種田繭子

 種田繭子がその動画を手に入れたのはまったくの偶然だった。


 先日、昼休みの時間を利用し、校内にてデジカメ片手に資料集めに奔走していた時のことである。


「あとは確か……」


 繭子は男子トイレを横目にしつつ、


「さすがに無理か……」


 男子トイレにも入って撮影したかったが、それは後回し。

 人がいない放課後とかでないとどう考えてもマズい。


 諦めて繭子は体育館のバスケットボールや跳び箱などが格納されている用具置き場に移動する。


「えと、必要な構図は……」


 頭の中で必要そうな絵を思い浮かべ、パシャリ、パシャリといろいろな角度から撮っていく。


「こんなところかしらね……?」


 撮った画像を確認し、納得して頷く繭子。


「残りは……」


 ガコン。


「?」


 外で物音。繭子は用具置き場の扉を僅かにスライドとさせて外を見やる。


「人が……くる! あれは確か……」


 一人はスクールカースト最上位であろう隣のクラスの美人さん、志田色葉。

 もう一人は、顔は知っているが名前を知らない男子生徒。


 二人はこちらに近づいてきている様子であった。


「マズい。こんなとこで写真を撮っていることが知れたら……」


 繭子の頭に起こり得る最悪の未来が頭に浮かぶ。


「あなたは隣のクラスの種田繭子さん、ここで何をしているのですか?」


 不審がって訊いてくる色葉にどきまぎとなる繭子。


「え、えと……ちょっと……」


 その狼狽振りに男子生徒がにやりと笑って、


「はは~ん、わかったぞ、種田先生の妹よ。きっとお前は……」


 バレる。絶対にバレるに違いない!

 繭子は全身に汗を滲ませる。


「こ、これじゃあ、中学時代の二の舞だ……」


 そして暗黒の中学時代のトラウマが蘇り、ガタガタと体が震えてきた。


 せっかく中学時代の同級生とはかち合わないように家からちょいと離れた高校を選んだのにバレてしまっては元も子もなくなってしまう。

 絶賛ぼっち中の繭子であったが、中学時代のようになるのは現在のぼっち状況より辛かった。


「か……隠れなきゃ……!」


 しかしどこに……?


 用具置き場をざっと見まわし、跳び箱が目に飛び込んできた。

 隠れるスペースはそこしかなかった。


 近づいてきた二人に慌てて、繭子は跳び箱の上部を開けて入り込んだ。


「ふぅ~、これで一安心――」


 ――って、ちょっと待て。冷静に考えよう。

 もし跳び箱の中に隠れているのがバレた方が問題ではないか?


 だったらそのまま出て行って出くわした方が……


「先生に頼まれて備品のチェックをしていたの」


 とか言い訳ができたかもしれない。


 ちょっとパニくって隠れてしまったが、よくよく考えてみればここで資料集めをしていたなんて言わなければ分からないであろうし、二人とも影の薄い自分になんて関心があるわけがなく、そこまで勘繰ってこないであろう。


「今からでも出た方が……?」


 繭子がそう判断し、跳び箱の天井に手をつき押し上げようとした瞬間である。

 扉がガラガラとスライドする音が耳に響いてきた。


「ヤバい……遅れた」


 逃げ道が完全に遮断される。繭子は跳び箱の中で息を殺し、じっと身を潜ませることにした。


「そ、そもそもあの二人はここへ何しに……」


 何か忘れ物でもしたのだろうか?

 しかしどうしよう。何かの拍子に中にいるのがばれ、跳び箱の上部を開けでもされたら……


「終わる!」


 跳び箱の中で早く時間が経てと体育座りをして二人が去るのをただただ待っていた繭子。

 しかし時折、トイレがどうとか気になるワードが微かに聞こえてきていた。


 とりあえず跳び箱が開けられるような様子もなく、繭子は手を入れて持つ用の隙間にそっと顔を近づけ、外の様子を窺うことにして――


「うわっ! な、何なの! あの二人……何をしているの!」


 見えるのは、色葉の後ろ姿。


 しかしその足を少し開いた色葉の太腿には、中途半端に下ろされたショーツが引っ掛っていた。

 もしかして二人は、そういう仲であったのだろうか?

 男同士ならともかく、男女でだなんて……不潔すぎる!


 でも学年一の美人さんで完璧超人の色葉がなんであんな特徴もない普通の男と……


 そこで繭子はハッとする。


「も、もしかして弱みでも握られていて……」


 だとしたら助けてあげなければならない。


 色葉がスカートを男子生徒に向けて捲り上げた。

 繭子は二人にカメラを向け、とりあえずその様子を動画に収めることにした。これで男子生徒の方を退学にするのも思いのまま。


「えっ?」


 しかし次の瞬間、思わぬ場面が動画に収められることとなる。


 あの完璧超人の色葉が、男子生徒におしっこを浴びせ掛け始めたのである。


「ど、どういうこと……なの?」


 繭子は驚愕しつつも、その様子をしっかり動画に収め続けた。




 繭子はいろいろ考え、彼を呼びつけることにした。


 体育館倉庫でおしっこをかけていた二人の関係性がよく分からなかったからである。

 とりあえず証拠動画はばっちりと収めていたから、仮に志田色葉が無理やりにあんなことをされていたとしたら、この動画を匿名で姉か誰かに渡して託せば瀬奈恭介にそれなり処罰が下され、色葉を救い出すことができ、感謝され、高校生になって初のお友達ができたりするかもしれなかった。


 色葉は自分とは違ってスクールカースト最上位な人物であり、彼女とお友達になればそこから交友を広がり、この先の高校生活に色を携えることができるかもしなかった。


「まあ、好きでぼっちしてるからいいんですけどね……」


 それでも向こうから友達になって欲しいと言ってきたら断る理由はありはしないのでそうするまでだ。

 しかし違ったら? あの二人が好んでそういった行為に及んでいて公にしてしまったらそりゃ恨まれるだろう。


 だから繭子は恭介に確かめることにした。

 どちらにせよあの動画は脅迫にも使える。


 繭子は恭介……というか男性にかなりの興味があったのである。

 しかしぼっちで過ごしてきた繭子にいきなり面識のない隣のクラスの男子生徒に声を掛けるなんて行為はハードルが高すぎた。 


 繭子は彼を休み時間に呼び出し、話をするため手紙をしたため、それを下駄箱に入れることにした。




「あ……れっ?」


 朝、早めに家を出て、誰もいないであろうと下駄箱にくると先客がいた。

 志田色葉である。


「何をして……」


 彼女は周囲を見回し、下駄箱から一足上履きを取りだした。


「……青ってことは……?」


 男子生徒の上履きだった。


「!」


 何と彼女はその上履きを顔の前に持ってきて、恍惚とした表情で、スーハーし始めたのだった。




「な……何だったんだろう……あれは……?」


 夢であったのだろうか?

 色葉の行為に、結局、手紙を下駄箱に入れることはできなかった。


「まあ、放課後でいいか……」


 そんなことを考えている時のことである。


「種田さん?」


 同じクラスの相田喜久子に声を掛けられた。ぼっちである繭子に声を掛けてくる者はあまりいない。いたとしても業務的なものがほとんどだった。


「な……何?」


「これ……落したよ?」


「えっ? あっ……あっ……!」


 あたふたと慌てふためく繭子。それは下駄箱に入れようとしていた恭介への手紙だった。


「そ、それは……違くて!」


 ラブレターと勘違いされるのは不本意だったので説明すると、彼女は恭介と知り合いだったらしく、協力してくれると申し出てくれた。面倒だったので一度は断ったが、喜久子は面白がっているのか、是非にということで仕方なくお願いすることにした。


 そして繭子は恭介を脅迫するために、彼と対峙することになった。


 正直、初対面の男子の話すのは緊張するが、こんな僥倖は滅多にあるものではない。


 だから利用することにした。


 繭子の目的――それは、彼のおちんぽであった。

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