姉ショック
「ただい……」
藍里は玄関にきっちり揃えて置かれた女物の靴に眉を顰めた。
「……色葉ちゃん……かしら?」
お隣の色葉ちゃんは、どうやら昔から恭介に気がある様子であった。
中学を卒業する辺りから疎遠になった様子であったが、幼児退行事件から、色葉は恭介の優しさに付け込み、再び近づきつつあった。
しかしその愛は報われない。
「可愛そうだけど、色葉ちゃんはもう、負け確定の滑り台ヒロインなのよね……」
本人にやんわりとその事実を伝えてあげるのが優しさというものであろうか?
恭介と藍里は相思相愛の仲だった。藍里は幼い頃、恭介にプロポーズされていた。
肉体的な繋がりはないものの、その頃から二人の仲は誰にも引き裂けない状態まで精神的に結び付けられていたのである。
結婚は当然できないが、このまま事実婚の間柄になることは可能であった。
藍里は、恭介が望むのであれば、いつでもヨスガる準備はできていたのである。
「……とりあえず、牽制はしておいた方がいいかしらね?」
色葉が何のために訪ねてきたかは知らないが、幼馴染特有のヤンデレ化を果たし、半狂乱で恭介に逆レイプでもされたらことだ。藍里が帰ったのを知れば、色葉も無理に恭介をレイプしようとはしないはず。
そんなわけで藍里は恭介の部屋に挨拶に行くことにした。
「でも、何て声を掛けようかしら」
階段を上がりながら部屋の扉をノックする理由を考えていると、恭介の部屋の扉がガチャリと内側から開く。
「お帰り、ねぇね……」
「うん、ただいまー、お友達? 女の子みたいだけど……色葉ちゃん?」
「あー、お友達つーか……俺の彼女」
「!」
恭介からその言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
そして恭介に、九条結愛を紹介された。
「お姉ちゃん、大ショ~ック!」
結愛はとても礼儀正しく、聖泉女子の制服ということは、頭もよいのだろう。外見もお人形さんのように可愛らしく、非の打ちどころのないように見える少女だった。
◆
「ね、ねえ? 瀬奈君……? も、もしかして……く、臭かったりする……かな?」
藍里への挨拶が済んだ後、恭介の部屋に戻り、ドアを閉めてから結愛が切迫したような表情で訊いてきた。
「えっ? そんなことは……? 何か……臭うかな……?」
恭介はくんくんと鼻を鳴らしながら部屋の中を見回して、
「ごめん。いつもいるからわかんねーや」
と、謝った。
それでも人の家と少し匂いが違ったりすると違和感を覚えるもの。結愛はそれらを敏感に感じ取ったのかと思ったのである。
「あー、ち、違うの! せ、瀬奈君のお部屋がどうとかじゃなくて……その……わ、わたしが臭いかなって……何か、お姉さん、わたしの前で顔をしかめてたから……」
「うん? それは……結愛を彼女として紹介したからで臭いわけじゃねーだろ?」
やはり藍里もそれなりに動揺している模様であった。
「つか、何で自分を臭いなんて――」
恭介はそこまで言うと、何となく察して、
「と、トイレなら……下に……あるよ?」
結愛はカーッと顔を赤くして俯いて、
「膝の裏を舐められてる時につい……ごめん……なさい」
「いや、こっちこそ……」
恭介もつい数分前の出来事のことを思い返し、照れながら結愛を見やる。
「…………」
「…………」
二人の間に妙な間が流れる。
そしてその拮抗を打ち破るように、先に口を開くのは結愛の方であった。
「あ、あの、瀬奈君……お願いがあるんだけど……いいかな?」
「う、うんっ? な……何?」
「え、え~っとね……」
結愛は少し恥かしがるように恭介から視線を反らして、
「オムツ……取り替えて?」
「ぶはっ! 何を言っちゃってんの!」
恭介は目を剥いて、結愛に言った。
「だ、だって瀬奈君……わたしのお願い何でも聞いてくれるって……嘘……だったの?」
「えっ? あっ……」
恭介は、結愛との先ほど電話で、そんな約束を彼女と交わしていたのを思い出した。
「い、いや、だからって……そんな約束……な、なあ?」
と、恭介は引き攣った表情で結愛に問い掛ける。
「瀬奈君にできることならなんでもって……できる……よね?」
確かにそういう約束だった。男が約束を破るなんてあってはならぬこと。
ばっちゃも言っていた。
嘘はいけない、と。
「わ、わかった……」
恭介は観念し、頷いた。別に結愛のオムツを替えたいわけじゃない。
一度した約束を、男として破ることはできなかっただけのことである。
「瀬奈君……こ、これ……中にショーツとか入ってるから……」
「お、おう……」
恭介は結愛にバッグの中を確認してから、
「じゃ、じゃあベッドに……」
「う、うん……いいよ?」
結愛がベッドに寝そべる。次いで恭介が乗ると、結愛は軽く足を折り曲げるように開いて、恭介を誘うように空間を作った。
しかしオムツとは、どうやって替えるのだろう? 何となく寝かせてみたが、正しかったのだろうか?
とりあえず構造を見てみなくてはわからない。
恭介は、どくんどくんと心臓を大きく波打たせつつ、結愛のスカートに手を伸ばす。
「は、恥ずかしい……」
結愛がスカートをぱっと押え、言った。
恭介は僅かに顔をしかめ、手を引っ込めて、
「い、嫌なら……やめとくか?」
「う、ううん……つ、続けて」
結愛はそう言うと、スカートから放した手で、自身の真っ赤になった顔を覆い、横を向いた。
「じゃ、じゃあ……」
恭介は、ごくりんこと息を呑み込み、改めて手を伸ばして――
「ま、待って! やっぱりダメ!」
と、慌てた声音で結愛。
恭介は少しホッとしたように、スカートを押える彼女に微笑み掛ける。
「そっか……やっぱり恥ずかしいよな?」
「そ、そうじゃなくて……そこ」
「んっ? ああっ!」
結愛が目配せした方向を見やり、恭介はぎょっとした。
いつの間にやら恭介の部屋のドアが僅かに開かれ、そこから姉の藍里が死んだ目でこちらを見やっていたのである。
「ね、ねぇね……? そ、そこで何してんの?」
「気にしないで、恭くん。続けていいから」
無論、それ以上続けられるわけがなかった。
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