お風呂でToLOVEる

 そんなこんなで最後の難関である。


「さあ、恭介くん? 一緒にお風呂に入るわよ?」


 恭介は里緒奈の指示に従い、湯が張られていない浴槽に身体を横たわった。

 続いて里緒奈が恭介に背を向けた状態で浴槽内に足を踏み入れる。


 そして浴槽の縁に手を付けたまま、ゆっくりと腰を屈めてきた。


 お尻が突き出されたように近づいてきて、ハッと息を呑み込む恭介。

 非常にマズい。このまま恭介の上に座られ、変に刺激が加わったら、何かいけないものが迸る可能性があった。


 恭介は前屈みになり、慌てて股間を押さえる。


「? 恭介くん、その手をどけなさい? 座れないでしょう?  まさかその手でわたしのお尻を触るつもりではないでしょうね? そういった痴漢行為は許さないわよ?」


 里緒奈が眼鏡越しに避難めいた冷たい視線を送り、言ってくる。


「そ、そんなつもりは……ってか、すんません。マジでギブアップで!」


 里緒奈は納得するように頷くと、体を反転させて恭介を睥睨し、言う。


「変化アリということね? だったらその手とタオルをどけて確認させなさい?」


「えっ? いや……む、無理っす! マジで勘弁を……おばさんたちに報告してもらって構わないんで」


 もう逃げ場はない。どうせ傷を負うなら最小限にとどめなければ。


「母さんには今日のことは言わないわ」


 恭介は片眉をピクンと跳ね上げさせて、


「……へっ? 言わないって?」


「母さんは妹たちに甘いもの。きっとこの話をしても笑って色葉を恭介くんの許に送り届けるわ。だからわたしが色葉のために一肌脱ぐことにしたのよ?」


「ひ、一肌脱ぐ……って?」


「今日のことで恭介くんは色葉とのお風呂でやましいことを考えていることが確定したわ」


「いや、そんな……考えてませんし、色葉に手を出す気は毛頭ありませんから!」


「だったらオナニーなさい」


「……はへっ? な、何を言って……?」


 と、恭介は里緒奈の唐突な発言に困惑し、訊き返していた。


「男の人って、一度出すと勃起力が弱まるのでしょ? だから色葉とお風呂を一緒する前にオナニーをしておけと言っているの。今ここで。わたしが見ていてあげるから……なさいな」


「い、いやいやいや、なさいな、って……っわ、わかりました。じゃあ、部屋に戻って」


「ダメよ。嘘をつかれたら色葉に危険が及ぶもの。わたしの目の前でなさい」


「そんな、嘘なんて……な、なら……出したものをみせるということで?」


「却下よ。わたしは現物を見たことがないの。カルピスの原液を差し出されても見分けがつかないもの。今ここでなさい」


「え、え~っと、そ、それなら――」


 言い掛けた瞬間である。


 里緒奈の右足がすっと上がり、だんっ! と恭介の右頬に掠める勢いで、風呂場の壁に蹴りを入れた。


「四の五の言わずにオナニーなさい。何なら、この足を舐めさせてあげてもいいわよ? それとも、踏んであげましょうか?」


「い、いえ……そういうのは……」


 ストッキングで蒸れてそうであるし、まあ、舐めていいなら舐めないこともないわけだが、この状況で舐めるのは違う気がした。

 というか、どうして里緒奈はそんなことに拘るのか? 恭介には一つ、心当たりがあった。


「もしかしてだけどさ、リオ姉……? その……俺がリオ姉のオナニー見ちゃったこと、まだ根に持ってたり……する?」


「くっ! さ、て……何のことかしらね?」


 里緒奈が一瞬だが言葉に詰まり、顔をしかめたのを恭介は見逃さなかった。


 やはり図星であったのだろう。色葉のためというのはあくまでも口実であり、おそらく恭介に恥ずかしい場面を見られたことをずっと根に持っており、同じ屈辱を恭介に味あわせたいと考えているのだと思われた。


 となるとなかなか開放してはくれないかもしれない。


「え~っと、リオ姉? 一つだけいいかな?」


 と、恭介は一点を凝視しつつ、言った。

 里緒奈は恭介に合わせて訝し気に視線を落としつつ、


「……何……?」


 と、訊いてきた。


「うん……言い辛いんださ……その……」


「何よ? はっきりなさいな!」


「えっ? ああ……じゃあ……」


 と、恭介はそこを指差して、


「毛、はみ出てるよ?」


「なっ!」


 顔を真っ赤にして、明らかな動揺を見せながら足を引っ込める里緒奈。


「よしっ!」


 その隙に浴槽から抜け出そうとする恭介。


 まさかこんな嘘に引っ掛かるとは思わなかった。下着姿で恥ずかし気もなく恭介の前に現れたから、そんなことで怯んでくれるとは思ってなかったが、それとこれとは別物であったらしい。


「あなた……わたしを騙して……ま、待ちなさい、恭介くん!」


 里緒奈が逃げようとした恭介の肩をつかむ。


「あっ! やべっ!」

 

 巻いていたタオルがはらりと落ち掛ける。


 恭介は慌てて押さえた途端、バランスを崩して足を滑らせ、里緒奈の腕をつかんで、二人はもつれ合って転倒した。


「ふぐっ!」


「きゃふっ!」


 もつれ合った二人は、とてもとてもToLOVEるしていたのであった。



          ◆



 恭介は湯船にゆったりと浸かり、色葉の頭に顎を乗せつつ、ため息をついた。


 すると色葉はちょっとだけこちらに頭を傾げて、


「……恭ちゃん?」


「んーっ?」


「どうかしたの~? なんか元気ないみたいだよぉ~?」


「あー、まー、ちょっとなー、たまにはそーいうこともあるさ……ははっ」


「もしかして、恭ちゃんもおねぇいちゃんになにか言われたのー?」


「まー、言われたわけじゃないけどなー」


 恭介は、里緒奈とのToLOVEるを思い出し、苦笑する。


 あの後、恭介は最も敏感な部分を里緒奈にちょっとばかし弄ばれて……彼女の繊細そうな白い手を汚してしまった。


 我慢できなかった罰として、明日からは色葉とのお風呂タイムの前には、里緒奈が見ている前で一人シュッポッポすると約束させられてしまったのである。

 今後、色葉とのお風呂を拒否していくべきなのか、どう里緒奈との約束を回避していくか懊悩としていたのである。


「つーか、色葉? 恭ちゃんも、って言ったけど……お前もリオ姉に何か言われたのか―?」


「うん……早く大人になれってー」


 すると色葉はどこかしゅんとなって、


「じゃないとね、恭ちゃんにもめーわくだ、って……いろはのこと嫌いになっちゃうって……」


「あ、ああ……」


 どうも今日の色葉はいつもより大人しいと思ったが、そんなことを里緒奈に言われていたとは……


「……恭ちゃん?」


「んっ?」


「いろはのこと嫌いになっちゃうの?」

 

 と、里緒奈の言うことを真に受けてか、少し不安そうに色葉が問いかけてきた。


「んなわけ……色葉は今のままていいよ? 何があっても色葉のことを嫌いになんてならないからよ?」


 今の状態で無理をされても仕方ない。いずれ元に戻ると信じるだけだ。


「えへへ、ほんと~、いろは、恭ちゃんのこと、大好きだよ~」


「そっか~、ありがとな~、けど一つだけお願いしたいことならあるぞ? いいか?」


「うん。な~に?」


「お風呂は一人で入れるようになってくれると嬉しいかな?」


「いろはが一人で?」


「そう……」


「……うん。わかった。なるべく……そうする」


 元気いっぱいに、決然として言う色葉。


「そうか……よかった」


 その様子にホッと胸を撫で下ろす恭介。


 どうやらこれで、里緒奈の前で一人シュッポッポをせずに済むかもしれないな、と思った。



 しかし翌日――



「恭ちゃん! 一緒にお風呂しよぉ~」


 前日の約束をすっかりと忘れたように色葉は一緒にお風呂しようと言ってきたのである。


 そして里緒奈の要求である。


「さあ、恭介くん? 約束よ。オナニーして見せなさいせ」


 その時の恭介を蔑むように見下ろした視線。


 恭介は、その冷たい彼女の視線を、一生、忘れられそうになかった。

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