面接

 駅前の喫茶店『PLUTO』にて、種田繭子はそわそわしながら店内に掛かった時計を見やる。


 待ち合わせの時間の五分前。これから繭子はバイトの面接だった。


「とにかく落ち着かないと……」


 そろそろ現れても不思議のない時間である。

 繭子はティーカップを手に取り、口をつける。


「んっ……」


 テーブルに置いていた携帯電話がブルって、着信相手の名前にドキッとする。

 先方からだった。繭子は大きく息を吐き出してから、電話を取る。


「はい。もしもし――」


『もしもし種田さん……よね? ちょっと右手上げてみてくれる?』


「えっ?」


 電話なのにどうしてだろうかと疑問に思いつつも、繭子は言われたとおりに右手を上げてみる。


「こ……こう……ですか?」


『ああ、やっぱり』


 電話の向こう側にいるはずの彼女は嬉しそうに言って、


『種田さん。こっち……窓際の方を向いて』


「えっ?」


 言われて見てみれば、窓の外で柔和そうな女性が、こちらに向け手を振っていた。


「に、西高の……制服……?」


 まさか同じ学区内の高校に通っている女子高生とは夢にも思っていなかったが、どうやら彼女が新進気鋭の漫画家、藍里セナその人であるらしかった。




「は、はじめまして、種田繭子です」


 繭子は真向いの席に座る藍里セナに自己紹介をした。


「ええ、よろしくね、種田さん」


 優しい笑顔でそれを返す藍里。


 人見知りの激しい繭子だったが、この人であれば特に緊張することなく話すことができそうな優し気な雰囲気を持っている人だった。

 この人と一緒なら、何とかやっていけそうな気がする。

 今日は漫画家・藍里セナのアシスタントになるための面接だったりしたのだ。


 繭子は漫画家になるのが幼い頃からの夢だった。

 そのせいでちょっとばかし中学時代にしくじってしまったが、それも今ではいい思い出……には全然なっていなかった。

 中学時代の奴らは皆死んで……いや、本当に皆死んだら後味が悪いし、髪の毛が全部抜け落ちる程度の緩い呪いに掛かればいいと思った。


 とにかくそんなことは忘れて高校に入った辺りから同人活動、そして漫画賞への応募を開始し、先日、漫画賞に送った作品が最終選考まで残ったという連絡が出版社からあった。最終的には落選をしたものの、画力は一定水準を満たしており、今後は期待できるという言葉をいただいた。


 そして藍里セナ先生が連載を増やすために女性のアシスタントを探しており、繭子がセナ先生の同県在住であるということでよかったらやってみないかと誘われたのである。

 デジタルで作業する漫画家の場合は、原稿をスキャンしてネット越しでやりとりし、アシストを行うケースもあるそうだが、藍里セナは主にアナログ。つまりはプロの技術を盗むチャンスと言われ、繭子はその申し出を二つ返事でOKした。


 しかし藍里セナの方もアシスタントを取るのは初めてということで、今日、面接をして決めるということになったのである。

 つまりはこの面接で断られる可能性も十分あった。


「え~っと、種田さん? 編集の井口さんからは画力が物凄い高いという話は聞いています」


 繭子の作品は、画力は高いが内容が壊滅的にダメだったらしく、最終選考で落ちたと講評されていた。


「ということで種田さん? わたしのアシスタント引き受けてくれるかしら?」


「えっ? い……いいんですか? まだ何も訊かれてないんですけど?」


 繭子の中で自己紹介をしただけで、面接は始まってもいなかったのである。


「ええ、わたしも初めてだから不安だったし、面接という形を取らせてもらったけど、種田さん普通そうな人だし、後は手伝ってもらってみないとわからないから……どうかしら? やってくれる?」


「も、もちろんです! ぜ、是非やらせてください! よろしくお願いします!」


 繭子は立ち上がり、がばっと頭を下げた。


「こちらこそ。よろしく」


 藍里セナは軽く頭を下げてから、


「それで……待遇面だけど……お給料のことはよくわからないから井口さんの方と相談するとして、他に要望とかあったりするかしら?」


「えっ? 要望なんて……あっ! じゃ、じゃあ……その……わたしが描いた新作の感想をもらっていいですか?」


 言って繭子は漫画原稿の入った封筒をセナに差し出した。


 画力について質問されたら提出しようと思って持参してきていたが、せっかくなので現役作家の忌憚なき意見を聞かせてもらいたいと思ったのである。


「わかったわ。じゃあちょっと読んでみるわね?」


 言って封筒を開けて原稿を取り出そうとするセナに繭子は慌てて、


「ま、待ってください、先生!」


「えっ? 何?」


「いえ、よくよく考えてみればそういったものを公の場で見ていただくのは……周りの目もありますし……それに目の前で読まれるのは恥ずかしいんで、後日お願いします」


 自分の作品を読んでいる姿を見ているのは心臓に悪すぎてまだ耐えれそうになかったのだ。


「……わかったわ。じゃあ帰ったら愉しみに読ませてもらうわね?」


「……た、愉しみに? は、はい! よ、よろしくお願いします」


 あまり期待されても困るけれどその辺はおそらく社交辞令だろう。


 画力に関していえば、同級生の男の子に人物デッサンのモデルに協力してもらったりして、少しずつではあるが上達していると思う。

 しかし内容や構成に関していえばやはり不安が残る出来であったのである。


「それじゃあ……これからどうしようか? 今度は直接仕事場……といってもただのうちだけど、迷っちゃうとアレだし 今日、これから案内だけしておこうかしら?」


 有名なお店とかであれば道行く人に訊いたり、看板を頼りに進めばなんとかなるかもだが、行ったことのない地域の家を一人で訪ねるのは不安なものがある。


 なので繭子はその申し出をありがたく受け入れることにした。




「ここがうちね? そんな入り組んでないし、迷ったりしないわよね?」


「は、はい……それは……それよりも……」


 繭子は藍里セナ家の表札を指さして、


「……瀬奈……さん?」


「……わたしの……ああ、ごめんなさい。まだちゃんと名乗ってなかったかしらね? わたしの本名は瀬奈藍里だから……よろしくね?」


「は、はい。よろしくお願いします……」


 しかし瀬奈とは……


 そりゃ本名なわけがないのは分かっていたが、その名は、画力の底上げのためにモデルとして協力してもらっている男の子と同じ名字であったのである。


「お茶でも飲んでいって。さあ、種田さん。どうぞ」


「は、はい……」


 偶然である。


 繭子は軽く心臓を拍動させつつ、瀬奈家の門を潜った。

 瀬奈なんて名字はどこにでも……ありはしないが、たまたまなのである。


 そう。すべては偶然で――

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