼女に見せたのは、繭子が描いた同人原稿のコピーであったのである。


「ねぇね……姉貴に頼んでスキャンしてコピーしてもらった。んで安達さん。姉貴には口止めしようとしてたみたいだけど……もう割れてんだよ?」


「くっ……」


 繭子は歯噛みして、がばっと頭を下げて言う。


「お、お願い……だ、誰にも言わないで! こっちもあなたたちの動画を消す……それでいいでしょ?」


 無論恭介は繭子の申し出を受け入れることにした。

 ただし、それだけで終わるつもりはなかった。借りは返さなくてならぬ。


 恭介は繭子に見えぬところで鬼畜な笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る