デルモ編

モテ過ぎて辛い。

 恭介が帰りの支度を済ませ、帰宅しようと教室を出たところだった。


「あー、いたいた。瀬奈、ちょっといい?」


 声を掛けてきたのは中学の同級生であった隣のクラスの相田喜久子だった。


「あんっ? 何だ?」


「うん。校舎裏にいって。待っている娘かいるから」


「……んっ?」


 とてつもない既視感。


「さ、さ、早く。すげー可愛い娘だから、いって」


 と、喜久子に背中を押される恭介。こうやって以前、結愛の前まで連れていかれ、告白された。

 しかし今度も結愛が待っているなんてことはないはず。


「待て。誰だ、マジで!」


「いいから、いいから。可愛い娘。可愛い娘」


 と、ニヤけた顔で言ってくる喜久子。


 やはりこれは告白のためか? 最近、モテ期が来ているのは恭介も薄々感づいてはいたが、校舎裏では、名も知らぬ美少女ちゃんが今まさに胸をときめかせつつ恭介の到着を待っていたりするのだろうか?


 ぶっちゃけそうなら嬉しいが、今の恭介には色葉たちがいて……


 だからしっかりと断らなければならない、と恭介は心に誓った。



 

「ほら、瀬奈? あの娘だよ?」


 そこにいた少女の姿を見て恭介は面を食らった。


「た……種田……妹?」


 彼女の名前は種田繭子。恭介たちの副担任である種田櫻子の妹ちゃんであったのだ。

 直接話したことはないが、いつも一人であり、どことなく話しかけづらい印象を持つ、微妙に陰のあるおさげにメガネの少女だった。

 しかし今の彼女は顔を赤くして、目を泳がせて恥ずかしがり、いつもとは異なりどうにもしおらしい印象となっていた。


 だが、よりにもよって種ちゃんの妹とは……


 先日、櫻子には説教を受けたばかりであるというのに、繭子が恭介に気があるなんて知れたら、火に油を注ぐようなもの。


 色葉たちの件もある。ここは彼女を傷つけないように丁重にお断りするべきであろう。


「え~っと……」


 恭介は少し照れて頬をポリポリと掻きつつ、


「お、俺に用があるって?」


 繭子は真っ赤になった顔をぷいっと横に向かせて、恭介の顔を見ないように、それを差し出してきた。


「こ、これ……よ、読みなさいよ!」


 恥ずかしそうに、どこか怒ったように彼女はそれを差し出してきた。


「んっ? 手紙か?」


 これは……いわゆるラブレターというやつだろう。


 面と向かっての告白は恥かしいので、こういう手段に訴えてきたに違いない。

 しかしなぜ自分は彼女に惚れられたのだろうか、恭介と繭子はまったく接点がなかったのである。


「まあ、あれだ……とりあえず、読んどく」


 帰ってから目を通し、一日かけてよく考え、誠意をしっかりと見せる形で断るべきと思ったのである。

 恭介は繭子から手紙を受け取り、踵を返してその場をさっさと立ち去ろうとするが、


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今ここで読みなさいって!」


「ここ……で?」


 恭介がチラッと繭子を見やると、彼女が赤い顔でジッと睨むように見てきていた。


「わ、わかったよ……」


 本当は明日までにさし当りのない言葉を考え、極力傷つけぬよう配慮し断るつもりであったが、仕方ない。


 恭介は手紙を開封し、中から折りたたまれた便箋を取り出した。

 目の前で読まれるということもあり、恋文を渡した繭子も緊張しているのか、頬を更に赤らめ、もじもじとしているのが分かった。


「じゃ、じゃあ、読むぞ……」


 恭介は緊張した面持ちで便箋を広げ、そこに書かれた文字に目を通した。


『私はあなたの秘密を知っている。世間に公表されたくなくば私の言うことを聞け』


「んっ……んんっ?」


 恭介は目をパチクリとさせて二度見し、恥ずかしそうに頬を染めて俯く繭子を見て、更にもう一度文面を確認し、


「な、なあ、種田妹よ? こ、これってもしかして脅迫状じゃね?」


 と、引き攣った笑顔で訊いた。


「あんれ~」


 背後より肩をポンと叩かれ振り返ると、そこにはにんまりとした喜久子の笑顔があって、


「もしかして何か勘違いしてたの~? 最近モテモテで調子に乗ってたんじゃない?」


「ぐっ……」


 図星をついた物言いに歯噛みする恭介。


「大体わたしが結愛のライバルを手助けするわけないじゃん? そのくらいわからなかったの~?」


 確かにそうかもしれないが、煽りが果てしなくウザい。ウザすぎる。


「て、てめぇ~の差し金か? 何のドッキリだ、こらっ?」


「ドッキリじゃないよ。わたしはただ種田さんが瀬奈に話し掛ける勇気がないっていうから手伝っただけだけど?」


「はんっ? じゃあこの脅迫状って……あっ!」


 頬を染めて俯く繭子の顔を凝視していた恭介はそこでハッとなり、頭を抱える。


「種ちゃん先生に聞いたんだな?」


 おそらく三股のことを聞いて強請にきたのだろう。色葉と付き合っていると分かっただけでも他の生徒たちの嫉妬が凄そうで隠したいのに、色葉の他にもう二人と付き合っている何て知れたらただじゃ済まなそうだ。


 しかしその予想に反して、繭子は不思議そうに小首を傾げるまでに留まっていた。


「さ、櫻子姉さんが……な、何よ? 何の話よ?」


「あ、あれっ? 種ちゃん先生から何か……聞かされたんじゃないのか?」


「し、知らないわよ、そんなの……」


「ち、違うのかよ? じゃあ何だよ、俺の秘密って? 俺は生まれてこの方、人に強請られるような後ろ暗い真似、した覚えがねーぞ?」


 恭介がそう言うと、繭子は喜久子に目をやって、


「ご、ごめんなさい、相田さん。ここまでで……」


「ああ、わたしにも秘密ってことね? わかった。わたしはこれで帰るね」


「あ、ありがとう、相田さん……」


「いいって。いいって。んじゃまた明日」


 喜久子は後ろ手に手を振り、その場を後にした。


「いなくなったぞ?」


 恭介は喜久子の後ろ姿を見送ってから繭子に向き直り、


「……で、結局のところ俺の秘密って何だよ?」


 と、ぶっきらぼうに言った。繭子は少しだけビクッと肩を震わせ、携帯電話を取り出してちょちょちょいと操作すると、


「こ……これよ!」


 と、ディスプレイをこちらに向けて見せた。


「えっ……んっ? ちょ……なっ!」


 恭介はその映像に驚愕し、目を大きく見開いた。ディスプレイに映し出されている場所は体育館倉庫であり、二人の男女が映し出されていた。


 恭介と色葉である。


 そしてそこに映し出された色葉は、スカートを捲り上げ、何ということか、恭介に向かっておしっこをしていたのである。

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