デルモ

 恭介は繭子に連れられ、自宅からは数駅離れた隣町までやってきていた。


 どこまで歩くのか、無言で付き従っていたら、とある閑静な住宅街に差し掛かったところで前を行く繭子は足を止めた。


「んっ? ここがおまえん家か?」


 種田の表札を掲げたそこそこ立派な和風建築の家屋が真ん前に佇んでいたので繭子に訊いた。


「そ、そうだけど……家に誰もいないからって、変な気は起こさないでよね!」


「お、起こさねーよ」


「も、もし少しでも変なことをしたらあなたたちの痴態がインターネットの海に未来永劫漂うことになるんだからね!」


「いや、し、しないから、本当に……」


 こんな風に脅され、恭介はここまで連れてこられたのである。


 携帯電話を無理矢理奪って動画を消そうにも、既にクラウドサービスにてネット上でデータを保管しているらしく、下手に逆らえない状態となっていたのだ。


「つーか絵のモデルするだけなんだよな? だったらおまえん家までわざわざこなくても、学校ですればよくね? それ以前に画力を上達させたいなら美術部でよくね?」


「う、うるさいわね! わたしの画力は既に高校生レベルを軽く凌駕しているのよ! 今更高校のクラブ活動如きじゃ物足りないのよ!」


「だからってさ……」


 恭介は深い嘆息を漏らしてから、


「ま、まあ、いいや……とにかくとっとと済まそうぜ。そうすりゃ動画を削除してくれんだろ?」


 絵のモデルになれば動画を削除する。


 そういう約束で恭介は繭子に付き従い、ここまで着いてきたのである。




「お、おい、やっぱおかしいだろ! これ……おかしいだろ!」


 二階の洋間――繭子のお部屋の片隅にて、恭介は今、一糸纏わぬ姿とされ、前屈み気味に大切な部分を両手で覆って彼女には見せぬようにしているところだった。


 モデルをするのは承知していたが、まさか全裸になるよう指示してくるとは思いも寄らなかったのである。


「画力向上のために人物デッサンが大切なのはわかった。けど別にパンツくらい穿いていいよな!」


 人物をしっかり描くには骨格や筋肉の動きを知る必要があり、その上で人物のデッサンが必要なのだそうだ。

 しかし現在、繭子は顔を真っ赤にして全裸の恭介から顔を背けていた。


「ほ、ほら……お前だって恥ずかしくて絵なんて描いてる場合じゃないんだろ? パンツ……穿いていいよな?」


 同意を求める恭介に繭子は真っ赤な顔で首を横に振り、


「いいからさっさとさっき指示したポーズを取りなさいよ!」


「い、いや……さっきまでのポーズならともかく、次のポーズは丸見えちゃうし」


「い、いいから黙っておちんぽ見せなさいよ!」


 恭介は頬の筋肉をピクピクと引き攣らせつつ、


「お、おい……一応訊くが、芸術のためのヌードモデルなんだよな?」


「と、当然でしょ? じゃなきゃ誰が好き好んで瀬奈くんのおちんぽなんて……恥ずかしがらないでよ! こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない! 男なら、おちんぽの一本や二本、堂々と見せなさい! 別にいいでしょ? 減るもんじゃなし」


「そ、そう言う問題じゃ……というか二本もねーよ」


「に、煮え切らない男ね! ほんとにあなたたちの痴態、ネットの海にばら撒くわよ? それでいいの!」


「くっ……それは困るけども……」


 動画は恭介の顔がばっちり映っていた。スカートを捲り上げておしっこをしている色葉の方は後ろ姿ではあるが、特定される可能性は十分にあった。

 そんなことをしたら男の恭介はまだしも、色葉の人生が終わってしまう可能性があった。


 ここはもう、繭子の言うことに素直に従うしかない。


「もう一度訊くが、芸術のためのヌードモデルなんだよな?」


「さっきからそう言ってるでしょ!」


「し、信じるからな……その言葉、信じるからな……俺は芸術のために脱いでるんだからな!」


 繭子に含むところは何もない。恥ずかしがることはないのだ。自身のおちんちんを露出させることで色葉の名誉が守られるというのなら、逆に安い買い物である。


 額に汗を浮かべた恭介は、深呼吸をし、「よ、よしっ!」と自分の中で勢いをつけ、そこから手を退けて――



 両手を頭の後ろに組んで、ピンと背筋を伸ばすように佇む恭介。


 始めは恥ずかしかったが、モデルの恭介を真剣な眼差しで捉え、ひたすら鉛筆を動かす繭子の姿に、次第に照れが消え、表情が引き締まっていった。

 どうやら繭子は本当に人物デッサンのためだけに恭介を呼び寄せただけだったらしく、自分が妙に意識してしまっていたことに恥ずかしくなりつつもあった。


 そしてそんな緊張感のある時間はあっという間に過ぎ去った。


「終了よっ!」


 恭介は繭子の言葉にホッと安堵する。


 その途端、急に裸であることが恥ずかしくなり、着替えの置いてある籠まで歩み寄り、部屋の片隅で繭子にケツを向ける形で着替え始めた。

 とにもかくにもこれで終わりなのである。


 恭介はとりあえずパンツだけはちょっとだけ慌てるようにして穿き、シャツを手にすると繭子に顔だけ振り返らせ、言う。


「お前の描いた絵……見ていい?」


「ふん、べ、別に……いいわよ?」


 恭介は「よし」と頷き返し、着替え終えると繭子の絵を見せてもらい、感嘆する。

 上手い。確かに高校生が描いたとは思えぬ精巧で緻密な絵に仕上がっていた。


 知り合いが見たら一〇〇パーセントモデルが恭介と気づくだろう。

 そして局部もまた精密な描写をされていて――


「お、おい、これ誰かに見せたりしないよな? 頼むからやめてくれよな?」


 繭子はそれにすんなりと頷く。


「見せるわけ……そんなことはしないわ」


「そ、そうか……よかった」


 ホッと胸を撫で下ろす恭介。


 こんなものを不特定多数の人間に見られるのはさすがに恥ずかしいものがあった。

 しかしこの絵よりももっと見られてならぬものが恭介にはあった。

 そのためにヌードモデルなんて恥ずかしい真似をしたのだから。


「種田妹……これで約束は守ってくれるな? ちゃんとあの動画……削除してくれるよな?」


「ええ、これから卒業するまで、みっちり付き合ってくれたらね」


 きょとんした顔つきで、目をパチクリとさせる恭介。


「うーん、あれっ? 聞き違えた……かな? 今日モデルをしたら削除してくれる約束だったよね?」


「いいえ! 卒業するまでの三年間よ!」


「ちょ……そ、そんなこと言ってなかっただろ!」


「今日だけとも言ってないわよ!」


「い、いや、確かにそうだけどよ……おかしくね?」


「べ、別に心配しないでよね! わ、わたしが興味があるのは瀬奈君の身体だけ……あなたの身体に飽きたらその前に解放してあげるわよ!」


「えっ? な……何その物言い? とっても屈辱的なんですけど?」


 とにもかくにもそんな経緯でヌードモデルの続行が決定したのだった。

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