膝の裏
「どうしたの。結愛?」
トイレで用を足した後、教室に戻ると貴音が神妙な顔つきで声を掛けてきた。
「えっ? な……何が?」
「あんた、休み時間になる度にトイレにいってない? お腹でも壊してるのかと思って」
「えっ? あ、ああ……ち、違うよ……ちょっと緊張で……うん、その……心配ないから」
「そうなの? だったらいいけど……」
「うん、あ、ありがと」
結愛は緊張でトイレが近くなっていた。
恭介の家に初めてお呼ばれし、恭介の家族――お姉さんに彼女として紹介すると言われたのだから、緊張するなという方が土台無理な話であった。
そんなわけで授業中も恭介の姉と会ったらまず何を言えばいいのかとか第一印象はよくしないとか色々考えてしまい、全くもって学業に身が入らず過ごすこととなり、あっという間に帰宅時間が訪れた。
そして駅へ――
電車が発着するにはまだ時間があった。
結愛は電車が到着する前に駅構内のトイレにより、個室に鍵をかけるとバッグを扉のフックに引っ掛け、ショーツを下してしゃがみ、手にしていた携帯電話で恭介に電話した。
『――もしもし、九条か?』
耳に宛がった携帯電話のスピーカーから届く恭介の声が脳内に響きわたり、結愛の膀胱を刺激する。
「…………」
『あれっ? もしもーし? 九条? 九条だよな?』
「ち、違うよ? 結愛……だよ?」
『ああー、結愛……どした? もう着いちゃう感じか?』
「ううん。これから電車に乗ってそっちに向か――」
『そっかー、だったら俺のが先に着くな。じゃあ直で俺んちに……って、あれ、チョロチョロって……何この音?』
結愛は頬を紅潮させて、
「――っ、な、何でも……ないよ?」
『? まあいいや。じゃあ悪いけど待ってるから頼むわ。姉ちゃんはもうちょいかかるから急がなくてもいいからよ』
「う、うん……そのことなんだけど……」
『えっ? 何? もしかして面倒くさくなっちゃった?』
「そ、そうじゃなくて……瀬奈君のお願い聞いてあげるんだし……わたしのお願いも一つ聞いて欲しいかなって……だ、ダメ……かな?」
『お願いって……? 俺にできることなら構わんけど?』
「う、うん……簡単なこと……お姉さんに会った後に……ちょっとだけ時間をもらえればそれで……いいかなって?」
『ふ~ん? まあ、こっちにきてからってことで』
「う、うん……それじゃあまた後で」
「おう、じゃあ頼むわ――ッ」
結愛は恭介との通話が終了すると、携帯電話をドアフックに掛けて置いたバックにしまい込み、ショーツを脱いでオムツに履き替えた。
これでお姉さんの前で催すことがあってもへっちゃらであった。
「その前に、出した分は補給しないと」
結愛は自動販売機で清涼飲料水を購入することにした。
◆
ピンポ~ンと、インターホンが鳴った。
「来たかな?」
恭介は階段を駆け下りて、玄関の戸をガチャッと開け放つと、どこか緊張した面持ちの結愛がそこに佇んでいて、
「あっ……瀬奈君か……よかった。いきなり家族の人が出たらと思ったら緊張しちゃって」
と、胸を押さえて安堵したように言った。
「悪いな、九……結愛……来てもらって」
「う、うん……え、えと……それでご家族の方は……?」
「誰もいないよ?」
「……だ、誰も?」
「ねぇね……うちの姉ちゃんはもうじき帰ってくる……はず。とりあえず俺の部屋にでも……上がってくれ」
「う、うん。お、お邪魔しま~す……」
恭介は来客用のスリッパを出し、結愛を二階の自室まで案内した。
「こ、ここが……瀬奈君のお部屋……?」
そういえば志田姉妹や親戚関係は別として、同世代の女の子をこうして部屋に招き入れるのは、初めてな気がする。
そして家族がいないこの状況。今更ながらにそこに気づくと何となく意識してしまう恭介である。
とりあえず今日彼女を読んだ趣旨を説明することにする。
「え、え~と……とりあえず今日結愛を呼んだ理由だけど……まずこの写真……うちの姉ちゃん。名前は藍里。うちらの二つ上な」
見せたのは高校の制服に初めて袖を通した時に一緒に撮った写真だった。
「や、優しそうなお姉さん……だね?」
確かに藍里のおっとりオーラがその写真からも溢れ出ている気がしないでもなかった。
「んで、問題はこっちな」
恭介は藍里が置いていったえろりんな漫画雑誌のえろりんじゃない表紙部分を開いて見せて、
「俺の姉ちゃんが描いてる漫画なんだが……」
「えっ! せ、瀬奈君のお姉さんって漫画家さんだったの? すっごい!」
「うん、まあ……レディコミだけどな」
レディースコミック――恭介がネットで調べたところ、姉が連載する雑誌はそう一般的にそう呼ばれるものであったのである。
「で、どう思う? この表紙の二人、俺と姉ちゃんに何となく似てやしないか?」
「えっ? ああ……まあ言われてみれば……?」
「タイトルは【純愛姉弟物語】……中身はタイトル通りに実の姉と弟の恋愛もの……しかもキャラの名前が恭太郎と藍子……まんまなんだよ? んでもしかして姉ちゃんにこーいう願望があったりするんかなーって」
「えっ? た、ただ漫画としてそーいう題材を扱ってるってだけじゃなくて……?」
「うーむ、それが微妙なところでな」
恭介の両親は共働きであり、幼い頃は姉の藍里に結構べったりとしていた。
藍里の中ではまだ恭介はその頃のままで、今も幼い頃のように可愛い弟である恭介に頼ってもらいたい願望を持ち続けているのではないかと思ったのである。
「姉ちゃんの冗談だったらそれでいいんだけど……マジだったら早めに対処した方がいいかなーってことで今日、結愛に来てもらったというわけだ。とにかく姉ちゃんの前で彼女の振りをば頼む。それで様子を見たいんだ」
「振りも何も……わたし……瀬奈君の彼女……なんですけど?」
と、少し不機嫌そうな素振りで結愛。
「んっ? ああ……だね? んじゃ、頼む」
「うん」
「…………」
「…………」
説明を終えると話題が途切れた。
部屋に二人っきりというこの状況で、変に意識しているからかもしれないが、何の話題を振ればいいか分からなくなってしまったのである。
すると結愛がはんけちーふを取り出し、額の汗を拭い始めた。
「あっ! わりぃ……暑かったよな? 何か冷たいもんでも持ってくるわ」
「あ……うん。お願い……できる? ちょうど水分補給しないとなって思ってたところだから……」
恭介は冷房の効いた部屋にちょい前からいて、水分もガンガン摂取していたが、結愛は駅から恭介の家まで暑い外気に晒され続けていたのだから喉が渇いていて当然だ。
「気が利かんですまん。ちょい待ってて」
恭介は部屋を出て階下に。冷蔵庫を開けて、暫し黙考。
「こういう時は麦茶でいいのか? いいんだよな?」
缶コーヒーなんかもあるが、麦茶の方が無難な気がしたので、恭介は氷とコップを用意し、とくとくっと麦茶を注いだ。
「おまたせ~……って、うぇぇっっ!」
部屋に戻った恭介は、レディコミを開いて読んでいた結愛の姿に面を食らった。
「ゆ、結愛ちゃん! めっ! そんなの読んじゃダメでしょっっ!」
恭介は麦茶を乗せたトレイを少し乱暴に机に置き、麦茶がこぼれるのも構わず、結愛から雑誌を取り上げた。
「あ、ご、ごめん。勝手に……で、でも……気になっちゃって」
そりゃそうか。逆の立場であったら恭介も手に取っていたかもしれない。レディコミを放置して部屋を出た恭介の完全な落ち度であった。
「そ、それで瀬奈君は……こういうこと……したいの?」
頬を朱色に染めた結愛がそう訊いてきた。
「こ、こういうことって?」
「この雑誌で恋人の男女がしてるようなこと……」
「な、何を訊いてんの?」
答えるまでもない。そりゃしたいに決まっているじゃないか。とはいえ、そんなことは彼女の前で堂々と言えるわけがなかった。
すると結愛はすくっと立ち上がり、机に手をつき尻を突き出すような格好になると、顔を振り返らせて、
「な……舐めても……いいよ?」
恭介は「ふぁっ!」となって、
「……舐め……ど、ど、ど、ど、どこをだよ!」
「う、うん……ひ、膝の裏」
その結愛の答えに恭介は眉を顰める。
「んっ? ひ、膝の裏……?」
「あ……あれっ? 漫画で舐めてたけど……男の子って……膝の裏を舐めたいってことじゃないの?」
絵柄的に合わず、恭介は読み飛ばしていたようだが、どうやらそういった描写がある漫画があり、結愛は誤解をしてしまったらしい。
「い、いや……そこは……」
と、恭介は結愛のスカートから伸びる若干、汗ばんだ腿から膝裏を凝視し、唾をゴクリと飲み込んだ。
今の今まで、そんな気はなかった。
しかしそういった目で彼女のすらっと伸びる足を見やると――
「はい。俺は……と、ともかく…一般的には男はみんな膝の裏を……な……舐めたい生き物……だね」
自然とその答えが口から漏れ出ていた。
「じゃ、じゃあ……い、いいよ……舐めても」
結愛ははにかみつつ、恭介に言った。
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