恭介、色葉と交わる。

「色葉……もう一度だ? いいよな?」


「い、嫌だよ。痛いだけだもん……これ以上、わたしの身体に傷をつけないでよ」


「そ、そんなつもりは……あ、あと一回だけだからさ? なっ?」


 恭介はがばっと頭を下げて、


「頼む。きっとお前だってその方がいいと思う結果になるはずだから……」


 と、懇願する。


「で、でも……もう二回もしたじゃん。もう一回したって、多分、痛い思いするだけだし……」


「そ、そこを何とか! じゃないと俺、もう……」


 恭介は、生理的な欲求が、爆発寸前であった。


「わかったよ、あと一回だけだからね?」


 色葉は折れたように言った。


「あ、ありがとう!」


 恭介はそう言うと、色葉をひしっと抱き締めた。

 色葉とこんなことになろうとは……


 恭介はこの日、まさかこの大自然の青空の下、色葉の肉体と混じり合うことになろうとは、夢にも思っていなかったのである。


 しかし色葉と肉体が混じり合ってしまったのは、紛れもない事実であった。


 事の発端は、休日にピクニックに行こうと色葉に誘われて――






「う~んっ、たまにはいいな、こういった場所も……」


 自然豊かな丘の上。恭介は大きく伸びをし、その自然の息吹を吸い込んだ。


 眼前には野の動物がひょいっと顔を出してきそうな森林が広がっている。


 周囲に人の姿はなく、小鳥のさえずりや川のせせらぎが耳に届いてくる、何とも心地よい優しい空間。

 色葉に「ピクニックしよ」と誘われて一瞬面倒に思った恭介であったが、きたらきたでたまにはこういう自然広がる空間でのんびり過ごすのもいいのかもしれないと思い始めていた。


「恭ちゃん? ごはんにしよっか?」


 白いワンピースに麦わら帽子、手にはバスケットを持った色葉がにこやかに言ってきた。


「ああ……だな? ああ、それ……俺がするよ?」


 恭介は言うと、レジャーシートを手に取り広げ、ばさっと芝生の上に敷いた。 その上に色葉がバスケットを置いて、蓋を開ける。


 バスケットの中にはサンドウィッチ等、簡単につまめるような料理が敷き詰められていた。


「全部お前が作ったのか? すっげぇ」


 感嘆する恭介に色葉ははにかみなが頷いて、


「美味しく食べてもらえると嬉しいかな」


 お弁当は用意してこなくていいと色葉に言われていた。

 全部色葉が用意してくるから、と。


「そっか~、本当に全部お前が……」


 色葉の料理スキルが高いのは知っていたし、食べなくてもその見た目だけで、これは美味いものであるのだろうとわかった。


「うん。スープもあるよ?」


 言うと色葉はスープジャーを取り出し湯気の立つそれを恭介に差し出した。

 中身はオニオングラタンスープだった。


「それと恭ちゃん? ビールね?」


「んっ?」


 恭介は差し出された缶ビールに目を丸くして、


「をいっ……何を考えてる?」


「えっ? 恭ちゃん男の子でしょ? 男の子は飲まないの?」


「飲まねーって。一滴もまだ飲んだことねーよ」


「じゃあ飲んでみたら?」


「いやいやアルコールはちょっと……」


 恭介はアルコールの類は口にしたことがなく、酔うとどうなるかは不明であった。しかし色葉のことだ。恭介を酔わせて、ちょっと気が大きくなったところを見計らい、色仕掛けを仕掛けて恭介に襲わせようと企んでいるのかもしれなかった。


「色葉……お前……俺を酔わせてよからぬことしようと企んでるんじゃねーだろうな?」


「そ、そんなこと……」


 色葉は慌てて手を振って、


「わ、わたしはただ、利尿――」


「りにょ……何だって?」


「ううん、何でも。それよりビールは飲まないんだよね?」


 色葉は恭介に再確認してから、今度は保温性の高そうな水筒を取り出して、


「だったら……コーヒー淹れておくね」


 と、カップに琥珀色の液体をとくとくと注ぐ。

 無論、コーヒーは美味しくいただいたし、アルコールは一切口にはしなかった。


「恭ちゃん? もう一杯、飲む?」


「いや、もうお腹いっぱい」


 恭介はポンポンと腹を叩く仕草を取り、周囲を見回して、


「しっかし本当に誰もいないなー、いいとこなのに」


「うん。ハイキングのコースからは外れるからね。リッチ的にはバーベキュー場にでもしちゃえば週末にぎわいそうな雰囲気もあるけど」


「そっかぁ~……じゃあやっぱり近くにトイレとかねーんだよな?」


「トイレっ!」


 色葉が思い立ったように、なぜかその場に立ちあがった。


「ど、どした? 急に? もしかしてお前もトイレに?」


「ああ、ううん。違うよ。でもこの辺にトイレはないから……適当にしてもらうしか……ごめん」


「おう、だよな? まあ俺は男だからいいんだけど……」


 恭介は靴を履いて立ち上がり、色葉の顔は見ないようにして、


「まあ……その……何だ? 無理はすんなよ」


 何となく、色葉も我慢をしているのかと思いそう言い残して、適当に歩き出してその場を後にする。


 しかし自分はどこでしようか?


 さすがにだだっぴろい野っぱらの真ん中で用を足すのには抵抗があった。

 とりあえず森林に入って、木にでも向かってすることにしようかと考えた。


「よし、あすこでいいや」


 立ちションなんて何年振りか。しかもこんな大自然の中で立ちションするなんて、開放感が凄まじかった。


 そして尿意を解き放とうとしたその瞬間である。


「へっ?」


 その気配にハッとして振り返ると、そこには色葉の姿が……


「えっ? ちょ……」


 恭介は色葉と勢いよく出始めた尿と迫りくる彼女を交互に見やって、


「色葉! こっちにく……」


 そこで気づく。色葉の右手には、ビールの缶が握られていたのである。


「おまっ……それ……もしかして酔っぱらって……」


 この一瞬で酔っぱらうものだろうか?


 しかし色葉の様子は明らかにおかしく、「えへへ」と笑って、


「恭ちゃ~ん。そこで何してるの~? わたしも混ぜて~?」


 と、こちらににじりよってきていた。


「ちょ……マジで……」


 色葉は酔っぱらうとどうなるのだろうか。もしも欲望に忠実になり、恭介のおちんちんを執拗に狙ってきたらことである。


 しかし尿を途中で止めるなんて不可能。


 どうするか一瞬だけ迷った恭介だったが、おしっこを波打たせつつまき散らし、横ステップで森林の奥に入り込むことにした。


「あっ! 待ってよ、恭ちゃん!」


「ま、待てるかよ!」


 色葉は手にしていた缶ビールを放り捨て、こちらに駆けてきていた。


「って、ちょっ!」


 この先は急斜面。こんなとこを横ステップで逃げようとしたら転がり落ちてしまう恐れがあり、立ち止まる。


「やばっ! 追っつかれる!」


 後ろを振り向き、迫りくる色葉にどう対処するかで慌てふためく恭介。

 なぜだろう。我慢していたせいか、なかなか尿が止まらない。


 最悪、途中でパンツを穿いてしまおうか?


 しかしこの年でお漏らしな状態になるのは勘弁である。


「恭ちゃん!」


 色葉が地を蹴り上げ、こちらに飛び込んできた。

 恭介の顔が輝く。


「よ、よしっ! 終わった!」


 寸でのところで排尿が完了、普段おしっこは最後の一滴までよく振ってパンツを穿き直すが、さすがにそこまでの余裕はなく、一気にパンツを上げた。


 これでおちんちんの危機は無事に回避されたとホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、


「わっ!」


 勢いよく飛びついてきた色葉に抱き留めると恭介は態勢を崩して――


「きゃっ!」


 二人は抱き合ったまま、急斜面をゴロゴロと転げ落ちたのであった。



 

「いっ、てって……」


 恭介は打ち付けた腰をさすりつつ、上体を起こし、少しだけ離れた場所に倒れている色葉に声を掛ける。


「お、おいっ……大丈夫か、色……はっ?」


 倒れているのは色葉のはずであった。

 しかしそこに倒れているのはどう見ても男性で、色葉の姿はなく――


「うっ、うう~ん……」


 倒れていたその男性も地面に手をついて身体を起こし、こちらを見やる。


「なっ!」


 恭介は目を丸くし、男性の顔を見やる。

 彼の顔には見覚えがあった。その顔はいつも鏡に映る間の抜けた面にそっくりで……


「えっ? わたし……」


 彼は恭介の顔を見て驚いたようにそう言った。


「ま、まさか……!」


 恭介は自身の手を見やった。


 白くてほっそりとした綺麗な指先。その指で着用している衣服を引っ張り、確かめる。


 恭介がいつの間にか着せられていたこの白いワンピースは、先ほどまで色葉が着ていたものであった。

 いや、外側だけが取り替えられたのではないことはもうわかっていた。


 顔を俯かせて下を見やれば恭介にはあるはずのない大きな膨らみが二つ。

 長く艶やかな黒髪も、腰まで届いており、明らかにこの身体は色葉のモノであった。


 そして目の前にいる茫然とした少年の身体は恭介であり――

 夢でも見ているのであろうか?


 つまり二人の身体は、急斜面を転げ落ちる弾かなんなのか、入れ替わってしまっていたのである。

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